銀世界に王子様。
遠ざかる声を目で追うと、シンは崩れていた体勢を綺麗に直してスイスイと器用に滑り切った。
コースの終わりで立ち止まるとこちらを向いて何か叫んでいるが、遠くなので何を言っているのか分からない。
「シンはもーホントに、残念なヤツ!性格がもーホントに」
頬を膨らませるスーリア。
「あれは多分、文句言ってるね」
指をさして苦笑するハルさん。
「お!シンは早速滑ったのか。宇喜田、追いかけようぜ」
と言いながら、スーリアとハルさんと顔を並べるのはゲイル。
ばっちり滑れる状態のゲイルの後には、これまた重装備の宇喜田くんが続いてきた。
「スーリア。大丈夫?」
「え?」
宇喜田くんの思わぬ心配に、何のことかと思うスーリア。
「宇喜田くんこそその格好、体重くない?」
ハルさんとゲイルも宇喜田くんを見る。宇喜田くんは、雪だるまほどに防寒着で肥え太っていた。
「自分は大丈夫なんだけど、スーリア、人に気をつけて」
真面目な顔をしているが。
「大丈夫じゃないでしょう!絶対体動かすのに向いてないよ、その格好」
宇喜田くんを心配するスーリアに、ゲイルは説明してくれた。
「宇喜田はさ、ある種類の人たちに見つかった時に自分を守れるようにしてるんだよ」
ある種類の人たちというのは、チンピラのことである。
「絡まれてもこんだけ着込んでおけば、体のダメージが少なくて済むだろ?」
苦笑しながらポンポンと宇喜田くんの背中を叩くゲイルに、スーリアもつられて苦笑する。
「余計そういう人たちに見つかりやすいような気がするけど」
「こいつ、極度のビビりなんだよ」
カッとなる宇喜田くん。
「自分は!自分のできる最大の防御をするまでだよ!最大の防御は、あの人たちへの最大の攻撃!」
まあまあと、宇喜田くんの上がる肩を落ち着かせるハルさん。
「宇喜田くんは神経質すぎ」
そして、耳打ちする。
「もしかしてコードネーム・ソード&シールドが来てるの?」
真剣な瞳のハルさんに、宇喜田くんは頷く。
そんな二人のやりとりに、
「ん?コードネーム?ソード?シールド?」
と、首を傾げる耳の良いスーリア。
ハルさんは笑顔で向き直った。
「ううん。何でもないのスーちゃん」
「委員長、これから俺らどうすればいいんだよ?」
クラスメイトの声を聞いて振り向くと、大勢の同級生がスキーを装着して滑る準備が万全な体勢にあった。
委員長である宇喜田くんは彼らに言う。
「困ったね。教えてくれるはずの先生がサンドラと消えたもんだから」
ゲイルは言う。
「小生の人はエメラルド・サンドラとどっか行ったのね」
クラスメイトたちは顔を見合わせ。
「小生の人、自由だな」
「まったく」
宇喜田くんは手を挙げる。
「とりあえず自分について来て。下まで降りたら先生を待とう」
宇喜田くんの元に集まった滑れる数人のクラスメイト。宇喜田くんの後に続いてチューチュートレインでコースを下って行く。
それを見送っていたスーリアは、自分もとスキーを装着する。
「スーリア」
突然だった。、シンが真後ろにいた。
「ビックリした。シン戻って来たの」
「よくも突き落としてくれたな」
その声を聞く瞬間、体が傾く。
!?
