第3話:先輩のせいで私は大切なものを失った
雨の日の偶発的ハプニング発生中。
本降りの雨なので、綺羅をマンションまで送り届けることに。
相合傘というシチュを満喫した弘樹なのだが、綺羅にとって試練が待っていた。
最後の最後に自分の母親に見つかると言う大失態。
美人な綺羅の母親が興味ありげにこちらを見つめていた。
「ま、ママっ! ち、違うの。誤解なの」
「誤解? 仲良さそうに相合傘なんて。もしかして付き合ってるんじゃ?」
「ち、違うってば。これは、その、あの……」
突然のことに綺羅は顔を青ざめさせて、パニックに陥る。
相合傘を知り合いに見られたなくない、と彼女の危惧していたことが現実に。
「い~や~!」
綺羅の悲痛な叫びが雨の中に静かに響いて消えていった。
彼女はすぐさま、傘から抜け出すと、エントランスに逃げ込む。
「……気まずい、微妙な気持ちは良く分かるぜ」
「うるさいっ!」
弘樹も同じ立場なら逃げたくなる。
振り返った綺羅はエントランスから弘樹に暴言を吐いた。
「HでEROなHERO先輩。今すぐ帰れ。さっさと消えて」
「ひどくない?」
「ふんっ。ママ、さっさと帰るよ」
綺羅が母の背中を押してマンションの中へと入ろうとする。
だが、そんな娘の様子を見て、何となく事情を察したのか。
「せっかく、送ってくれたんでしょう? 彼氏さんにそんな態度はないわ」
「か、彼氏!? ち、違うんもんっ」
慌てて否定するも、それはただの照れ隠しにしか見えないようで。
「そっか。綺羅にもついに彼氏ができたんだぁ」
ニコニコと嬉しそうに笑う母に綺羅は頭を抱えながら、
「だーかーら、違うんだってば。にやにやしないで」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「ホントに違うから。ただの先輩なのっ。恋人なわけがない。むしろ、ただの変人。変態。下劣なストーカー未遂の犯人!」
「そこまでは言いすぎやで、綺羅さん」
普段は感情をあまり見せない綺羅もさすがに今は別のようだ。
ぐいぐいと母の背を押して、何とかこの場を去ろうとする娘。
そんな娘の抵抗など、母親の前には一切きかず。
穏やかな気品溢れる微笑みを浮かべて、
「初めまして、綺羅の母親の七海(ななみ)です。貴方は?」
「どうも。2年の岡部弘樹って言います。学校の先輩です」
「そう。先輩さんなの。いつも娘がお世話になってるみたいで」
「なってないから。こんな所で自己紹介もいらないから!」
拗ねた綺羅は「もう知らない」とマンションの中へと入っていく。
すぐにも恥ずかしさから逃げたかったようだ。
残された弘樹達は苦笑いを浮かべていた。
「ごめんなさいね、あの子、すごく我が侭だから翻弄されたりしてない?」
「えぇ。それなりに困らせられてます」
「ふふっ。せっかく綺羅を送ってくれたんだし、お茶でも飲んでいかない?」
弘樹が美人のお誘いを断る事はない。
好意に甘える事にして、綺羅の家へ招かれる事になった。
家の中に入るとリビングが広がり、綺麗で豪華な内装で飾られていた。
この辺りのマンションでは別格の高級住宅である。
「綺羅って実はお嬢様か何かなんだろうか」
そう呟きながら、豪華なマンションに感嘆する。
リビングのソファーに座って待っていると、
「どうぞ、弘樹君。熱いから気をつけて」
「あっ、すみません。いただきます」
コーヒーを淹れてくれたのでありがたく頂く。
肌寒さの中を歩いてきたので少しでも温かいのはホッとするものだ。
綺羅の母、七海は見た目も若くて美人さんである。
「……確実に綺羅は七海さんに似たな」
弘樹はコーヒーを飲みながら、綺羅との関係について話をしていた。
まずはちょっとした誤解があるようなので解いておく。
恋人関係ではないと言うのは、今後のこともあるので否定しておいた。
綺羅もそこは嫌がっていたように見えたからだ。
「なんだ、弘樹君は綺羅の恋人じゃなかったんだ」
「誤解させるようなシチュではあったんですが、そう言う関係ではないですね」
「それにしては、あの綺羅がずいぶんと心を許してたみたいだったし。あの子、人見知りで友達も少ないし、男の子と話す事なんてほとんどなかったの。それなのに、いきなりこんなに仲のいい男の子と帰宅してくると勘違いもしてしまうわ」
正直な所、綺羅と弘樹はまだ話をする知り合い程度でしかない。
彼女の事を良く知っているわけでもないけど、それでも興味はある。
話を聞いてみると、どうやら綺羅は3兄妹の末っ子らしい。
「あの子の兄と姉の2人は大学生で家を出て、今は親子3人でこの家に暮らしているわ。昔から気分屋で我が侭な性格だから、高校でも馴染めているのか心配だったけども、貴方のような先輩に親しくしてもらっているのなら安心ね」
「ですかねぇ?」
「人の出逢いって単純なようで大切なものよ。人付き合いで人生も変わっちゃう」
綺羅本人からの評価は低いが、どうやら七海の評価は上々と言った感じだ。
コーヒーを飲んで話をしていると、部屋の扉が開いた。
「ママ、ココアでも作って……って、なんでここにヒロ先輩が!?」
素でびっくりした様子。
綺羅が私服姿でリビングにやってきた。
