No.FOUR 心の扉。

あのね



あたしの


心の扉をノックしたのは



実はあなたが


初めてなの




別に

信じてくれなくてもいいけど



やっとあたしは


あなたによって



解き放たれたんだわ




雑誌アップル&シナモンは増刷に増刷を重ねる。



ガーネシアは街中、スーリアとシンのツーショットで溢れている。


「シンとスーリア、なんかお似合いだね」

「見た目の色的には違う感じだけど、雑誌の対話じゃあ気の合うカップルって感じだし」



「でも、いいのかな?スーリアは国の被験体。本来なら、ただのお人形さんでいるべきなんじゃないの」




私立ガーネシア高校は、今日も賑わいを見せている。


「スーちゃん!」

駆け寄ってきたのはハルさん。

「おはよう」

微笑むスーリアに、ハルさんは真剣な顔をして肩に手を置いてきた。

「いいの!?」

「は?」

「いいのマジで!シンくんで!」


ハルさんも話題のカップル、スーリアとシンには思うところがあるらしい。


「あー、あのね。マジで付き合ってるわけじゃないから。偽装カップルだから」

「!」


ハルさんは、ピンときて少し遠くの席のシンに聞こえるように言う。


「ふーん。スーちゃんはシンくんのこと別に好きじゃないんだあ。不本意だけどシンくんに付き合ってる訳ね。なるほどー」



シンの視線がこちらを向く。

「ああ?」

睨んでいる。


すかさずシンの近くのゲイルが言う。

「ま、あの夜にパパラッチされた延長線で、ビジネスカップルやってんだとは思うけど」


宇喜田くんも混じってきた。

「自分もアップル&シナモン見たけど、コスプレするんならスーリアには、美少女ガーディアン・サンサンのコスチュームを着て欲しかったな」



「何それ、新作アニメの主人公?」

「違うよ。シューティングゲームの登場人物だよ」

「へー、あれシューティングゲームだったんだ。アニメもあったと思うけど」

「登場人物っていうか、人の姿をした人外のモノだった気がする」

「人物じゃない訳ね。サンサンは」

「いや、それ突っ込まなくてもいいでしょ」


クラス中が沸き立っている。

朝の気だるい時間にエナジードリンクを入れたように活気が出てきた。



そこで、スッと入ってきたエメラルド・サンドラ。

「皆、今日も小学生みたいね。もうすぐ先生が来る。席に着けば」


クラス中が、一気に緊張感のある空気に変わる。ガタガタと席につく生徒達。


静かな教室にドアの開く音が響く。


「おはよう、皆。今日は珍しく雪が降ってるね」


ゼロは、そう言いながらガラス窓の外を眺め、エメラルド・サンドラを見た。


「エメラルドさん。今朝は雪道で転びそうになった小生を助けてくれてありがとう」


朝の登校時間、ばったり会ったゼロとエメラルド・サンドラ。


ゼロは、昨夜からうっすらと積もった雪が凍りツルツルした路面で、足を滑らせる。

それを彼女は腕を掴んで転けるのを防いだのだ。



モスグリーンの髪の毛から覗く頬が、ぽっと染まるエメラルド・サンドラ。


クラスメイト達は驚いた。

いつもクールなエメラルド・サンドラが、小娘のように照れているのだ。


「いえ。Aガーデンに雪が降るのも積もるのも珍しいので、皆油断しがちですが、お気をつけください」


彼女は声こそ冷静だったが、クラスに大々的に、自分の小規模な人助けを披露されてしまって、戸惑っている。


「エメラルドさんは優しいね。皆も凍った道には気をつけよう」


無表情で褒めるゼロの見つめる先で、エメラルド・サンドラは、組んだ腕の中に顔を隠してしまった。

果たして、本当に照れているだけなのだろうか。



ホームルームを済ませると、ゼロはクラスメイト達に授業の準備に取り掛かるように言う。

「次の授業は、教室移動するよ」


文具やテキストを手に席を立とうとするスーリアに、視線を送るゼロ。

「なぁに?あにさま」

スーリアが気づくと、ゼロはハッとして。

「そうだ。スーリア、君に話しておかなきゃいけないことがあるんだ。お昼休みに屋上庭園で会えるかな?」

「うん。いいけど」



__不思議。教師が個人的に生徒と会う約束をするなんて。それに、今日は雪なのに、屋上庭園で会うんだ。


お昼休み。


まだ雪の止まないガーネシア。校舎の屋上庭園は、雪に白く染まっていた。

ハアっと息を吐くと、凍てついた空気が白く滲む。


__こんな冷えた所で、あにさまはいったいどんな話があるのかな。


視線に入ってきたのは、屋上入り口を開けるゼロの姿。

「あにさま!」


ゼロは近づいてくると、自分の真っ黒なコートの中にスーリアを包んだ。

「寒くない?」

「ううん。あったかいよ」

スーリアは、嬉しくて笑顔になった。


「スーリア。今から言う話で、君を傷つけるかもしれない。でも、君は小生の大切な女性だから、君に告げるよ」


ゼロの吐息が暖かくて、包む腕も、胸も広くて、温もりを感じる。スーリアは感じていた。こんなに幸せな瞬間は、幼い頃以来だと。


「なぁに?改まっちゃって、あにさま」


ゼロが微笑んだ気がした。


「小生は、春の終わりまでには、君の前から居なくなるよ」


急に体が強張るのを感じる。

これは、ゼロではなく、スーリア自身の感覚だ。


「というか、小生は、やっとこの世界自体からさよならするんだ」


スーリアは、自分の体にスゥっと冷水が流れ込むような感覚に襲われたが、声を振り絞る。


「あにさま、冗談言わないで。あにさまはこの世界から居なくなったりしない!」


「ううん。やっと、小生は願った死を迎えることができるんだ」


「そんなの嘘。あにさまは、ずっと死なないもの。生まれた時にかけられた呪いで、この世界が終わるまで死ねないんだもの。スーが死ぬまで一緒に居るんだもの!」


体が冷たい風に触れるのを感じる。

ゼロは、スーリアの体を離した。

「ごめんね。スーリア」


ゼロは、スーリアの頭を撫でると屋上庭園を去って行った。


幼い頃がフラッシュバックする。

別れの日、また会えるまで出会えなくなる別れの日、幼いスーリアの頭を、ゼロは撫でた。


いつまでも同じ所には止まれないというように。


雪の中で取り残されたスーリアは、一人涙した。

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