スキー板が雪の上を走り出した。
「…!」
声にならない声。
スーリアの体が初心者コースを滑り降りていく。
隣に並ぶのは、チューチュートレインの宇喜田くんたち。
「スーリア滑れるの!?」
「スゴいスピードじゃん」
スーリアは叫ぶ。
「滑れる訳ないでしょー!」
チューチュートレインを追い越し、スーリアの体はけっこうなスピードで下っていく。
__シンの野郎。あたしは初めてなのに…後で覚えてろよ!生きてたら。今はもうそれどころじゃない…
「誰か助けてー!」
悲痛な叫びに反応してくれる人がいた。
コースの麓にいた一人の黒いスキーウエアの男性が、腕を広げて待っていてくれる。
__そこに飛び込めばいいの?ええい!なるようになれ!
男性は首だけ後ろを向くと、手で後ろのギャラリーに道を作るように誘導した。
バスッ。
スーリアの体が男性に受け止められる。
少しの間、男性に抱かれながら人の避けた道を滑る。目をつぶった。
「もう大丈夫ですよ」
優しく色気があり、どこかで聞いたことがあるような懐かしい声で、目を開ける。
腰が抜けて雪の上に腰をついた。
男性はゴーグルを取る。
黒い瞳。黒い髪を後ろで束ねている。肌は黄色く。背は高く少し細身。整った顔立ちをしている。
「イケメン!」
スーリアは思わず言っていた。
Aガーデンの東北方向に位置する諸国にある伝説の武神のような、荘厳な雰囲気を持ったイケメンがいた。
「いけめん…俺が?ありがとうございます」
笑っている。見た目に反して、物腰は柔らかだ。
「立てますか?」
伸ばされた手を取る。
「あ…ありがとう」
心なのか、心臓なのか、それとも魂なのかは分からないが、ドキドキしている。初めての感覚に戸惑いつつ、再びそのイケメンを見た。
「大変でしたね。初心者コースとはいえあのスピードは危ないですよ」
「…そうですね」
爽やかな風に抱かれた気がして、自分の頬が熱におかされているのに気づく。うつむいた。
「どうしてこんな危険なめにあったんですか?」
「それは、あるバカがあたしを突き落としたからなんだけど」
一瞬忘れていた。
__あのバカにゲンコツの一つでもお見舞いしてやらなきゃ気が済まない!
「スーリア!」
シンの声。見るとハルさんと宇喜田くん達もこっちへ向かってきている。
「お連れですか?それでは」
イケメンはそう言い残し、スキーでリフトの乗降場へ去って行こうとする。
「あ、あたしまだあなたの名前聞いてない…」
スーリアはシン達とイケメンを見比べる。
「名乗るほどの者ではありませんから。今度からはお気をつけて」
イケメンは振り向きざまに手を振って滑って行った。
その姿がリフトに乗ったところで、皆が到着する。
「スーちゃんあの人は?」
ハルさんは心配そうにスーリアの肩に触れる。
「あの人、あたしを助けてくれたの。ちゃんとお礼もしてないのに行っちゃった」
スーリアを抱きしめるハルさん。
「よかったー。無事でよかった、ホント」
スーリアの視線がハルさんの腕越しにシンとぶつかる。
「シン!ちょっと、何目をそらすの?」
シンは口笛を拭きながら、我関せずといった感じの顔をしている。
「あんたサイテーだよ。人を危険に晒しといて、その態度はなんなの!?」
怒りがこみ上げてきた。
「あんたねー。世界の宝であるこのあたしを壊そうとしたなんて、無期懲役でも罰が軽いよ?謝って!」
シンの口笛を吹く横顔に、脂汗が見える。
「自意識かじょー。オレが謝る前に、お前が謝れよ。お前が先にオレを危険に晒したろ?」
「はぁー!?元はと言えばあんたのせいでしょ!」
「お前な。わかってねーな。オレは色が見えねーんだぜ?この真っ白な世界でゴーグルもつけずに滑ったら、大きな事故になる可能性だってあったんだぜ?」
「え?」
「白い服を着てるスキー客がいたとして、オレは雪の中ではそいつが見えない訳で。滑って衝突事故が起きない方がおかしいじゃん?」
__!!
考えなしだった。確かに、シンを大変な危険に晒したのだ。
「それは…その、ごめんなさい」
涙目になりつつ頭を下げるスーリアに、シンは鼻を鳴らした。
「分かればいいんだよ」
「んん」
頭を上げながらしっくりこないスーリア。
「いやいや、待ってよ。スーちゃんが謝るのも何か変だよ。シンくんはあの時余裕で、色覚異常の人が着けるゴーグルかけてたよ」
