デートの終わりは突然に。



「あーもー分かったから。あんたがあにさまマニアだってことは」

「ちっげーよ!オレがゼロマニアだってことが言いてーんじゃなくて。ゼロは魔法を使う基礎体力が半端なく無尽蔵にあって、普通の人間にはできねーことを簡単にやってのけることができるってことが言いてーんであって…」

「はいはい。結局あんたはあにさまが大好きと。ゼロマニアで、ゼロオタクで、本当にルドラ・シヴァ・ゼロが大好き。そーいうことね」

スーリアの、呆れたと言いたげなため息混じりの言葉に、シンはふと神妙な表情になって黙り込んだ。

「大好き」

それは、シンのゼロへの思いとは違っていた。

ゼロとシン以外の人間が彼ら二人を見たなら、仲の良い兄弟とか親子とか、ともすれば師匠と弟子とか、そういう関係に見えるのだろう。しかし、彼ら二人には、彼ら二人にしか分からない関係性があるのだ。兄弟や親子や師弟関係とは言えない二人にしかない関係。

そもそも、シン自身は、ゼロとの関係をただ単に生やさしい、そういった関係にあるとは思っていないのである。

「何、黙り込んじゃって。図星突かれて言葉もなくしちゃった?」

意地悪にシンの顔を覗き込むスーリアだったが、シンの青い瞳の中に有り得ない紅い焔が見えた気がした。

驚いて、顔を反らす。しかし、反らした顔を戻し、視線をシンに再び向けると、そこにはいつもの変わらないシンがいて。

ムシャムシャとサンドウィッチとおにぎりを同時に口に頬張っている。

「スーリアも食えば?ほい、サンドウィッチと紅茶」

何の気なしにシンから手渡される袋。スーリアは、サンドウィッチと紅茶を受け取った。


スーリアは聞いてみたくなった。

「ねぇ、あにさまとどんな所に旅に行ってたの?どうして、二人で旅をしてたの?」

スーリアの問いかけに、シンは、サンドウィッチとおにぎりを目一杯頬張った口で答えた。

「ほへほへろはほほんほはんはんふ…」

「ちょっと待った!食べ物はよく噛んで飲み込んでから喋ってよ」

シンは飲み込む。ゴクンっ。

「オレとゼロはほとんど、山間部や孤島の村とか過疎化の進んだ地域や、都会だとしても国交断然の国家のスラムとか、発展途上国とかを旅してたぜ」

「あんたにしちゃ、ずいぶん難しい言葉知ってるじゃん。国交断然とか発展途上国とか」

「いいだろそれは!オレがアホみたいに言いやがって。都会と過疎化の進んだ地域の貧困格差や、未だ紛争の絶えない国交断然の国家や発展途上国の問題は、この世界の早急の問題なんだから知っててトーゼンだぜ」

「まあ、そーなんだけど。じゃあ、何でそういう場所ばかり旅してたの?」

「それはな。ゼロの慈善事業の一環じゃねーの。そーいう地域の一番弱い立場の人間って、子供だろ?その子供たちに夢を与えるっつーか。お前、知らんかな?ゼロは紙芝居屋のにーちゃんやってんだよ。子供に紙芝居見せて、駄賃とか言って菓子を配んだよ」

「ほう。それにシンもついて行ってるってことね」

「まーな。お前、聞いたことない?昔々、あるところに、千年の時を生きた一人の青年がおりましたーで、始まる紙芝居」

「あ!聞いたことある!青年は死を求めて、神様から渡された小瓶を手に…」

「「乙女の涙を集める旅に出ました!!」」

スーリアとシンの二人は、ハモった。

「だろ?」

と、得意げなシン。

「あんたもあにさまから聞かされてたんだ!乙女のティアドロップを集める話」

スーリアは嬉しくなった。

「そーだぜ。子供に読み聞かせる紙芝居を、オレも見てたからな。千年の時を生きた青年は、神に、命を終わりにしてくれって頼み込むほどの死にたがり。だけど死ぬためには、この世界を終わりに導くしかないんだよな。なかなか世界を終わらせられない青年は、他に死ぬ方法がないかって神に頼むと…」

「その先知ってる!ドロップスを集めて、青年が自身を迎える黄泉を作りだす方法を提案されるんでしょ?」

「そう。オレは、その青年…つーか、ゼロが死ぬためのドロップスを集める旅に付き合って、旅してたってワケ」

「へー。あたしも青年の話は、小さい頃に、あにさまから紙芝居で読み聞かせられてたの。懐かしいな」

「ほう。じゃー、アリアンロットとかドロシーとかルンとか夏代とかの話も知ってるってワケ?」

「え?え?何ソレ。アリアンロット?ドロシー?え?」

「ふーん。知らねーの?ゼロが集めたドロップスの主たちの話」

自慢気なシンの言葉に、なんだかむくれてきたスーリア。

「覚えてない!あにさまが関わった女性の話なんて!」

「ほー」

シンは、むくれて膨らんだスーリアの頬をつついた。

「ブッ」

スーリアの口から空気が抜けると、シンが笑い出す。

「おまっブッって!口からへーこきやがった!」

スーリアは慌てた。

「へって何よ!何うら若き乙女に言ってんの!へじゃないよ!」

スーリアは怒った勢いで、シンのサンドウィッチに手を出す。

「てかあんたもねー、あんたも、ガキ臭い変なヤツだよ。あんたが旅してたのは、要は、世界の辺境の地域ってことでしょ。どーりであんた田舎臭いわけだ!あーあ、ほんと、見た目がイケメンでも、中身が泥臭くちゃーもー…」

