第4話:昨日の事を気にしてるのか?

 

「それじゃ、今日はここまで」

 

 先生が言葉を放つと同時にタイミング良くチャイムが鳴る。

 昼食の時間になると、教室もいくつかのグループに分れる。

 学食や購買部に行く者、教室でお弁当を食べる者、他の場所へ行く者。


「今日はどうする? 学食にしておく?」

「いいんじゃないの。パンばかりじゃ飽きちゃう」

「レディースランチのメニュー、今日は何だろ」


 昼休憩でにぎわう中、弘樹は屋上で食べるので弁当箱を片手に教室を出る。

 本当ならば友人たちと一緒に学食で食事をしたいのだが。

 

「あいにくと、学校の食堂は弁当の持ち込みは禁止だからな」


 食堂の席がそれほど多いわけではないので、食堂を利用する生徒が困るせいだ。

 そう言うわけで、弘樹はひとりで教室で食べるよりも他の場所に行く事を選ぶ。

 今の季節だと屋上とか中庭とか、外で食べた方が気分もいい。

 教室を出ようとした所で、友人の松坂に呼び止められた。

 

「おーい、岡部。最近、やけに楽しそうじゃないか?」

「何が?」

 

 弘樹は弁当箱片手に立ち止まる。

 

「どうせ、また屋上だろ? ちょっと歩きながら話そうぜ」

「いいけど。何だよ、楽しそうって?」

 

 食堂に行くまでの少しの間、歩きながら雑談をする。

 

「最近、噂になってるんだぜ。お前に春がきてるんだろ?」

「俺の所にじゃなくても春は来てるだろ。桜は散ったけど、良い季節だぞ?」

「青春って意味だよ、青春。ついに彼女ができたのか?」

 

 妙に松坂がニヤニヤしてると思ったら、そう言う話だった。

 残念ながら彼女とか呼べる相手に心当たりはない。

 

「俺、まだ人生=恋人いない歴だけど。言わせんなよ」

「違った? この前、仲良く、一緒に傘に入って女子と帰る姿を見かけたのに」

「あー。それ、違う。あれは後輩の子だ」

 

 昨日の綺羅の苦痛が少しだけ分かる。

 確かに知り合いに見られているのは恥ずかしい。

 弘樹の場合は噂がたっても、それでもいいと思えるから気は楽だ。

 

「最近、ちょっと仲良くなってる子がいるんだ」

「彼女候補?」

「どうだろ? 相手がかなり気難しそうなタイプだからなぁ」

「恋愛対象として見ているんだろ?」

「んー。恋人関係に進展するかは微妙。というか、まだ分からん」

 

 弘樹だって早く彼女は欲しいけれども、恋愛はそう簡単にはいかないのだ。

 それを経験でよく知っている。

 

「恋愛ってのは思ってるほど単純じゃない」

「おー、ベテラン経験者は語る」

「悲しいかな、告ってフラれた経験は十分にあるので。言わせるな」

「今日もその子とランチタイムか? それでも青春だと思うがね」

「可愛い子とランチタイム。特別な時間は過ごさせてもらってるよ」

 

 綺羅と出会う前は女の子とふたりっきりと言う時間も滅多になかった。

 そう言う意味では楽しんでいる。

 

「関係が進展するかはこれから次第ってな」

「なるほど。おっと、俺はこっちだ。せっかくのチャンスなんだ。頑張れよ」

「……まぁ、適当にな。それじゃ、またあとで」

 

 松坂は食堂へと続く渡り廊下を歩いて行く。

 

「チャンスねぇ? 確かにこれも一つの機会なのかもしれないが」


 そう呟き、彼と別れて屋上へと向かうのだった。

 このチャンスを活かすも潰すも、弘樹次第なのだ。

 

 

 

 

 屋上の扉をあけると入りこんでくるのは春のそよ風。

 今日も屋上には青い快晴と心地の良い風が吹く。

 

「……うわっ、HERO先輩じゃん。エッチでエロで変態な男がやってきた」

 

 だが、そんな陽気な気分は彼女には適応されてないようで。

 会った早々、綺羅に嫌そうな顔をされる。

 

