第13話 力になるから

「よし、じゃあ・・・いくぞっ!!」

 そう言ってミコト様は敵に向かって駆けた。

 俺はある程度の距離から相手の隙を伺う。

 妖はミコト様を引きつけ、近づいてきたところに鋭い蹴りを放つ。

 しかし、ミコト様はそれを難なくするりと躱した。

 それを区切りに、ミコト様と妖の激しい応酬が始まった。

 あくまでミコト様は一瞬の隙を作ることに集中しているため、受け一方の戦いになっている。

 一方、妖はミコト様の考えを分かっているため、攻めて、攻めて、攻めまくる。

 とにかく攻撃のスピードが速い。パンチ、キック、上段蹴り・・・息つく暇もないほどの攻勢だ。隙を作らせまいとしているのだろう。

 あくまで短期決着を狙っているようだ。

 でも、ミコト様はそれを全て冷静に躱し、いなし、受け流していく。

 やっぱり、すごい。純粋にすごいや。

 俺はこんなにズタボロにされたってのに。

 見ていると自分がどれだけまだまだ未熟者か、嫌という程伝わってくる。

 妖の顔が、余裕から苛立ちへと変わっていくのに、それほど時間はかからなかった。

 苛立ちからか、動きが少し荒くなる。

 それをミコト様が見逃す訳がなかった。

 かなり大振りで放たれたパンチを交わすと、相手の足元を払い、バランスを崩す。

「今だ! 行けっ!!」

 ミコト様が叫んだのを聞いて、俺は飛び出した。

 妖から向かって左方向90度の位置から様子を伺っていたので、ちょうど相手の左脇に向かって飛び込んでいくような構図になる。

 ぐっと、相手に向かって我流で突進していく構えをとった。

 妖は、おそらく俺がタックルをしてくると思ったのだろう。

 崩れた体勢ながらも、思い切り俺の眼前に手刀を放ってきた。

 –––––ド単純にタックルなんざする訳ないだろうが。

 手刀を躱し、流れで背後に回り込む。よし、相手の背中はガラ空きだ。

 そして後ろから、思い切り羽交い締めにした。

 妖は暴れる。力が強いためかなり苦労するが、絶対に離さない。

 ミコト様は暴れる妖の額にとん、と人差し指を軽く叩きつけた。

 その瞬間、妖の動きがピタリと止まる。

「は?なん、で、動かない、の?」

 妖は訳が分からないと言った表情を浮かべる。

「『金縛』だよ。ま、暫くは動けねぇだろうさ。」

 そんなの使えたんですねミコト様。すげぇなオイ。

「で、どうするの? いくら私の動きを止めたところで、この娘の闇を払わない限り、私はずっとここに居続けるんだよ?」

 妖は挑発的な笑いをミコト様に向かって浮かべる。

 そうだ、その通りなのだ。

 いくら無力化しても、千歳さんの心の闇が晴れない限り、この妖を追い出すことは出来ない。

 そこらへんはどうすんだよ、ミコト様?

「大丈夫だ。おい羅一、彼女を表に連れ出すんだ。説得するぞ。」

「ちょっと待てや俺にそんなことできんのか?」

 さらっと言うけどさ。

 そんな簡単なことじゃないだろそれ。やり方わかんねんだけど。

 ミコト様、初めての時もそうだったけど、やり方教える過程をよく省くよな。

 しっかりそこは説明してもらわないと困るんだけどな。

「できるさ。お前の光を彼女の心の中に送るイメージだ。そうすれば、その光を辿って彼女は来てくれる。大丈夫だ。彼女に対するお前の気持ちが強ければ、こいつの妖気に負けることはねーよ。」

 要するに、心の持ち方次第ってことっすか。

「わかった。やってやる!」

 俺は眩く、光を照らす。

 千歳さんの心に、光を送るイメージ––––!!

 この光よ、千歳さんに届け!

 –––大麦君–––

 不意に、どこからか、声が聞こえた。

 この声の雰囲気、間違いない、千歳さんだ。

 届いてる、届いてるんだ!

「っ!?くっ、そおぉお!」

 妖は、千歳さんを表に出させまいと抵抗してくる。

 妖気が濃くなる。一瞬、自分の心が、周囲が、黒く染まるような気がする。

 自分まで、飲まれてしまいそうになる。

 でも、だからって––––!

「負けて、たまるかっ!!」

 更に、眩しい光が出た。

 光が、徐々に妖気を押しのけていく。飲み込んでいく。

 頼む!来てくれ!千歳さん!