シンの視線が、スーリアの口へと運ばれていくサンドウィッチに。

「田舎臭い!?こんな都会的で洗練されたオレがか!てか、何しよーとしてるお前!それはオレの…」

スーリアが大口開いてサンドウィッチを入れ込む。

「あーー」

シンが頭を抱える。

スーリアは、モグモグごっくんとサンドウィッチを飲み込んだ。

「そんなに食べたかったの?サンドウィッチ」

得意気なスーリア。

シンは、シュンっとしている。

「それは楽しみにしてたカレーナン風のサンドウィッチ…」

そしてキレた。

「オレのサンドウィッチに使った金返せ!」

「イヤだよ」

笑うスーリア。

――こんなに楽しいのって初めて!都会の夜景に、満天の星空。美味しいコンビニ飯に、隣りには、同級生の変な男子。高校生になってから、こんな風に同級生の男子とこんなに砕けて話したのって、本当に初めてかも。てか、人生で初めて、なのかも。いつも、お決まりの監視カメラ付きの部屋に、お決まりの学校生活に、お決まりの歌とダンスのレッスン。世界のオモチャであるあたしの使命である、お決まりのスタジオでのライブ。いつも鉄格子付きの日常にいたあたしも、こんな風に普通に…あ!


バシャシャシャッ。

考え込むスーリアを余所に、シンは公園の雰囲気が変わったのを本能みたいなので感じる。

二人しかいないはずの公園に、他の人の気配。カメラのシャッターのような物音がした。他の人間は、こちらに気づかれまいと気配を消している様子。ヤバい人間が近くにいるのかもしれない。

しかしスーリアは、シンが神経を研ぎ澄ましだしたのを知らずに話続ける。

「あのさ、シン。あにさまが一緒に旅してたのはシンだけなの?旅の中では色んな出会いがあったでしょう?なら、他に旅の友がいてもいいんじゃない?」

「あ?ゼロは、基本的に一人が好きなヤツなんだぜ?オレが側にいさせられたのは例外中の例外っつーか。つーかさ、スーリア。ちょっと黙れや」

「黙れって!何その態度。まだ核心は聞いてないんだからね。あんた、何であにさまの側にいたの?あんたみたいな心がちびーヤツが、何で、心が宇宙規模で広いあにさまの側にいられたの?」

「チッ。少し感覚が変化すんぞ。無駄口叩いてないで、黙ってろ」

「な!どーいうこと?」

と、スーリアが喋るか喋らないかのうちに、シンは指をパチンと鳴らした。

シンとスーリアの体は、水中にズボンッと潜り込んだかのような感覚に包まれた。

「目、閉じてないとチカチカすんぞ」

シンが言うと、七色の強い光が目の前に迫る。すると、途端に、公園に来る前の、暗闇と無数の星の銀河の空間に視界が切り替わる。

スーリアは、無数の光がつくる高速の風にアワアワしながら聞いた。

「シン。突然どうしたの?」

シンはスーリアの手を掴んでいる。

テレビ画面が無数に並んでいるかのような目前の空間を、あっちこっち指差して、場所を唱えている。

「私立ガーネシア高校…高校前コンビニ…ガーネシア駅…駅前公園…ガーネシア病院…オレの住んでるとこ…」

「シン!」

スーリアの言葉に、シンは再び舌打ちした。

「スーリア。ヤベーことになったかもしんねー。実は、ついさっきのことなんだけど、公園で誰かに写真撮られてたんだわ」

「は?マジで!?ヤバい。スーパースターのあたしの超話題のゴシップになっちゃうじゃん!てか、何であんたそんなこと分かんの?」

「そんなこと今はどーでも…」

と、シンは銀河の空間を見回し、スーリアと自分の二人しかいないことを確かめる。

「まー、ここのが安全だし、話せるわな。あのな、オレ、カメラのシャッター音聞いたんだよ。視界系魔法の追尾機能で、音の元を見たらカメラ片手にパソコン画面に写真上げてた奴がいた」

