歌姫の実態。

 今を生きる人間ならばその歌姫のことを知らない者はいない。


 わがままで

 威張っていて

 完璧な肢体と

 セクシーな流し目で

 人を惑わし

 子どものような無邪気な仕草で

 惹きつける

 胸が締め付けられるような切ない恋心と

 孤独とを唄う

 唯一無二の

 みんなの歌姫

 あのコは誰?

 みんなが気になってる

 その少女

 世界を魅了し

 熱狂に引き込む

 誰も触れることのできない

 灼熱の太陽

 スーリア


 空には一つの太陽と二つの月が輝く。

 その太陽と月の下、空中をエンジンのないバイクや車が飛び交い右往左往する。

 この街には数々の摩天楼が建ち並び、コンクリートが世界を彩る。ここは近未来の都市。

 無数のビルの中、一際目立つ摩天楼がある。星にも届きそうな高さの超高層タワー。この街のシンボルだ。

 その展望スペースはエンターテイメントの最高峰の場所。

 テレビの歌番組“ロックオン”の公開収録が行われている。その舞台で舞い踊るのは、今をときめく世界的歌姫、スーリア。

 ポールを弄ぶようにクルクルと体を自由自在に動かし、よく通る、噂では人を癒やす周波数を持つという美しい高音の声で歌う。


 あたしはいつも正しい道を歩いてる

 あなたはあたしについてこれる?

 これはゼロかイチのゲーム

 なにが正しいのかはあたしが決めるの

 あなたを失うかあなたを得るか

 ゼロかイチ

 ONE

 あたしが選ぶのは

 いつも

 ONE


 …世界の電気街では薄型テレビの画面を彼女が独占している。

 キャッチコピーは、みんなのオモチャ。みんなの歌姫。

 彼女の一挙一動は、世界を動かす。

 そして、逆に言えば、彼女は世界の人々の物も同然だ。


 彼女は歌い終わると周囲に輝くような笑顔を振りまき、舞台を降りた。

「何、今日の客。ノリが悪すぎない?」

 マネージャーらしき人物が手渡した清涼飲料水を飲み干すと彼女は言った。

「あたしのコンディションはねー、客のノリに左右されんの。そこんとこわかってよ」

「すみませんスーリア。今度からディレクターにそのように伝えておきますので」

 マネージャーが頭を下げると、スーリアは彼の背中をドンっと叩いた。

「よろしくね」

 舞台から降りたスーリアは大柄な態度で周囲を振り回す。

 そして、スーリアが怒るのが怖いので誰も指摘しないが、舞台を降りた瞬間から意識してかしないでか…多分無意識だと思うが、スーリアの足の先が外側に向くのだ。

 つまりは、スーリアはがに股なのだ。

「ぷっ…」

 そこにスーリアの怒号も恐れない人物がやってきた。世界的歌姫の実態ががに股少女だという事実。

「ぷって何よディレクター!」

 すかさずイラっとするスーリア。ヘッドフォンマイクを耳にかけ、テレビ番組“ロックオン”のディレクターがやってきた。

「なんでもないよスーリア。今日も最高に美しかったよ。お疲れ」

 それだけ言うと涼しい顔して去っていくディレクター。

「何よーくえない奴」

 むくれるスーリア。

「まあまあスーリア」

 スーリアをなだめながら、マネージャーは心の中で笑顔だった。

 誰もがに股のスーリアを笑えないのだが、ディレクターだけは少し違った。

 スーリアのご機嫌が場の空気を左右する重大問題なのだが、ディレクターの勇気というか怖いもの知らずには小気味よいのだろう。

 サングラスに毛皮のコート姿で摩天楼を降りて、正面玄関から出てきたスーリア。出待ちのファン達の人の波をかき分け乗り込むのはハイヤー。

「ウエノのベバリービルズまで行って」

 サングラスを下ろして言うスーリア。

「かしこまりました」

 運転手はニコニコしながら言うと車を発進させた。

「いや~天下の大歌姫スーリアちゃんを乗せることが出きるなんて光栄ですなぁ。スーリアちゃんでも彼氏とかいるんですか?いや~よりどりみどりでしょうあなたならいや~…」

 こうなると運転手の話は長い。有名な芸能人と話せると思うと人はみな饒舌になるものなのだろうか。好奇心の中に鋭い刃を覗かせて。

 ――いったい何を知りたいの?