パーカーにショートパンツというラフな格好の彼女。
「ふーん、部屋着はそういうのを着てるのか」
ジャージ姿じゃなくてよかった。
弘樹はまだ女の子に幻滅したくない……彼の姉のように。
「綺羅がお世話になったんだからお茶くらいって、私が誘ったのよ」
「余計な事をしなくてもいい。先輩も簡単に誘いに乗るな」
「それは失礼というのものだろう。ちゃんと空気を読むのも必要な事です」
決して、美人の誘いにほいほいとついてきたわけではない。
「聞いたわよ、綺羅。木に登っておりられなくなったって話」
「な、なぁっ!? 先輩、何を話してるの!」
「いや、つい話の流れで……いたっ」
「人の弱みを勝手に話すなんてっ。嫌な奴、嫌な奴っ。うぅ~」
顔を真っ赤にさせて、近くにあったクッションで弘樹に攻撃をしてくる。
「じ、地味に痛いからやめなさい。この照れ屋め」
「照れてないし!? もう帰れ、さっさと帰れっ。私の家から出ていけ」
「綺羅、やめなさい。本当に素直じゃないんだから」
「……ホントに嫌な奴」
ちっと舌打ちして弘樹を睨みつけてくる。
威嚇する猫のような瞳。
「怖い顔をしないの。どうしたの、綺羅? いつもはもっと大人しいのに」
「なんでもないっ」
「それとも彼の前だと、親の私でも知らない顔を見せちゃうものなのかしら?」
「し、してないっ! あー、もうっ」
七海にからかわれて、綺羅も調子が狂うようだ。
どんな子も親には勝てないものなのだ。
「……ママ。2人で話があるから少し向こうに行っておいて」
「あらら。ついに告白とかしちゃったり?」
「違うっ。放っておいて、ほら、ヒロ先輩。ちょっとこっちに来て」
母をリビングから追い出した綺羅はこちらに再び睨みつける。
弘樹の襟首をぐいぐいと掴みながら、
「何をすんなりと家まであがりこんでるかな。このストーカーさん?」
「ストーカー扱いはやめよう。今のご時世、その単語が出るだけでもまずい。俺は七海さんに誘われただけだ。下心もなければ、企みもない」
「……はぁ。もうやだ」
「そこまで落ち込まなくてもいいじゃん」
「雨には濡れなかったけど、先輩のせいで私は大切なものを失った」
凹みまくってる綺羅はがっくりと肩を落として落ち込んだ。
そこまで落ち込まれると逆に弘樹が悲しい。
「雨のせいで、私のプライドはボロボロだわ」
「親バレは恥ずかしいよな。俺も自分の立場なら照れくさし。それより、綺羅はいい所に住んでるんだな。実はお嬢様だったりする?」
「お嬢様? 別にそんな華麗な響きの娘じゃないけど。パパが医者なだけ」
「……十分にお嬢様じゃん。なるほどなぁ」
弘樹の両親は駅前の花屋を経営してる一般庶民だ。
格の違いというのを見せつけられた気がする。
「コーヒー飲んだらさっさと帰って」
「つれない言葉だ。そこは、ゆっくりとしてね、的な言葉をだな」
彼女は「……」と無言でムスッとした表情をする。
そう言った仕草がいちいち可愛い。
「そんなに見つめられると照れるじゃないか」
「睨んでるのっ。帰れ、帰って。すぐに去って」
「分かった、分かった。俺も長居するつもりはないし、ここで退散するよ」
威嚇する猫には降参だ。
弘樹はコーヒーを一気に飲み終えて、ソファーから立つ。
時計を見ると、夕方のいい時間帯だ。
家に帰って姉の作る夕食を食べるとしよう。
「もう帰るの、弘樹君?」
廊下で七海とすれ違い弘樹は挨拶をする。
「はい、お邪魔しました」
「これからも綺羅の事をよろしくお願いするわ」
「ママ、余計な事言わない。私はお願いしないから。ふんっ」
「ごめんね、弘樹君。ちょっと生意気な子だけど悪い子じゃないの。ホント、我が娘ながら全然素直じゃないのは誰に似たのかしら。綺羅、もっと可愛げってものを見せないと男の子に嫌われちゃうわよ」
ツーンとした態度を見せる綺羅をたしなめる。
だが、弘樹はそんな彼女を見つめながら、
「――いえ、綺羅は十分に可愛いですよ」
思わず放った一言にふたりして固まる。
――あれ、何か変な事を言ったか?
それほど場違いな発言ではなかったと思う。
「は、はぁ? な、何言っちゃってるの!?」
綺羅は動揺して上ずった声を上げながら、顔を真っ赤にさせてしまった。
「余計な事を言ってないで、さっさと帰って! 今すぐ帰れー」
「うぐぉ!? わ、分かったから押すな。な、七海さん。お邪魔しましたぁ」
弘樹を背後から押して、無理やり帰らせる。
今日は彼女のいろんな表情が見れて楽しい弘樹であった。
そんな二人のやり取りを眺めていた七海は思わず、
「……あらあら。綺羅ってば、照れちゃって」
普段の娘が見せない素顔。
「ホント、いい雰囲気ね。これは、いい感じになるかも」
つい娘の成長というものを微笑ましく感じてしまうのだった。
綺羅のマンションを出て弘樹は再び傘をさそうとする。
「さぁて、帰りますか」
春の雨空を見上げながら弘樹は「雨の日も悪くないな」と呟く。
可愛い美少女と一つの傘で一緒に帰ったり。
その子の家にあがらせてもらったり。
こんな日もあるから人生って面白いものだ。
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