両天秤のプリンス。

「てことで、大丈夫だろう。オレは行く」

「何がてことでだ!あたしはか弱い女の子なんだからな!」

スーリアを置いて、シンは滑り降りていった。


滑り降りて行く姿を目で追うと、シンは宇喜田くん達と合流し、上級者コースに行ってしまった。



__本当に一人になっちゃったのかも。



スーリアは一人であたふたしていた。

このまま滑らずに、初心者コースのとなりに隣接しているレストランに入って休んでしまおうか。先ほどのトラウマに打ち勝つために、思い切ってまたものすごいスピードで降りて行くか。



スキー場の人たちは、小さい子が大人に抱きかかえられながら滑っている。


__いいなぁ。あたしも誰かに教えてもらいたい。



「先ほどの…」

不意に声がして振り返ると、そこには助けてくれたイケメンがいた。


「あ!」



「やっぱり初めての人だったんですね。俺が教えましょうか」



ゴーグルを上げた顔はやっぱりカッコよくて。キリッとした目が見たこの世界を凍てつかせているかのようだ。


雰囲気は厳しそうなのに、声は優しいのだ。少年と大人が一つの身体に同居しているかのよう。



「俺は少なからずスキーの経験があるので、お役に立てると思いますよ」


__それはさっき助けてもらった時に気づいた。

と思ってハッとして言う。


「見ず知らずの人にお世話になる訳にはいきません」


「俺を知らないんですか?」

イケメンは少し寂しそうな表情を見せた。


ん?と思ったスーリア。

__どこかで会ったことあったかな。



イケメンはその表情を打ち消すように笑顔で名乗った。

「俺は国立第一高校に在籍しているヤンと申します。生徒会長をしているんですよ。ご存知ないですか?」


「ヤン」


ふと遠い記憶が蘇りそうになったが、何だったか思い出せず。



「あたしはスーリア。私立ガーネシア高校二年。世界の歌姫だよ。国立第一高校は、あたしが以前在籍していた高校だね」


「俺も二年です。同い年ですね」


「あたしが国立第一高校にいた時に、あなたみたいなイケメンと知り合えてたら、転校しなかったのに」


「ハハッ。光栄です。俺の方は知ってましたよ。あなたは、ディーヴァプロジェクトの唯一の成功者ですから」


「知ってたの?やっぱりあたしは宇宙一有名なのね」



__ディーヴァプロジェクトの被験者が、あたし以外にもいたのを知ってる。かなりなあたしマニアか?



「俺は憧れてました。あなたに」


と言われてスーリアは舞い上がった。


「ほほほ。憧れられてたのね、あたし。ところで、ヤンくん。あたしに本当にスキー教えてくれるの?」


「ええ、もちろん。あなたに触れることをお許しいただけるのなら。お嬢様」


「まあ!」


__お嬢様ですってよ!あたしをお嬢様ですって!分かってるじゃない。レディの扱い方が。シンも見習って欲しいものね!



「力を抜いてください。俺に全てを委ねて。さぁ、内股を意識しましょう」


ヤンはスーリアの体を後ろから抱きしめ、スーリアがスキー板でつくった内股に自分のスキー板を添えた。



__これは、さっきいいなって思って見ていたやつだぁ。


ヤンに抱かれたスーリアは、静かにゆっくりと滑り降りていく。


__ドキドキだけど、安心できて、しかも楽しい。



「蛇行しながら降りていけば、そんなにスピードも出ずに滑れます。どうですか?」


耳のすぐ後ろにヤンの吐息がかかる。


「楽しいよ!ありがとう。今度はあたし一人でやってみるね」


ヤンは嬉しそうに頬を染めた。



リフトでヤンとは別れた。見送ってくれる姿を手を振りながら眺める。



__ヤンくんか。国立第一高校の生徒会長で、とっても優しくてカッコイイ。また会えたらいいな。



すると、ヤンの近くに先ほどの絡んできた男達がいるのを見た。


__やだな。リフトに乗って追いかけてきませんように。



そして、樹氷に阻まれヤンの姿が見えなくなった。




再び初心者コースの上にたどり着くと、ハルさんがいた。


「スーちゃん、どこ行ってたの?探したよ。ごめんね置いて行って。まさか自分一人で滑った?」


「ハルさん。あのね、国立第一高校のヤンくんと一緒に滑ったの」


ハルさんの目の瞳孔が開く。血相変えて肩を掴まれた。