「マジで?視界系魔法だの追尾機能だの、よく分かんないけど。あんなとこにもあたしのファンが駆けつけてたの?やっばーい!」

こころなしか嬉しそうなスーリアに、シンは呆れた。

「お前のファンじゃなくてオレのファンかもしれんじゃん。てか、お前アホだな。自分でスーパースターとか言うなら、こーゆーこと気をつけろよ」

「何言ってんの。あんたも同罪のくせに」

「同罪な。でも、オレは気をつけてたぜ。アホのお前は気づかなかったかもだけど、コンビニで一人、二人タブレット端末で、オレらの写真撮ってた奴らがいた。まさか、星と夜景の見える場所まで分かるとは思ってはなかったんだけどな」

「え?あの公園、そんな穴場だったの?」

「うん…まあ。オレがガーネシア中探してやっと見つけた星と夜景が同時に見える場所なんだけど…」

「あんた、ロマンチストだね。探し歩くほどあんな素敵な場所求めてたんだ」

「まー、いつか誰かと、色んな色見て話したいなって思ってたし。てか、それはほっとけよ!」

そして、シンはテレビ画面たちを何度も何度もクルクルと指差した。

「帰りてーと思うのに、どこ行っても怪しい奴しかいねー。駅前なんか、ネットのSMS見てる奴らばっかで信用ならねーし。オレの住んでるとこ…高校の校舎東出入り口…コンビニ裏手まで人がいやがる!どーゆーこった!」

スーリアも、シンの指差す画面を覗き込む。どこも人でごった返している。

「もう、ネットであたしとシンの写真が出回ってるのかもね」

「お前…ずいぶん余裕じゃん?」

「ん?そう?」

――夜景と星と…シンで、なんだか非日常にいて忘れてたけど、そう言えばあたしは、鉄格子付きの日常にいたんだっけ。多数の監視の目の中に。


スーリアは、生まれた時から世界のオモチャだった。

世界で一番美しい女神の遺伝子を持った子供が生まれると、試験管から産み出された時からマスコミやネットの標的だった。年端もいかない幼き頃も好奇の目にさらされ続けて、歌とダンスを習い始め、学校に通い出してからも、多数の視線の中で生きてきた。

だから、あることないこと騒がれることには慣れているし、スーリア自身としてはそれに飽きてきた部分もある。

最近のスーリアについては、ネットも週刊誌も、笑えてしまうような有り得ないネタばかりを披露していて、今度のシンとのことも、世間の人に本気にはされないと思うから、余裕も余裕なのだ。

スーリアは、別のことが気になる。

「てか、シンさぁ。さっきの質問に答えてないよ。あんたがあにさまと一緒にいる理由って?」

真剣な瞳で、シンはスーリアを見つめた。

「お前、この状況でよゆーぶっこいてんじゃねーよ。そんなことより、今はとりあえず自分家帰って明日の騒ぎの対策、自分で考えろよ」

スーリアは、気づいた。

シンは、このことについて話したくないと思っているのではないか。

「誤魔化さないで。あたしはあにさまのことは全部知りたいの」

シンは、画面を動かしだす。

「へー。ハイハイ。じゃー、とりあえず、今すぐお前の住んでるとこ教えろ」

「だから!あたしの知りたいことに答えるのが先!」

シンは、再びスーリアを見つめた。ハアっとため息を吐く。

「…オレは、好きでゼロと一緒にいるわけじゃねーんだ。あいつを殺すために一緒にいんだよ。分かったら、早く住所教えろ」

「殺す!?ちょっと待って。それどういうこと?」

「もう答えてらんねーよ。明日が近い」

せわしなく動くシンの視線と指。画面の中の帰れる場所を探しているようだ。

スーリアは、もう今日のところはシンは答えてくれないだろうと思った。

「…ウエノのベバリービルズ」

「高層マンションじゃん。フロアと号室は?」

「最上階。1号室」

「OK。お前の部屋ん中にお前放り込むから、コレで別れようぜ。ウエノのベバリービルズ、最上階1号室」

シンがそう唱えると、一つの画面がベバリービルズを映し出した。画面がシンの指先に引き寄せられるように来る。そして、最上階の1号室。スーリアの部屋を映し出している。

スーリアの瞳が、自分をとらえているのに気づいたシンは、言う。

「お前、勘違いすんなよ。オレは、ゼロのこと大好きなんかじゃねーんだ。お前と違ってな。あいつ、オレの故郷、跡形もなくぶっ壊してくれたし、オレの両親殺してくれたし」

「!?」

「驚くことじゃねーよ。あいつはお前も知っての通り、大昔の伝説の破壊神なんだぜ。破壊や殺すことに躊躇なんてしねーよ。てか、このままじゃお前、眠る時間ねーぞ。じゃーな」

そう言ってシンは、スーリアの体を画面のベバリービルズ最上階1号室の中に押し出した。

スーリアは、シンをその瞳に写したまま、自分の部屋の中に倒れこむ。

シンは、あっと何か思いついて、最後に、

「そーだ!お前さ、ゼロのこと知りたいとか言ってたけど、結局のところ、オレのこと知りてーんじゃねーの?やー、やっぱオレも罪な男だぜ」

そんな言葉を残して姿を消した。

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