第2話「黒と白の混合は灰色」


 ソレが現れたのは突然だった。


 ソレが何処から現れたのか。はたまた誕生したのか、定かではない。


 ソレは突然現れたのだ。



 

 西暦2020年6月末。日本全国は梅雨入りし、人々が不快指数の上がった気候に様々な感情を発生させている時期。ひと月半後には待ちに待った東京オリンピックが始ろうという時期にそのニュースは流れた。


 世界で最初にソレが発見されたのはロシアの片田舎であった。

 

 長閑な田舎では到底起こりえないほどの惨殺事件。死亡したのは二人の老夫婦で、まるで何かに食い荒らされた様に遺体は破損し、森の中で見つかった。見つけたのは地元の青年であり、発見当初は人間だとは思えない程だったという。


 発見当時は肉食動物の仕業であると報道され、その駆除のために地元の猟師たちによるチームが組まれた。事件はそれによって沈静化したと思われていた。


しかしながらチームを組んで森の中に入った猟師たちが次々と行方不明になる事件が続出。これによって警察が捜査に乗り出すが、その時点ですでに世界中で同様な事件が起きていた。


 それは日本も例外ではなく、青森県の山中にてロシアと同様の事件が起きていた。


 その知らせが届いたのは警察による捜査の手が入ろうとしていた時だった。


 発信したのは米国大統領、その本人から全世界に向けての緊急声明だった。


『我々は新たな知的生命体と遭遇し、コミュニケーションを取る暇もなく一方的に戦端を開かれた』


 と、言ったのだ。その後大統領はこのように続けている。


『捕獲した生命体の調査によると地球に存在しているはずのない生命体であり、肉食。そしてその食料は人間である。奴らは非常に凶暴であり、危険である。すでに全世界で出現していると思われる為、各国との協力を求む』


 と、そう締めくくったのだ。


 もちろんこの声明が届けられたのは国連に加盟している国々がほとんどであり、アメリカが敵対している国には届けられていない。


 そして届けられた先も国の代表者であり、日本では首相がその相手だった。


 届けられた情報の中には戦闘時の映像記録も無修正で添付されており、その動画を見た各閣僚は自身を目を疑ったという。それほどまでに現実味を帯びていない情報だった。


 アメリカが誇る先鋭である軍隊が数匹の緑色の生物に蹂躙されていたのだ。


 放たれる銃弾はその素早い動きに交わされ、近寄られた兵士は大きな咢で肉体を食いちぎられる。ありのままを収めていた動画の途中で退席した者を非難できる者などいなかった。


 そして動画を見終えた後、皆が抱えるのは多くの疑問である。


 しかしただ、一つ言えるのがプライドの塊とも言われていたあのアメリカが真っ先に協力を求めてきた、と事実。これが何を示しているのかは賢明な頭脳を持った者であるならば容易に想像がついただろう。


 だからこそ、その後の動きは早かった。


 いや、結果を見るとそれでも遅かったのかもしれない。

 




 初遭遇から25年たった現在、西暦2045年9月において世界人口は23億人に減少しており、その人口は現在進行形で減少している。





『さて、諸君はそんな世界を救うためにこの学園に志願してくれた勇敢な者達だ』


 場所は日本国、その首都である防衛都市“東京”。


 世界でも3番目・・・に人口が多い都市であり、地下にあるジオフロントの人口を合わせると8000万人を超える大都市である。


 土地は旧埼玉など元東京都周辺の県を囲み巨大な円形の防衛壁を築いた都市である防衛都市“東京”はその重要度からいくつもの区画に分けられている。


 まずは地上で最も重要な施設が立ち並んでいる第0区画。ここには公官庁など日本を政府たらしめている機構が集中している場所である。


 そしてその横には次に重要拠点である軍部施設がある第1区画となっている。区画の広さとしては第0区画の数倍の面積を誇り、万が一の際の最後の守りとしての意味合いを持つ軍事力がそこに駐屯しているのだ。


 そんな区画の端にその学校はあった。


 名前を“都市防衛軍養成第一学園”


 第一から第五まである防衛養成学園の中で最も初期に建設された学園であり、最大生徒数を誇る学園である。


『義務教育課程を修了した諸君らはそれぞれの意思の元、この学園に志願してくれたと思う。戦場は過酷だ。3年の養成課程を修了するまでに1割の人間が死ぬ。そして軍に入隊して1年後には5割が死ぬ過酷な世界だ。それでも諸君らはこの世界を守るために志願してくれた。最初に言っておこう、ありがとう。そして世界の為に死んでくれ。これで挨拶を終わる』


