第4話「初めては赤色」

 銃器。


 それは筒状の物の中から火薬の爆発力により高速で弾を飛ばす武器である。


 初めて銃器に近い物が発明されたのは中国であり、9世紀初頭に開発されたものが始まりと言われている。


 日本に入って来たのは1543年であり、種子島に来たポルトガル人から伝えられたことから“種子島”と呼ばれる事になる。


 その後40年ほどで世界最大の銃保有国となり、21世紀初頭ではその座を譲っているが世界中の国々では、なくてはならない物となっている。


 開発から10世紀以上もの時間が経つ現在においても根本的な構造に関してはそこまで変わりがなく、最も携帯しやすい武器の一つとして浸透している。




「ふっ」


 短い呼吸。その間隔を狭め、止める。


 その瞬間に右手の人差し指によって引かれたトリガーにより撃鉄が下り、弾薬の後部を力強く叩いた。


 下ろされた撃鉄で叩かれた信管により薬莢内にある無煙火薬に点火され、一瞬の間に燃焼。その爆発力と同時に吐き出されたガスによってはじき出された鉛の弾は


「ハズレね」


 傍に寝転がるようにして双眼鏡を覗いていた少女によって告げられる。


 少女が担っている者はポインターと言われ、基本的には狙撃手の相棒として狙撃の補助を行う者である。


 狙撃手にとって戦場では目標までの距離、その間に流れている風の向きと風速、また他の目標の位置など様々な情報が混在している。そんな狙撃中において集中力を僅かにでも乱せば標的から弾が外れることなど当たり前であり、そうならないように補助としてポインターという役目がある。


 実際に戦場ではそのような余裕はなく、狙撃手本人がすべて行うことなどざらであり、出来なければ弾を外し、結果的に死ぬことになるのだが。隠れた場所からの狙撃や発見されるまでの僅かな時間で複数体狙撃するには補助が役に立つ。


 しかしながら、そんな役割は訓練生にはまだ早い。それを示すかのように現在の彼女の役割は着弾した弾の確認作業だけだった。


「流石に遠いよ」


 愚痴を溢すようにレバーを引き、排莢させるのはサキである。ボルトアクションにより廃莢された薬莢はコンクリートの地面にカツンと甲高い音を上げ転がった。


 現在彼女は自身の胸を潰すようにうつ伏せに寝転がり、上半身のみ軽く上げている状態だ。


 そんな彼女の前においてある武骨な金属製の物。それはレミントンM700という狙撃銃である。


 アメリカの名門銃器メーカー“レミントン・アームズ社”が開発したボルトアクション式狙撃銃。狩猟用から競技用まで幅広く使われ、警察や軍でも使用されていたベストセラーである。