「大丈夫だった!?」


びっくりする。こんなに取り乱したハルさんを見るのは初めてだ。



「大丈夫だよ。一人じゃなかったし」

スーリアは、ハルさんの肩を抑え返した。


「そうじゃなくて。何かされなかった?」


「え?ヤンくんに?とっても優しく教えてもらったよ」


ハルさんは、口をパクパクさせた。

ソード&シールドと言っているように見えた。そして、ため息を吐いて言う。


「優しかったならいいの。ヤンくんのことはうち、知ってる。国立第一の生徒会長だよね」


「うん。すごい人だよね。優しくてカッコよくて」


「国立第一高校もここに来ているのは知ってたけど、こんなに早くコンタクト取ってくるなんて…」


「え?」


「これからはうちが側にいるから。もう、勝手にどこか行かないで」


スーリアは、何だかハルさんが厳しいなと思った。


__優しく教えてもらったのに、何でもっと心配させてる?さてはあたしを独り占めできなかったヤキモチか。



「あたしはハルさんと一緒にいるよ」

「ぜひそうして」

ハルさんは苦笑した。


___

場面は変わり、初心者コース麓のリフト乗り場から、少し離れたトイレの小屋の裏手にヤンはいた。



「失敗したなんて聞いてませんよ」


「すみませんヘッド。思いの外あいつが強くて」


「俺の計画が失敗した。どういうことか分かってますよね?」


「すみません。俺ら簡単にノサレちゃって。本当に申し訳ないです」


「俺の質問に正確に答えなさい。俺は言い訳を聞きたい訳じゃない」


ヤンが話しているのは、スーリアに絡んできた男達だった。



ヤンは、土下座をする男達の一人の頭を冷たいスキー靴で踏みつける。


「謝って済む話ならイイんですけどね。俺のプライドはズタズタですよ。どうしてくれます?」


「本当にすみませんっした」

男達は怯えて再び平伏した。肩を震わせている。



「あいつ、なんか格闘技でもやってんじゃないっすかね。動きにスキがないというか」


男が恐る恐る言う。ヤンは、頭のゴーグルを目にかけた。


「それは俺の読み通りです。ダンスをやってるシンの動きを見れば、気付く人は気付くんじゃないですか」


「流石ヘッド!鋭いです」


「俺は、シンの無様な姿が見たいんですよ。事が終息してから俺がノコノコ出て行っても間抜けでしょう?」


男達は嫌な予感がした。

男達は、破軍という愚連隊の一つの部隊だ。

この度ヘッドに駆り出されたのは、ヘッドが気に入らないエア・シンヴァラーハという少年をボロボロに立ち直れなくするため。だが、それは失敗した。


「どうしたら勝てるんすかね。あの規格外に強いシンに。俺らレベルじゃ無理なんじゃないすか」


あっと思った。


男達は目を瞑る。



ドカっ。



「こういう風に戦えばいいんですよ」


ヤンは歯を食いしばりながら、男達を一人一人殴っていく。


「やめてくださいヘッド!」


ヘッドがべらぼうに強いのは皆分かっている。このまま殴られ続ければ、再起不能かもしれない。


「お怒りをおおさめください!」


男達の悲鳴がおさまると、ヤンは倒れた男の山に座っていた。



「ッチ。シンがコテンパンにやられたら、カッコよく登場してスーちゃんに良いとこ見せる予定だったのに」


一人で呟いたつもりのヤンに、


「スーちゃんて誰すか…」

と、山の中から苦しみながら声が。



「ほっとけよ」

ヤンは、山を蹴り倒した。


男達のヘッドは、シンをぶちのめしたところで、一人ヤンキーに囲まれたスーリアを助ける、白馬の王子様を気取るつもりだった。



想像以上にシンが強かったため、その計画はおジャンになったのだ。



「これからどんな風に彼女の前に現れるか、計画の練り直しだな」


ヤンはそう呟き、真っ青な冷めた空を見上げた。



___

夜の私立ガーネシア高校の一行は、スキー場隣接のホテルに宿泊する。


ホテルのホールでは高校生達がパーティーを開いていた。


「シンくーん!シンくんどこー?」

ヨシコがドスドスと音を立てて、沢山の料理の乗ったテーブルたちと少年少女の間を探し回っている。



「シンくん知らない?」

ヨシコがたどり着いたのは、ハルさんとテーブルの料理を食べているスーリアの元だ。