 灰色の空模様の中、400メートルトラックが据え付けられている屋外訓練場に集められた第8期入学生はそんな強烈な挨拶をした学園長に視線を向けている。


 その表情はぽかんと阿呆面をさらしている者から無表情、真剣な眼差しを向けるものなど様々だ。


 防衛都市を守る軍。その一員となるために今日、新たなる少年少女500名が入学を果たした。



 その一角にて自身の配属された教室を目指す少女が一人。黒髪でストレートの長身の少女は風に靡く自身の髪を抑えながら歩き、その背後を追いかけるようにもう一人少女が声を掛けた。


「ねぇサキ、さっきの学園長って戦場で怪我して退役したって聞いたけど本当かな?それに禿げてる頭も戦場での怪我かな?」


 一般的な軍と同様の規律を求められる防衛軍養成学園において不敬ともとれる発言はあまりよくない。それはたとえ目の前を歩く少女だけにしか聞こえないとしてもだ。


「エリ?」


 そんな事を知っての発言なのか、友人の事を案じての言葉と視線を向けるサキと呼ばれた少女は、同時に歩みを止める。大きな瞳で、そして日本人にしては珍しく微かな青色の瞳で自身の親友に視線を向けながら。


「ごめんって。まぁクラス違うんだから別れる前に親友にエールをってね」


 イギリス人の血が入ったクオーターであるサキのことを知っているエリと呼ばれた少女は自らの短い髪を僅かに揺らし、ケラケラと笑い声をあげる。


普通なら下品と言われるような笑い方だが少女の年齢としては小さな身長から、違和感がないのはしょうがない事だろう。


「私は防衛科、エリは装備科だったよね?」


 サキの短い問いにうんと同じく短く返すエリ。その表情はどこか面倒臭そうである。


「私って運動神経皆無じゃん?でも座学は得意だし、その中でも数学系は得意だしね。それに学生ながらも給料でるし、卒業後の給料はもっといいしね」


 そう言うエリにサキは申し訳なさそうな視線を向ける。彼女がこの学園に進学を決めたのはサキが進学することが大半を占めていることを知っているのだ。


「まったく、エリはお金大好きなんだから」


 しかしながら今更ながらにそれを言うと親友であるエリが不機嫌になることを理解している。その為、軽口を叩くくらいで済ますサキ。


 万が一口論になろうと、その程度で崩れるような関係ではないのだ。それは彼女たちの付き合いが5歳くらいから現在に至るまで10年間を共に過ごしていたことが理由である。


「お金、それはとても大事なのだよ」


 どこか達観したように言い、直後にニイッと笑顔を向けるエリ。


 そんな話をしている間に二人は校舎の入り口まで到着していた。


「じゃ、お昼ご飯にまたっ!」


 そう元気よく駆け出していく親友の背中を見送りながらサキは自身の教室へと足を向けた。教室が別々なのだ。


 都市防衛軍養成第一学園は8年前に設立された学園である。


 9年前から建設されている防衛壁に伴い、都市中心部の構造を一新。その機能のほとんどを都市の運営や軍部に傾けた構造で僅か2年という短時間で建設しなおした新造都市である。


 その為都市中心部にある第0と第1区画はほとんどが新しい建物であり、流用された一部の建物を除いては新たに建てられた建物群が多くを占めている。


 それは第一学園も例外ではなく、まだ真新しい校舎に足を踏み入れたサキは不思議な感覚を覚える。


 そんな感覚を感じながらも自身が配属されている防衛科の第1クラスの教室へと進める足を止めることはない。


 防衛軍養成学園には複数の科が存在している。


 まず、都市の防衛要員を育成する防衛科。この科が占める生徒数の割合は8割にも上り、新入生500人中400人がこれに当てはまる。


 続いて装備科は文字通り軍の装備の整備等を担当する技士を育成する科である。戦場で最も重要と言える装備の信頼性は高くなくてはいけない。その為それらを整備したり、製造したりする人間の技術力が必要になってくる。


 もちろんある程度オートメーション科している現在の向上ではライン作業はすべて自動化している。その為単純作業ではなく、複雑な開発部門や研究部門に配属される事が多い。トップクラスの卒業生は各国共同の研究事業に召集されることもあるくらいである。


