PART 6 - ユズィクの世界

 基本は一歩だ。

 ユズィクの背の高さは二歩と十分の一。

 ユズィクがいま登っている枝の高さは七歩。

 ここから見える塔の天辺の部屋と同じ高さ――塔は周りの地面から、三十一歩。

 ユズィクはきっかり三十度頭を巡らして、その先の山を見つめる。

 そこにあるのは五百二十八個目の緑玉りょくぎょく

 いま、枝に差したのは五百二十九個目。

 反対側に六十度頭を巡らして、五百二十七個目のある方を確認する。

 空には月、地面から七十二・五度の巡り。

 それを見上げながら、ユズィクは口を開いた。

 あ、あ、あ、と掠れた声をらす。

 それで十分だった。

 魔術を起こすには、正しい音韻が必要だ。

 ただ、ユズィクはひとつの魔法しか使えないから、これで十分だった。

 緑色の輝きがはしる。

 遥か上から見下ろせば、緑玉色の綺麗な正三角形が、一瞬だけ輝いて、すぐに消えたはずだった。

 これでユズィクの仕事は終わりだった。

 ユズィクはくるりと枝から降りる。

 枝の高さは七歩。

 ちょうど地面に落ちるまでに、ユズィクの体は一回転する。

 すとんと落ち葉の上に落ち着くと、塔の方とは反対の方へ、ユズィクはゆらりと歩き始める。

 振り返らなかった。

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