「おい、こら。何度もHEROって言うんじゃない。あと、誰が変態だ」

「ヒロ先輩に決まってる。また屋上に来たし」

「ちなみに俺の方が屋上の利用歴は長いんだけど」

「そんなの知らない」

「……もしかして、昨日の事を気にしてるのか?」

 

 弘樹はそう言って綺羅の隣に自然に座る。

 昨日の件でどうやら不満があるらしい。

 

「気にしないとでも? あれから、ママに散々からかわれたんだから」

「見られないように気をつけてる時に限って見られる。そういうものだ」

「その後に、図々しくも部屋の中まで上がってきた先輩が悪い。全部、先輩のせい。反省して、反省」

「俺のせいでいいよ。俺はそれなりに楽しい時間を過ごせたぜ」

 

 弘樹は弁当箱を開いて、中身を確認してから食べ始める。

 苦手なブロッコリーが入っていたので、最初に済ませる。

 嫌いなものでも残さず食べるのが彼の食べ方である。

 

「んー、ブロッコリーの触感が苦手だ」

「私はカリフラワーが嫌い」

「アレも触感がなぁ。この後味も……って、ブロッコリーはどうでもいいんだ。そういや、七海さんもとても綺麗な人だった。綺羅は母親によく似てるなぁ」

 

 あれだけ美人なお母さんならば、綺羅の美少女っぷりも納得できる。

 他に兄と姉もいると聞いたが、さぞ容姿が良いに違いないと断言できた。

 

「人様のママに見惚れないで」

「綺麗な女の人に振り向かない奴は男じゃないぞ。高校生くらいの男子に見惚れるなって言うのが無理な話だね。あれは素敵で、いい女性です」

「開き直るな。し、しかも、私の事も……か、可愛いって」

「え?」

「何でもないっ」

 

 拗ねた綺羅はサンドイッチをかじる。

 

――やれやれ。また怒らせてしまったようだ。


 どうにも弘樹は女の子の扱いが苦手で下手らしい。

 これでもフラれた経験と反省はもう十分なはずなのに、次に活かされてない。


――経験を活かせないダメな俺です。ははっ……反省しておこう。


 隣でサンドイッチを食べる綺羅に尋ねる。

 

「そういや、綺羅はいつもサンドイッチだけど、飽きないか?」

「これは私が好きで自分で作ってる」

「……綺羅って料理できるんだ?」

「この程度を作れて、料理ができる人扱いはされたくない。私はちゃんと料理くらいできるよ。ママからも教わってるし」

 

 意外と言っては失礼なんだが、料理ができるタイプには見えなかった。

 

「サンドイッチが好きって言ってたけど、何が好きだ? 俺はカツサンドだな」

「私はツナとかタマゴサンドが好き。それにサンドイッチだと食べやすいし、作る手間もかからない。ママは朝は低血圧で全然ダメだからいつも自分で作ってくる」

 

 自分で作ると言う選択肢は弘樹にはない。

 料理なんて即席ラーメンくらいしか作った事がない。

 

「言ったかもしれないけど、うちって共働きで朝から早くてさ。姉ちゃんがお弁当を作ってくれて助かってるよ。じゃなきゃ俺も学食派だ」

「お姉さんがいるって言ったね」

「そう。両親揃って花屋を経営してるんだ。だから、夕飯とかは姉ちゃんが作ってくれる。しかも美味い。性格はアレだが料理の腕は文句ないね」

 

 お弁当とはいえ、冷凍食品は皆無。

 エビフライも炒め物も、すべて朝から作ってくれたものばかりだ。

 最後のエビフライを食べ終えて昼食終了。

 弁当箱を片付けながら「ごちそうさま」と呟いた。


「まったく、あれで性格さえよければ嫁の貰い手に困らないだろうに」 

「先輩のお姉さんは料理が上手なの?」

「上手いぞ。昨日はボンゴレ・ビアンコを作ってくれたんだが、これが美味しくてさ。ホント、将来はそういう道を進むのかねぇ」

 

 ボンゴレ・ビアンコはイタリア料理で、いわゆる、あさりのスパゲティーだ。

 しっかりとあさりの風味が活きて美味しいものだった。

 料理に関して言えば、そこらで外食するよりも姉の料理は満足できる。

 