 そんな狙撃銃についているスコープを再び覗き込むサキ。そのレンズの中にあるのは400メートル先の標的であり


「動かない的に当てるのがこんなに難しいなんて思わなかったわね」


 サキの言葉を代弁するかのように呟く少女。その口ぶりからしてすでに何度か射撃を経験済みであるようだ。


「ハルカは6発中2発当たっただけでもすごいよ。私なんてまだ当たってないもん」


 そう言いつつグリップの下に左手を添え、銃を安定させるサキ。すでに弾薬は残り1発であり、次を外すと全弾外れたことになる。



 現在彼女たちがいるのは学園から少し離れた狙撃訓練場である。


 縦500メートル、横に20レーン設置された狙撃専用の訓練場であり、軍の施設の一つだ。


なぜ養成学園の生徒達がここで狙撃の練習をしているのかというと、単純なことで学園に狙撃を訓練する施設がないためだ。


 一般的な射撃場や最新鋭の訓練施設はあるのだが場所を必要とする狙撃の訓練においてはこの施設を利用するか、実際に戦場でするかの二つしかない。



 パン


 軽い炸裂音と僅かに遅れてくる衝撃がストックを当てている肩から体全体へと広がる。


 口径としては訓練用の小さいものを使用している為にそれほど大きな反動は無いが、15歳の少女にとっては発射の際のリコイルを筋力だけで抑えられるものではない。


 仮に戦闘服バトルスーツを着ており、パワーアシストを使用していれば多少はマシになるだろうが現在は着ていない。その為一切の減衰なしに衝撃が届くのだ。


「・・・・サキ・・・あんた、狙撃の才能ないんじゃない?」


 痛烈な言葉。


 その言葉は狙撃手のすぐ横から告げられた。そしてその言葉が指す意味をサキはすぐさま理解した。


「なんで当たらないのかな・・・」


 着弾した地点。それは丸い形をした的の外であり、僅か1メートル離れた壁である。その周りにはまるで絵を描いたように複数の弾痕が並んでおり、その数からも他に外している者がそれなりにいることを示していた。


「あんた、風の影響とか考えてないでしょ」


 相棒であり、今回に限っては着弾確認役をしていたハルカがため息を吐きだすように言った。


 実際に彼女は6発中2発を的に当てているが、そのほかの4発も的から僅か数センチの場所に着弾している。これは現在訓練している40人の中ではトップであり、初めて狙撃訓練をしたとしてはかなり筋がいい事を表していた。


「それは・・・」


 実際には風が弾に及ぼす影響については座学でみっちりと教わっている。弾道学だ戦術だなんだと彼女の頭の中では子守歌と化している座学であるが。


 そしてそれを同じクラスであるハルカは当然知っており


「これだから体育会系は・・・」


 はぁ、と周りにも聞こえるほどのため息を吐きだしながらハルカは頭を片手で抑える。


 サキの成績は入学から1か月ほど経っている10月の現在においては座学以外トップである。それは男子も織り交ぜてのものであり、それがいかにすごい事なのかが分かるだろう。


 肉体的に劣る女子が勝っている男子に勝っているのだ。これは試験官をしていた教師陣もいくらか驚きを示しているのだが、彼女の知るところではないだろう。


「感覚でどうにかなるような物じゃないのよ、狙撃って言うのは・・・」


 再びため息を吐きだし、自らの長い髪を揺らすハルカ。後ろで一つにまとめられたポニーテイルの髪形はこの狙撃の授業の為に結ったものであり、それを忘れてか左手で無意識に髪を後ろに追いやる。サキに関しても長い黒髪をハルカと同じくひとつに纏め、頭の上でお団子のように丸めているのはある種おそろいと言えよう。


「ハンドガンなら当たるんだけどなぁ」


 そう呟くサキは自らが抱える狙撃銃に視線を落とす。


 これまで訓練で使用したことのある自動拳銃の重さは大体1キロほど。それに対して今腕の中にある狙撃銃は4キロ近くあり、少女の筋力ではどうしても重いと感じてしまう重量なのだ。


「そりゃ確かにあんたの近接戦闘のセンスは認めるわよ。まぁ、私としては長距離が苦手であってくれて助かるけど」


 実際に演習で行われている近接格闘戦や中近距離射撃戦などの成績は非常に優秀であり、特にハンドガンを使用した格闘射撃という分野においてサキは追従を許さないほどに飛び抜けていた。


 容姿と成績共に目立つ友人に対して自身の成績があまり芳しくない事を理解しているハルカ。彼女にしても座学などは得意なのだが、学校の方針としてどうしても実技の成績が重視されがちになるのは仕方がない事だろう。


 彼女自身もそれを理解しているからこそ、友人と共に横に並びたいと密かに努力をしているのだ。


「さて、あと2セットやったら銃を返しに行くわよ」


 そう言ってハルカはレミントンをサキからひったくるように取り上げると手慣れた様子で弾薬を装填する。交互に狙撃練習を行い、規定数の弾薬中何発的に当たったのかを教官に報告するまでがこの実習なのだ。


 先程よりも精度を上げることを念頭に風の流れ、弾道、それらを予想し計算していくハルカ。無言で集中しだした友人を見ながらサキも己の仕事に集中することにした。




 最終的にサキが貰った評価は赤色だった。それが示すのはもちろん落第であり、補習を受けることになるのだ。


 それに対して相棒のハルカの成績は問題なしの青。全体の1位通過と添えておこう。


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