切り抜けろ

第13話 奴らは諦めていなかった

 そろそろ昼時という頃。目の腫れは思ったより早くひいてくれて、昨日の打撲や筋肉痛が不意に痛んでも、暗い気持ちにはならなくなっていた。そんな時、ピルメラの様子がおかしい事に気付いた。


 のんびりと馬車を引いていたピルメラが、首を上げたのだ。大きな耳が何かを探る様に前に後ろにと、忙しなく動き出す。コニカ達もそれに気付いたのか、短く言葉を交わすと、操縦はコニカが引き継いだ。リーファは私の足の傍に置いてある箱を手早く開け、骨董品という言葉が似合いそうな銃を一丁、そして見た目より機能を重視したようなシンプルな小剣を二本取り出した。


 只事では無い。空気はいつの間にやら、緊張したものへと変わっていた。


 小剣の一本をコニカが受け取ると、二人は武器を腰の革の様な帯に手慣れた様子で装着する。何もする事が無い私は、準備を整える二人をただ眺める事しかできない。


 ピンっと糸を張ったような空気に耐えること数秒、後方から音が聞こえた。ガラガラと勢いよく回る車輪の音だ。一緒に聞こえる地鳴りの様な響きは、蹄の音なのだろうか。ぱからっぱからっというような軽快な音などでは無い。それらが大きくなっている。近づいて来ている。


 今走っている道は、昨日私が走っていた斜面より急な山肌を抉る様に造られている。傾斜を横切っている道幅は狭く、馬車二台通るには、片方が路肩に乗り上げない事にはきつい。言わずとも無く、崖の様に切り立っている左側を踏み外しでもしたら、大惨事だ。


 後ろを監視する気持ちで睨んでいたら、遠くから迫り来る二頭立ての馬車が見えた。コニカも追い上げて来る馬車を確認したのか、一気に馬車の速度を上げた。


 嫌な予感がする。


 徐々に縮まる距離を秒読みに、別れたばかりの恐怖と不安が舞い戻ってきた。眼鏡など無くとも分かる。


 馬車で追いかけて来ていたのは、昨日の男達だった。人数は四人と減っているが、手分けして行動しているのかもしれない。まさかまだ諦めていなかったとは。私の事が見えたのか、追っ手は声を上げ、更に速度を上げる。太陽の下で見る男達は重厚な肉体を、かき集めたような装備で覆っている。まるで山賊だ。いや、正しく山賊なのだろう。距離がぐんぐん縮められている。乗っている男達の下卑た笑いまではっきり見えて、身震いしてしまう。


 苦々しい思いから歯を食いしばる。自分の考えの甘さが憎い。私はこの世界において、自分の立場が分かっていなかった。そして、分かっていない事すら分かっていなかったのだ。今まで培ってきた常識は、使い物にならない。自分のもう大丈夫だろうという軽薄な判断は今、私を助けてくれた人達を危険に晒している。


 がったんがったんと土と砂利の混じった細道を水面を飛ぶ、水切り石の様に駆け抜ける。後ろには見事な土煙が入道雲の様に起こっている。馬車の縁に掴まり、振り落とされそうになるのを必死に踏ん張って堪える。だがこちらは一頭のらばに対して三人と積み荷。


 対して四人の男達と多少の荷物を引くのは、それぞれピルメラより一回り大きいであろう馬が二頭。じわりじわりを埃が上がっている真後ろを避けて、斜め後ろの位置から詰めて来る。


 男の一人が何か手に取ったのが見えた。大きく振り被り、投げてきた。私達の頭上を越えていくように放たれた物体を自然と目で追ってしまう。


 爆弾、いや手榴弾か。


 声を張り上げ叫んだと思うのだが、光と爆音によって掻き消されてしまった。真っ直ぐ走っていた馬車はそれらに翻弄されるように暴れ、やがて止まった。


 視力が回復した頃には、私達は囲まれていた。前方には武器を手にした男が二人。剣を持った男と、弓を持った男だ。後ろに目線を走らせると、馬車を挟み撃ちする形で剣を構えている男が一人。更に後方には残りの山賊一人が二頭立ての馬車で手綱を握ったまま、待機している。


 閃光弾だったのか。道路にも馬車にも特に損傷は見受けられない。ピルメラは耳を伏せて足踏みと、興奮しているが怪我はしていないようだ。これなら、まだ走れるだろう。


 少ない情報で私の脳は稼働する。連中がここにいるのは単に偶然か、それとも私を追跡して来たのだろうか。金目になりそうな物を積んでいる馬車を見境なく襲っていたのならば、荷物を渡せば大人しく引き上げてくれるかもしれない。しかし、前者の場合、状況を測りかねる。