 そして、残りの一つが整備科である。


 この科は名称からよく間違われるのだが防衛軍が使用する兵器等の整備を行うわけではない。では、何を整備するのか。それは防衛の要と言える防衛壁である。


 現在防衛都市東京を囲う防衛壁は3つある。


 第0と第1区画を囲う最終防衛壁。ここには地下のジオフロントへと向かうエレベーターもあるため、最終防衛拠点とされているのだ。 


 次に第2から第5の居住区画までを覆う第2防衛壁。そして第6から第10の工場区画を囲う第一防衛壁の3つが存在している。


 そして最初に外敵と接触する第一防壁は高さ20メートルを超える強固な物であるが、人工物であるために劣化する。


 それらの補修および建設を担当する者を養成するのがこの科である。


 なぜそのような科があるのか、というと補修作業等は外(・)に出て行う。外は人類の敵が跳梁跋扈する世界であり、常に危険が伴うことになる。


 その為最低限の自衛能力とその危険性を理解した者という意味で軍が担当しているのだ。


 そんな3つの科を備えたのが現在の防衛軍養成学園となっている。




 2階にある自身の教室。40人がクラスメイトとして勉学を共にする教室にはすでに数人の姿がある。


 サキと同じ色合いの制服に袖を通し、まだ15歳という年齢であるためにあどけない顔立ちを残しつつも強い意思を持った瞳をしている少年少女達。


 そんな彼らの視線に晒されつつもサキは意思を強く持ち、電子黒板に表示されている己の席を確認し、着席した。


「はぁ」


 席に着いた事により緊張が解けたのかサキは小さくため息を吐きだす。


 自身の机と椅子というのは小さなテリトリーのようなものであり、初めて座るのだがどこか安心感があるというものだ。


 入学初日からこのような状態ならば今後が心配になるのだが、当の本人にとってはこれ以上は無理であろうと思われる。

 

 その後もぞろぞろと同級生が入って来てやがて教室が一杯になった頃ようやく担当教員が顔を出した。


「諸君の担任を務める相良さがら祐樹ゆうきだ。お前たちの実習も担当するからよろしくな」


 そう呟いたのは40歳を過ぎた中年の男だ。肉体的には現役軍人であることからも鍛えられており、しかしながら顔の筋肉までは鍛えることが出来ないために年齢は推測できる。


 この学園では教員共通の服装をしており、迷彩柄の服に身を包んでいる相良はにこやかに視線を向けていた。


「さて、お前らは学年でトップから40人の言わば先鋭達だ。しかしながら今現在においてその先鋭という言葉は正規兵の中では最下位を示す、いわば“役立たず最先鋭”だ。そんなお前たちを1人前までに育て上げるのが俺の仕事だ。単純だろう?」


 そう微笑みかける相良の表情は非常に生き生きとしている。現在において第1クラスの生徒40人は担任である相良の“鬼教官”二つ名を知らないわけだが、その二つ名がその態度ゆえのものであるという事はすぐに理解するであろう。


「それでだ、本日のカリキュラムは担任に一任されているわけだが、手っ取り早く慣れてもらおうと思う。という事で早速1045までに“戦闘服バトルスーツ”に着替えて第3演習場に集合だ」


 そう言うが早いか相良は教室を飛び出していった。何か準備するものがあるのだろうか、それほどまでに早い動きだった。決して走って出て行ったわけではないが。


 そして先ほど相良が言った言葉は入学以前にある程度勉強している人間にとっては理解出来る内容であった為に、特に質問もしなかった。いや、早すぎて出来なかったのだが。


「なんなんだ、あの担任・・・」


 誰かがクラス全員の言葉を代表して呟いたような言葉だった。


 そんな言葉に内心同意しつつもサキは席を立ち、更衣室へと向かう。もちろん戦闘服バトルスーツに着替える為だ。


 戦闘服バトルスーツ、と言う物はここ数年で開発された戦闘補助服であり、過酷な戦場において兵士の生存率を上昇させるものである。


 防弾防刃を始めとして僅かながらのパワーアシスト機能まで搭載された万能服は今では防衛軍に無くてはならない物となっている。


 そんな戦闘服バトルスーツはもちろん学園の生徒に無料で貸与されている。その機能の性質上ほぼオーダーメイドである為に、高価であるが3年次では実際に戦場にて実習があるために習熟訓練と称して1年次から使用させているのだ。


 体に張り付くようなぴったりとしたボディスーツである戦闘服バトルスーツは体のラインがそのまま出る。その為女性兵にとっては些か以上に周りの視線が気になるが戦場では生命第一だ。



 ひんやりとした特殊なジェルを肌で感じながらもサキは体に戦闘服バトルスーツを身に着けていく。


 周りで着替えている同じクラスの少女達もあられもない姿、要は全裸でその服を着ていたが視線を向けることはない。


 戦闘服バトルスーツはその性質上体表面の僅かな電気を感知してパワーアシストを行っている。その為肌と密着させる必要があるのだ。


 そんなこともあり、更衣室では全裸で着替える必要があるのだが軍としての施設である為に個室があるわけがない。同性とは言え、まだ成熟していない肢体を同級生に見られるのはいささか以上に恥ずかしいものだ。