「大麦、君––––」

「千歳さん!」

 後ろにいるので、表情はよくわからない。でも、少し悲しそうな声だった。

「心の底で、全部見てた。ごめんね。自分勝手だよね。勝手に君に嫉妬して・・・。嫌われると思って、ずっと言えなかった・・・。」

 千歳さんの声には、力が無い。

 俺には何も言えないかもしれない。俺は、千歳さんの心の闇を作った元凶なのだから。

「別に、自分勝手だとは思わないよ。それに、千歳さんに何か言えるわけでもない。俺が原因なんだから。」

「え?」

「でも、その気持ちを受け止めることはできる。」

 俺は千歳さんに、大きな借りがある。

 千歳さんの力になることが、借りた借りを返す方法だと、俺は思ってる。

 確かに、このことは、解決する形では、力を貸すことは出来ないかもしれない。

 でも、受け止めることなら、俺にもできる!

「千歳さんの気持ち、教えてくれ! しっかり聞くから! 受け止めるから! 嫌いになんて、ならねぇよ!」

 ずっと、怖くて言えないことだったのだろう。

 でも、嫌いになんてなるはずない。それ以上に、千歳さんに助けてもらったんだから。

 だから、教えて欲しい。千歳さんの気持ちを。

 彼女は、大切な親友だから。

「私、は・・・、ずっと貴方が羨ましかった! たった一年でそこまで成長して! 一年前とは本当に見違えるほどになって! 私だって、そんな風になりたかった! ずっと、憧れてたんだ・・・」

 千歳さんから語られる思いは、まるで濁流のようだった。

 千歳さんの思いが、心に押し寄せてくる。俺は、その思いをしっかりと受け止めよう。

「ごめん、ずっと気付けなかった。本当にごめん。でも、わかったから。大丈夫だから。」

「バカ、バカ・・・ごめん、わかってる。君が凄く努力していたことも、これが自分勝手なジェラシーだってことも。ずっと、嫌われるのが怖くて、聞かれたくなかった。この気持ち、受け止めてくれる?」

「もちろん、嫌いになんてならないよ。さっき言ったじゃんか。」

 何も解決してはいないだろうけど、

 受け止めるだけでいいのだろう。

 それだけでも、きっと今は、千歳さんの力になれているだろうから。

「ありがとう、よし、もう大丈夫!」

 千歳さんは後ろを振り返って、俺を見る。

 そこには、眩しい笑顔があった。

『くそぉ!なぜだ!何も解決してないじゃないかぁ!』

 低く、しゃがれた声が聞こえる。

 千歳さんの頭上には、黒い影が、苦しそうな表情を浮かべてのたうち回っている。

 あぁあれ妖か。ようやっと本性見せたな。

 さっきとキャラ違うと思ったら、千歳さんの性格をベースに合わせてたのね。

 千歳さんは妖を見上げて言った。

「別にいいんだよ。こうやって聞いてもらうだけで、受け止めてもらうだけで、凄く力になるんだ。実際、私がそうだから。」

 そっか、力になれたんだ、俺。

 少しは借りを返せたかな?

「そういうこった。よーやく姿現しやがったな」

 前方のミコト様をみると不敵に笑ってバキボキと指を鳴らしている。

 時折この神様が女であることを忘れそうになるのは俺だけじゃないはずだ。うん、絶対そうだ。

 ふと、ミコト様が僅かながら輝いているのに気づく。

 その輝きは拳の方に集中していて––––

 おい、まさか

「『神拳 天砕』」

 ミコト様の手を見てみると、確かにそれが装着されていた。

まさか、それ使おうってんじゃないよな。いや使っていいんだけど、真正面に俺らいるんですよ? 今それ使われると俺らが色々と危ないでしょうが。

「ミコト様? 分かってます? 俺ら真っ正面にいるんですよ? まさかそれ使おうってんじゃ」

「心配すんなって。お前らにゃダメージ行かねーようにするからさ。吹っ飛ばされはするだろうけどな。」

「全然安心できねーわ!」

 目ぇギラギラさせて言われても説得力皆無なんですが!?

 そして吹っ飛ばされるってどんくらいだよ! 場合によっちゃダメージ受けるわコンチクショウ!

「うるせー! こっちはさっきまで防戦一方で鬱憤溜まってんだ!少しくらい・・・発散させろぉお!」

「理不尽!」

 少し妖が哀れに思えてきた。

 その妖は、千歳さんの心の闇が晴れたことが影響してるのか、未だ苦しそうにもがいている。

 ミコト様は垂直に跳躍し、妖のいる高さまで飛び上がると、思い切り拳を振りかぶり、

「おりゃああ!」

 思い切り妖をぶん殴った。

「はい千歳さん伏せて!」

「え? きゃっ!」

 俺は千歳さんにかけた羽交い締めを解き、思い切り覆いかぶさる。

『ぎゃぁぁああ!!』

 その拳をもろに食らった妖は天高く吹き飛び、消滅する。

 この時、とんでもない突風が、町に吹き荒れた。

 てか、人気が少ないとはいえ、よくこんなに暴れてバレなかったなぁと、風圧を感じながら、今更ながらに思った。

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