 こんな時いつも思うこと。

 ――知ってしまったらあたしを傷つけるんでしょう?

 今までハイヤーに乗って色んなことがあった。

 身の代金目当てに誘拐を企んだ奴ら。

 マスコミに売るために交友関係を聞きだそうとする奴ら。

 そんな人間達を見尽くしてきたスーリア。

 ──そのたびにいつも、自分のバックについている大きな力に守られてきたけど、もうウンザリだ──


「ありがとう運転手さん。今日乗っけてくれたお礼にサインあげる」

 さらさらと名刺の裏にサインを書き、無表情でニコニコする運転手に渡した。

「わぁ!感激だな。スーリアちゃんのサインもらえるなんて。また俺んとこ乗ってね」

 今日の運転手はまだいい方だ。人畜無害そうだし。気分がいいからサインをあげた。

 ──どうせネットオークションで売りさばくんだろうけど──


 ハイヤーを降りたスーリアは、そして自分のマンションへと入って行った。

 自分のためだけに用意された最高級マンション。

 その一室。

 部屋には目立たないように隠しカメラが数十台置かれており、24時間スーリアを監視している。

 というか、鑑賞しているのだ。

 カメラはネットにつながっていて24時間いつでもスーリアの部屋の様子を誰が何の目的でも、観ることができるのだ。

 これはスーリアが幼い頃からの変わらないことで。スーリアはこうして24時間休むことなくエンターテイナーとして働き続けているのである。こんな非人道的なことでも彼女に関したら世間は許してしまう。

 この映像で誰が何を観たいと思っているのか。

 何も身につけない裸のスーリア。舞台の上では見れない秘密のスーリア。

 いかがわしいことを考えている者たち。

 これが悲しいことだとは、今まで気づかなかった。

 どこかでおかしいことだと警告音がなってはいた。

 24時間プライベートがない。

 でもそれは自分が世界の歌姫に生まれた宿命なのだ。

 観ている者たちの期待に反して、スーリアはカワイイ水玉柄のパジャマになるべく肌を露出しないようにうまく着替えると、ベッドに寝ころんでまぶたを閉じた。

 明日からは新しい学校に転入して新しい生活がはじまる。



 門には大胆に太陽をイメージしたオブジェがそびえ建つ、前衛的な作りの高等学校。

 芸能活動をするスーパースターやスポーツの有名人などが通う学校だ。

 スーリアは、パリっとした新品の制服に身を包み、

「っっシャア!」

 となぜだかガッツポーズで気合いを入れると二学年のクラスのドアを開けた。

 ──今度はうまくやってみせる──

 前の学校ではうまく渡り合えなかったけど、今度こそは世渡り上手になるのだと自分に言い聞かせた。目前に同じ年齢の少年少女たちがこちらを見ている。

「バスト88ウエスト56ヒップ85、身長167、歌手をやっているスーリアです。仲良くしてください」

 よし!

 ここでドッとクラスの少年少女共が沸き立つはず。

 ──何せ超有名人、世界的歌姫スーリアちゃんの登場なんですからね!

 と、思ったが、次の瞬間、あーやっちまった…と思った。

 シンとした教室。やがて、ひそひそと聞こえだす話し声。

「…何スリーサイズ言ってんだか…」

「バカじゃねーの」

「世界的歌姫なんて売り出してるから調子に乗ってるんでしょ」

 ボッと顔に火がついたように赤くなるスーリア。

 そうだ。

 ここは芸能人や有名人のたまり場。現にナンバーワン歌姫であるスーリアをライバル視して、こころよく思わない人間が沢山いるはずなのだ。

 否、そうでなくても、あの自己紹介と態度は失敗だった。初っぱなからやっちまったのだ。

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