 そんな恥ずかしい時間を僅かでも短くしようと少女たちは無言で素早く着替えていくのだった。





 戦闘服バトルスーツに着替え、指定されていた第3演習場に集まった第1クラスの40人は体育館のような広い空間に居た。


 お互いに体に張り付いた戦闘服バトルスーツに視線を向けつつ、特に男子生徒の女子生徒へ向ける視線が多く、その視線から僅かでも体を隠そうとする少女達の無言の攻防が繰り広げられていたが。


「さて、今からお前たちには軽い運動をしてもらう。その為に戦闘服バトルスーツを着て貰ったのだが・・・」


 そう言いながら演習場に出てきたのは生徒たちと同じく戦闘服バトルスーツに身を包んでいる相良だった。盛り上がる筋肉が服越しにも見えるほど鍛えられており、歴戦の兵士であることが伺える。


 そんな相良が向ける先には男子生徒たちがいた。


 学園の創設目的があるために男女の割合が比較的男子の方が多くなるのは仕方が無い事だと言えよう。それでも成績順に並べられているクラスであるために第1クラスは男女比率が6対4と比較的まともであるのだが。


「おい男子共、女の体に興味があるのは結構だがそんなことをしていると戦場で真っ先に死ぬぞ?」


 実際に戦闘服バトルスーツが導入された当初はそんな間抜けな理由で怪我を負った者が多発したのも確かだ。


「まぁ、慣れろとしか言えんな。それに女子よ、そのように体を隠しているから男子共が興奮するのだ。もっと堂々としていろ」


 そう言うと少女たちの中から“変態”“セクハラ”などと声が上がるが相良は気にしない。その手の言葉が軍の訓練中に通用するのは戦闘服バトルスーツが開発される10年ほど前までだ。


「よし、ではレクリエーションを始めるのだがその前にお前たちに副担任を紹介しよう」


 そう言って相良は背後に視線を向ける。生徒たちからは見えない相良の背後に副担任がいるらしい。全く見えておらず、かつ気配もなかったが。


「挨拶をしてくれぬか?」


 そう相良の言葉によって背後から姿を現したのは一人の男。いや、少年と言えるほどの年齢の者だった。


「・・・俺の名前は“ケイル”、今日から君たちのクラスの副担任を務めさせてもらう。担当強化は実習で相良先生が居ない時も担当するからよろしく頼む」


 その少年を見たサキが真っ先に思ったこと、それは


「白い・・・」


 小さく呟かれたサキの言葉通り、少年ケイルの頭髪が白かったのだ。それも黒を基調とした戦闘服バトルスーツに身を包んでいる為に際立っている。


 世界的には銀髪は存在しており、サキ自身も銀髪を見たことはある。しかしながら年齢による白髪しらが以外で白髪はくはつを見たのは初めてだった。


「ケイル先生は元特殊部隊の人間でな。俺が最前線に居た時は何度か共に戦った仲だ」


 そう軽く説明されてもクラスメイト達はどこか納得していないようだ。


 それもしょうがないだろう。紹介されたケイルはほとんどサキ自身と年齢が変わらないように見えるのだ。


「それに若く見えるだろうが22歳だ。まぁ、俺からしたら十分に若いんだがな」


 そう笑いながら相良はケイルの肩をトントンと軽く叩いている。恐らく同情でもしているのだろう。戦友となっている二人の仲で通じ合うものがあるのかもしれない。


「さて、そろそろ緊張もほどけた頃だろう。じゃ今日のレクリエーションを始めようか」


 そう言った相良にすぐ質問が飛ぶ。その声の主はクラスでも目立つほどの金髪を持った大柄な男子生徒である


「何をやるんですか?」


 その質問はごもっともである。なにせまだ何も説明をしていない。相良に説明する気があるのかもわからなかったために聞いたのだろう。


「おう、そうだったまだ説明してなかったな」


 そう言うと相良は手にしていた端末を操作する。すると少年少女たちの背後の壁から駆動音が聞こえてきた。


「これからやるのは鬼ごっこだ。逃げるのはお前たちで、鬼はアイツだ」


 そう言って相良が指を指した先。


 その先に居たのは緑色の体色をして、体中の筋肉を盛り上がらせ、口元からは涎を滴らせ、口元には光を反射した咢を覗かせている生き物。


 そう、人類の敵でありサキ達がいずれ戦う相手である“バルグ”だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る