 なぜなら、私の価値の根源が分からないからである。男達は果たして私を「女」として見ているのか、どう判別したかは分からないが「異世界人」として見ているのか。更に踏み込むならば、この世界において異世界人は、どう扱われるものなのか。相当の価値があるならば、すぐに殺しはしないかもしれない。だが男達の表情から、捕まってしまえば私の処遇はあまり芳しくないように思える。


 無論、最悪の事態も視野に入れている。皆殺しの後に、所持品を剥ぎ取られる。


 状況を把握したく、馬車の積み荷に片膝を掛け、いつでも動けるようにする。前に立ちはだかる男二人に加え、一番近い後ろに構える男も視野に入れる。


 先頭に立っている剣を持っている赤髪の男が大声で怒鳴ってきた。コニカは手綱を握ったまま、落ち着いた声色で答えると、赤髪の男は被せるように短く言い放つ。


 欲しいのはそこの女だけだ。


 言葉は相変わらず理解できないが、多分当たっている。何せコニカとリーファが同時に私に振り返るのを、視界の端で捉えた。


 三対四。ここにいる私以外の者は私を戦力外と見做し、二対四だと思っているかもしれないが。彼らが私の実力を知らないように、私もまた、コニカとリーファの腕前を知らない。帯刀したという事は、自衛程度には扱えるという事だろう。だが私が引き連れて来た厄介事に、彼らを巻き込んでも良いものか。


 幸か不幸か、山賊達は問答無用で襲ってこない。昨日、逃げる際に一発だけだが男の一人の顔に正拳が命中した。それを警戒しているのか。或いはコニカ達が丸腰でないのが、上手く相手を牽制しているのかもしれない。同時に硬直したこの状況は、コニカが赤髪の男の要求を呑まず、私の味方をしてくれているという事だ。有り難い事だが、かなり危うい。乱闘の様な荒っぽい事態になれば、コニカ達は無事では済まされないだろう。それは避けたい。


 思わず奥歯を噛みしめる力が強くなる。


 だが、私も助かりたいのだ。


 最善の手を考えている間に、コニカと赤髪の山賊のやり取りに熱が入る。不味い。後方の剣を構えた男は自分の得物を持ち直し、姿勢を低くした。今にも切りつけて来そうだ。


 決裂しそうな会談に空気が静電気を含んだ様にピリピリとしている。後ろの男を含め、男達が口々に野次を飛ばす始末である。腹を括り、深呼吸で気合を入れる。


 私は一か八かの賭けに出る。


「コニカ、待って」


 男の声しか行き交っていなかった空気に真新しい波紋を作るかの様に、女の声が響く。一瞬にして静まり返ってしまった場に、怖じ気づくも、先程の決意を胸に、コニカの目を見る。心の中で密かに謝る。


「私、行くよ」


 分かる筈もない日本語で話しているが、状況から察したのだろう、口早に説得してくる。だが、制止も聞かずに馬車の荷台から飛び降りる。着地する際に膝を深く折り、手を地面につける。


 無力。なんと自分が無力な事か。ただ飯を喰らって、夜間はぐずぐずと泣き続け、挙句面倒事を連れ込んでいては足手まとい他ならない。


 拳を握り締め、立ち上がる。後ろに剣を構えていた茶色の長髪の男は事態を理解したようで、右手に握られている剣は脅威であった切っ先が下を向けている。何とも腹立たしい笑いを顔に張り付け、左手をこちらに差し出している。


 こちらに来いという事だろう。


 男の若干短いズボンの下から覗いている足首を睨み付けながら、一歩、また一歩と踏み寄る。男はかなり長身ではあるが、前方に回った二人に比べ、体重は幾分か軽そうである。コニカも掛ける言葉が見つからないのか、聞こえるのは砂利を踏みしめる私の足音のみ。


 残すところ一メートルにまで近づくと、男は焦れたのか、一歩前に踏み出し、私を掴みに掛かる。


 存外、私はしぶとく、そして狡賢い人間なのかもしれない。今までの人生の中で経験した事の無いような緊急事態の中で、自分の本性が浮き彫りにされている気分だ。こんな訳も分からない場所で、見るからに碌でも無さそうな連中に捕まる気など、毛頭も無いのだから。


 私は帰りたい。日本に、あのボロアパートに、母や亮の許に、帰りたいのである。


 コニカ、ごめんなさい。あなた達を利用させてもらいます。

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