と、ハルさん。
「そうなの!?」
ハッとするスーリア。
「うわっ。上手く丸め込まれるところだった!」
「あぶねーにはあぶねーじゃん!人を突き落とすって!」
シンがあわあわ。
「同じことしたくせに何を言う!先にケンカふっかけてきたのは、シンでしょ!?」
スーリアがぎゃあぎゃあ。
グダグダになったところで、スーリアはハルさんに連れ出され、シンは宇喜田くんとゲイルと共にリフトに行った。
スーリアにとっては災難な初めてのスキー。
シンが乗って行ったリフトにハルさんと一緒に乗り込んで、初心者コースを登る。
「ハルー。どこ行ってたの?スキー教えてくんなきゃ何もできないんですけどー?」
頂上に着くとクラスの女子がハルさんを呼ぶ声が。
「はーい。今行くよー」
ハルさんは手を振りながら、スーリアを残してクラスメイトの集まりに入り込んで行った。
__これはあたしが一人で滑らなきゃってことかな。落ちたとも言えるけど、一度スキー滑れてるんだし、やってみるか。
ヒュルリ〜と風が吹く。
下を見ると恐怖でゾッとした。
__ここを一人でまた滑り降りるの?ちょっと二度目は無理かも…
「これはこれは。スーリアちゃんのおでましか」
聞き覚えのない男の声。
「実物も可愛いねえ」
「俺らが教えてあげようか?」
振り向くと、知らない男が四、五人。
その目は黒いモヤがかかって見える。スーリアの主観だが、アングラな世界で生きる人の特徴。この男達はいわゆる、ある種類の人たちだ。
「教えてあげるよ。俺たちが」
スーリアは腕を掴まれる。
「手取り足取りさ」
腰を抱かれた。
「待って!世界の歌姫であるこのあたしを知ってるのは分かるけど、やめて。今はプライベートだから、そっとしといてもらえるかな」
スーリアが抵抗すると、男達は笑い出した。
「世界の歌姫だってよ。大きく出たねー。ちょっと調子に乗ってんじゃん」
「ますます俺らが教えてあげなきゃな。身の程ってやつを」
男達に囲まれたスーリア。
不穏な空気に包まれた。身動きがとれない。叫んでもきっと、声を上げた瞬間に何かされるだろう。
__ああ、今日は災難な日。
「何々絡まれてんの?スーリア」
男達の後ろにシンの姿が。
「シン!宇喜田くん達といたんじゃないの?助けて」
驚いて涙目のスーリア。
「は?何も助ける場面じゃねーじゃん」
シンはとぼけて口笛を吹く。
スーリアは急に悲しくなってしまった。心細くて、泣き叫びたい。
「スーリア、そんじゃお知り合いの了解も得たことだし、行こうか」
男がスーリアの肩を抱く。
スーリアの目に涙が溢れそうになる。
「助け…て」
「はぁ?」
男がふざけた声を出す。
その瞬間、男の頬がものすごい勢いで歪んだ。拳が飛ぶ。
「何、てめー、俺らに何もできねーんじゃないのかよ!」
シンが男達を拳で押していた。
「楽しそうだからオレも混ぜろよ。スーリアにケンカふっかけたんだろ?オレとヤリ合った方が楽しいぜ?」
シンは笑顔で数人の男達を倒していく。男の一人は、殴られて青くなった口でもっともなことを言う。
「スーリアにケンカなんてふっかけてねー」
倒れた男達は起き上がり、
「こいつ、目にもの見せてやる!」
次々にシンに覆いかぶさっていく。だが、多勢に無勢でも、シンは一人余裕で立っていた。
「ちっくっしょう!」
途端に尻を向ける男達。
「こいつ強い。ずらかれ!」
たちまち去っていく男達だった。
「よえーくせにケンカ売ってくんなよ」
シンは仁王立ちでため息を吐いた。
「いや、ケンカ売られてないからね。あたし」
呆然と立ち尽くすスーリアが、ボソッと言った。
「そうなのか?あいつら敵意の塊だったじゃねーか」
振り向いたシンは、傷ひとつない顔で笑う。
「…強いんだね、シン」
フッと気が抜け、よろけるスーリア。
「おっと」
シンの腕に抱かれる。
「お前は弱いんだな。案外と」
シンは笑っている。
「笑うな!怖かったんだからねホントに!」
シンの顔にゲンコツがお見舞いされる。
「いってぇ!助けてやったのに何だよ」
「もう、ホントにホントに怖かった!」
「分かった分かった。もう大丈夫だから、殴るのはやめなさい」
二人はしばらく夫婦漫才を繰り広げていた。
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