「ふーん。いいお姉さんなんだね」

「性格はきついけどな。ていうか、姉ちゃん怖い」

 

 思わず顔を思い出してげんなりとしてしまう。

 

「苦手なの?」

「気が強い性格な上に、弟に容赦と遠慮がないし、BL大好きな腐女子だし。暴力的で言葉もキツイ。いろんな意味で怖い人だぜ」


 弟の面倒を見てくれる意味では優しい姉とも言えなくもない事もない。

 

「一つ年上の高校3年生で、この学校に通ってるからたまにここにも来る」

 

 そして、来たらいつも弘樹は逃げようとして、捕まって、お仕置きされる。

 何が悲しくて姉弟2人で弁当を食べなくてはいけないのだ、と嘆くしかない。

 

「綺羅は兄と姉がいるんだろ? 仲が良いのか?」

「……別に。ふたりとも、昔からそんなに仲良くないし」

「あれ、てっきり、綺羅は甘えたがりの妹なんだと思い込んでた」


 我が侭放題に育ってるタイプは大抵、兄妹にも甘えるもの。

 そんな弘樹の思いこみとは違い、綺羅は甘えたがりでもないようだ。

 

「意外な感じだ。理由とかあるのか?」

「単純明快。私がふたりに懐かないから」

「お前は近所の猫か!」

「ホント、猫扱いみたいなもの。ずっと昔から兄妹の距離感が難しくて。嫌われてはいないけども、仲良くもないのが兄妹の現状だもの」

「マジかよ。兄妹くらい仲よくしようぜ」

「私にとって兄も姉も家族と言うより他人と同じ。たまに話す程度の存在なの」

 

 素っ気なく答える綺羅が寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 

――甘え方が分からない、ってやつなのかもしれない。


 綺羅は甘えたがりなくせに、甘えるのが下手な一面があると思うから。

 そんな事は付き合いが浅くても傍にいて見てれば何となく分かる。

 家族の関係、弘樹の場合は難しい事を考えるまでもない。

 

「俺の場合は『俺<<超えられない壁<お姉ちゃん』だから。悲しくなるくらいに立場や力関係がはっきりしている。それ比べたらマシやないですか」

「そういうもの?」

「ふたりとも今は大学生で家にいないんだっけ。寂しいとか思ったり?」

「家が広くなって、すごく快適。部屋も増えて、素敵な気分ね」

「……それ、本人に言っちゃダメだぞ。案外、傷つくから」

 

 他人と距離を取ってしまうタイプの綺羅である。

 彼女がこうして屋上にやってくるのも、一人でいる事が多いからかもしれない。

 綺羅には友達が少ないと本人も言ってたのを思い出した。

 

「そうだ。綺羅、いい機会だし、携帯電話の番号でも交換するか?」

「は? なんで、先輩と交換しなきゃいけないの」

「何かあった時に助けになってやれる」

「先輩に助けを求める事なんてない」

「俺に2回も助けられた子が言うセリフか」

「そんな偶然は三度もない」

「まぁ、そう言うなって。仲良くしようぜ、後輩」


 世の中、どんな時に助けがいるか分からない。 

 一人でいるのが好きならそれでもいいが、誰かといた方が人生はもっと楽しい。

 弘樹が今、綺羅と話すようになって、それなりに楽しい日々を送れてるように。


「……しょうがないなぁ」


 その後、渋りながらも綺羅は自分の携帯の番号を教えてくれた。

 なんだかんだ言いながらも仲良くなりかけているのだ。


「用もなく電話をしたらペナルティ。警察への電話が近づくと思いなさい」

「……俺、ストーカーじゃないっての」

「ストーカーはみんなそう言うの。私に邪な気持ちを抱かないでね」

「抱いてないってば。今日の夜にでもラブコールしてやるよ」

「ら、ラブコールって。変なのかけてきたらすぐ着信拒否にするからね!」

「ふふふ。愛を囁きまくってやるぜ」

「やーめーてー」


 ほんの少しずつでも。

 弘樹達になりに距離が近づいていた。

 

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