スーリア〜winter〜

久保田愉也

No.ONE あにさまへの手紙。

 親愛なる

 兄さまへ


 元気でいる?

 あにさまは今日もドロップスを集める旅の途中ですか?

 あにさまはジゴロ性分だから女の子口説いて回ってさ、

 優しいあにさまが誰かにボロボロに傷つけられたらって思うとスーは心配だよ。

 スーの方は、相変わらず。

 いつスーの所に戻ってくるの?

 スーはもう待ちくたびれちゃったよ。

 昔、言ってくれたよね。

 スーがあにさまの最後のお嫁さんだって。

 待ってるから。

 あにさまがこんな寂しい場所からスーを連れ去ってくれること。


 世界最高峰を誇るチョモランマの山のふもと。緑の草原で旅の一人の青年が骨休めをしていた。

 青年の手元には、「兄様へ」と書かれた手紙が開いていた。

「その手紙は?」

 三つ編みをしたチョモランマのふもとに古くから伝わる民族衣装に身を包んだ乙女が、草原に咲いていた花を摘み、花束にして抱え青年のもとに駆け寄ってきて、手紙の中身を覗き込んだ。青年は穏やかな表情で乙女に微笑んだ。

「小生のちいさな妹からだよ。ここのところ頻繁にこれをよこすのさ。よっぽど小生に会いたいらしい」

「そう。わたし、妬けちゃうな。ルドラの神さまは旅をしながらみんなに愛されてる。そんなお方から妹と呼ばれるなんて」

「ルドラの神さま…か。久しぶりにその名で呼ばれたな」

「ここではみな、あなたを神と呼ぶわ。伝説にある、かつての世界を滅ぼした畏れの神だもの。ルドラ・シヴァ・ゼロ」

 乙女は青年のとなりに座り込み、花束から何かを編み始めた。そんな乙女を見つめながら、青年はつぶやく。

「君は、小生を恐ろしいと思う?」

「いいえ。今のあなたはとても穏やかだし。それに、過去のあなたが世界中を敵にまわさなければならなかったのに理由があること。わたし、知ってるもの」

「ああ、ここには旧世界の伝説が今に息づいているんだね」

 青年は意図せずにやってきた眠気に安らかに目を閉じた。

「起きて。ルドラの神さま。せっかくわたしが独り占めできる一瞬なのに」

 青年が閉じた目を開けるとそこには、乙女のイタズラっぽい微笑みと、花輪があった。


 わたしからあなたへのプレゼント。

 あなたのために今日は涙を捧げます。

 優しく繊細なあなた。

 わたしは祈るわ。

 いつかあなたが望む幸せを得ることを。

 この花輪をあなたの王冠にしてください。

 いつか迎えるであろうあなたの死出の旅を彩って。

 今日はあなたのために祈ります。


 乙女は唄い、眩しそうに目尻を下げる青年に花輪を被せた。

 そして乙女の瞳からは一筋の雫が流れる。

 その雫を青年は手のひらで受け止めた。

 すると、青年の手のひらから七色に輝く光りが現れた。

 その光りの中からは、古ぼけた小さな壺が出現したではないか。

 壺は乙女の涙をのみ込むと、役目を果たしたかのように七色の光りと共に青年の手のひらへと姿を消した。

「ありがとう。小生の死を祈ってくれて」

 青年は呟き、乙女の頭をそっと撫でると、もうここには居られないというように乙女の元を去っていった。

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