トラとぼく

キナコ

トラとぼく

 城山公園のなかよし動物園にトラが来た。

 痩せてパサパサの毛皮が、のっそりと狭い檻の中をうろつく。見かけはしょぼいが、時々あげる低いうなり声に、ぼくはびくっと緊張する。

 ぼくはすぐにそいつが好きになった。毎日、学校が終わるとぼくはトラを見に行った。トラはいつも寝ていたけど、ぼくを見るとかならず低く唸る。いつか必ずおまえを食ってやる、ぼくにはそう聞こえた。


 ある日、トラが檻の中で鎖に繋がれていた。

 餌やりのとき、飼育員を噛んだらしい。ぼくはその場にいなかったことが本当にくやしかった。どんな風に噛んだのか、どのくらい血が出たのか、噛まれたとき飼育員がどんな顔をしたのか、知りたいことがいっぱいあった。それからぼくは、餌やりが見たくてときどき学校を休んだ。


 チャンスはすぐに来た。

 新しい飼育員が長い棒でトラをビシビシと叩きながら、餌をもって檻に入った。トラは身を低くして、唸りながら後ろに下がる。飼育員が無造作にバットの肉を放った。その瞬間、トラは今まで見せたことのない素早さで前足を伸ばすと、鋭い爪で飼育員の長靴を引っかけた。倒れた飼育員に向かって、トラが唸りながら飛びかかる。でも、もう少しというところで、伸びきった鎖に首を引っぱられてトラがひっくり返った。トラはグエッと変な声を出してへたり込んだ。


 期待したような展開ではなかったけど、そいつが初めて見せた猛獣らしさに、ぼくは大いに満足だった。興奮が冷めないまま家に帰ると、ママはもう仕事に出ていて、酔っぱらいのクソ男が来ていた。

「てめえ、ガキのくせに学校も行かねえで遊び回ってんじゃねえぞ。躾だコラ」

クソ男に腹を蹴られて、ぼくはグエッとなった。二発目がくる前に、いつものように物置に駆け込む。


ぼくは暗闇で息を殺す。そのときぼくは茂みで獲物を狙うトラだった。


居間からクソ男のバカ笑いが聞こえてきた。


トラは手探りで道具箱の金槌を握った。


クソ男はこたつに入ってテレビを見ている。


トラは静かにクソ男の後ろに忍び寄る。


グォーと叫びながら、トラはクソ男の頭に思い切り金槌を振り下ろした。

ゴッと鈍い音がして、金槌がクソ男の頭にめり込んだ。


 これでぼくも檻に繋がれるのだなと思ったけど、少しだけ、あいつに近づけたようでちょっと嬉しくなった。



 〈了〉

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