「ううん。知らないよ。もう寝ちゃったんじゃないかな?」


「そう」


ヨシコがシュンとした。と、思ったら鼻息を荒げてホールの中央のエレベーターに向かっていく。


「わたしは行く!シンくんの元へ!」

これはシンの部屋に突撃する気だな、とスーリアは思った。

「夜這いよー!」

やっぱり。とスーリアは思った。



「スーちゃんいいの?」

と言ったのはハルさん。


「いいのいいの。シンは別にあたしのものじゃないし。それに、ヨシコさんが行ったって、結局シンが勝つでしょ?」


苦笑するスーリアは、こんなことを思っていた。



__シンは強い。屈強そうなある種類の人たちを前にしたって、物怖じせず立ち向かって、勝ってしまう。きっと、あにさまとの長い旅の中で何度も危ない目に遭ってきて、その度に生き残ってきたんだ。あたしの知らないシンがいる。あたしの知らないあにさまがいる。



スーリアは少し人に酔い、エントランスホールの玄関口から、スキーウェアの上着を着て、外に出た。



外は、まるで散りばめられた宝石のように輝いている。


「わあ!」

思わず声が漏れた。


空には無数の星空。ホテルの庭には青白く照らされた雪景色に、キラキラのイルミネーション。



「スゲーよな」

シンの声がしたと思ったら、庭の樹氷の上にいた。


「わ!そんなとこで何してるの?危ないじゃない」


シンの体がフワッと浮き、ゆっくりと雪の地面に舞い降りる。

「星とイルミネーション見てたんだよ。綺麗だよな」



__そういえば、シンは魔法が使えるんだった。


そう思いながら、スーリアはシンの元へ歩いた。


「オレはやっぱり、自然の中がいいわ」

シンの青い瞳が光で輝いている。


__綺麗だと思う。


「けど、イルミネーションはけっこう人工的だと思うけど」


シンはずっこけた。


「余計なこと言うなよ。じゃあ、単純に外の世界が好きだって言えばいいのかよ?」

「まあいいけど」

「何がまあいいけど?まあオレもいいけど」



「風、冷たいね」

「ああ。スキーウェア着て来て良かった」

「てか、シンはてっきり部屋で寝てるのかと思ったよ。ヨシコさんが探してた」

「ヨシコが!?あいつ懲りねーな。しょうもねー奴だぜ」

「そう邪険にせず、相手してあげればいいじゃん」

「相手。オレがいつも勝つのに、分かってる勝負を何度すりゃーいいんだよ」



スーリアとシンが共にため息を吐く。



「オレが小さい頃、親や親戚と過ごした村は、こんな山ん中だった。冬はここと同じで雪が積もって銀世界になって、とっても綺麗だったぜ」


「へぇ。山に故郷があるんだ」


「うん。冬の晴れた夜は、月の出ない日なんか星が降るほど光ってた。オレは色のない世界で光に照らされて、この全ての色が見えるようになったらどんなにスゲーものを体感できるんだろうって思った」

そして、少しの間沈黙が流れる。


二人だけの光の世界で、おもむろに口を開いたのは、シン。



「歌ってくれねえ?バラードをリクエストする」

「突然何?歌?タダじゃ無理ね」

「せこい奴だな。いいじゃん。オレのために一曲頼む」

「しょうがないなぁ…」



スーリアは歌った。

愛する人に裏切られても希望を捨てない歌。



シンの青い瞳に炎が燃える。目を瞑り、両手を突き上げ、空に向かって手を合わせた。



すると、ホテルの玄関からゼロが出てきた。

歌うのを止めるスーリア。

「スーリア、シン」


無表情が少し揺らいでいるゼロ。何かを察知したらしい。


「スーリア、もう今日は歌ってはいけないよ。シンも、鍵を開けてしまってはいけない」


スーリアは何の話かと思った。


「夜に騒音なんて常識外れてんな」

と、シン。


「はあ!?あんたが歌えって言ったんでしょうが!」


ゲンコツを振り上げるスーリア。しかし思った。何かを誤魔化された?



「さぁ、戻って寝よう。明日はスキーをしてから帰るから、体力温存しないとね」


ゼロの言葉で、二人はホテルの中へと戻った。


ーーシンは何かをしようとしてたの?

スーリアの心の中の問いかけに、答える者は誰もいない。



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