第12話 一心同体

「ふざっ・・・けんな・・・」

 多分今までの人生で、こんなにはらわたが煮えくりかえるほどの怒りに襲われたことはない。

 言葉では言い表せない衝動が、体全身を絶え間なく駆け抜ける。

 気づけば、手に力がこもり、ぎゅうっと拳を握りしめていた。

 許せなかった。

 千歳さんの聞かれたくないであろう秘密を軽々しく、可笑しそうに暴露した妖に。

 そして、何より、千歳さんの気持ちに気づけなかった自分自身に、とてつもなく腹が立った。

 ずっと、助けてもらってばかりだったんだ。

 本人の心の内など知る由もなく、ただすがってばかりだった。

 ずっと、無理させ続けていたんだ–––––––!

「クソがぁっ!」

「羅一っ!! だから待てって!」

 そう思うと、居ても立っても居られなかった。

 ただただ真っ直ぐ、ミコト様の制止も聞かずに妖に向かって突っ込んでいった。

 思えば、妖にとってはとてもわかりやすい動きだっただろう。

「だからさぁ–––––」

 嘲るようにそう言うと、俺の視界から姿を消す。そして、

「単純だっていってるよね?」

 横から声が聞こえた。

 その声を聞いた瞬間、腹の脇に重く、鈍い衝撃が走る。

 息が詰まって、視界が霞む

 そして地面に体が叩きつけられる。

 鈍い痛み、避けるような痛みに耐えながら立ち上がる。

 そして顔を上に上げると、妖のさらなる追い討ち。もう眼前まで迫っている。

「ほらっ!! 次行くよっ!」

 妖は満面の笑みで叫ぶ。

 俺の顔面目掛けて飛んで来る蹴りが一発。かなりのスピード。

 でも、これは辛うじて見えた。

「ちっ!!」

 咄嗟に左の腕を顔の前に出してガードする。

「へぇ。」

 妖は少し驚いた表情を見せた。

 そして、俺は空いた右の手に光を纏わせて、

「だぁあっ!」

「っ!?」

 強烈な閃光を相手の目の前に放った。 流石に千歳さんの身体に傷をつけるわけにはいかない。そう思って咄嗟に取った行動がこれだった。

 妖は思わずといったように後ろに飛び退く。

 しばらくは目を開けられないだろう。

 その隙をついて俺も後ろに下がり、相手との距離を取る。

 身体が鉛のように重い。全身を金属の金槌で思い切り殴られたような痛みが全身に走っている。着ているウェアも地面に叩きつけられたせいでズタボロだ。あーもう、親とか友達にはなんて言えばいいんだよ。

 神力を纏ってなかったらもっと怪我の具合は酷かっただろうな。

「羅一っ!」

 ミコト様が俺の元まで駆け寄ってきた。

「ちくしょう・・・!あのやろぉ・・・!!」

 俺は動きが鈍くなった身体を無理矢理動かして前に進もうとする。

「落ち着け!お前一人で勝てんのか!?そんなにボロボロにされといてよ!」

 わかってる。そんなことはわかってるよ。

 でも、それでも、

「じゃあどうすればいいんだよ!?千歳さんの身体が危険な状態で黙って見てろっててのか!?」

 脳のリミッターが外れていると言うことは、千歳さんのあの身体には相当の負荷がかかっているということだ。

 そんな状態が長く続けばきっと千歳さんは身体を壊す。

 そんな姿、見たく無いに決まってるだろ。

「一刻も早く、助けなくちゃいけないだろうが!」

 今こうしている間にも、千歳さんの身体は限界に近づいている。

 焦りと恐怖が伴って、少し早口になって、声も震える。

 でもミコト様はふう、と息を吐き、あくまで冷静に、

「何で一人でやろうとすんだよ?」

 そう言った。

「は?」

 思考が一瞬フリーズする。

「アタシと一緒にやりゃいいだろうが。自分一人で勝てないのはわかってんだろ? じゃあ何でアタシを頼らない?」

 ミコト様の言葉を聞いていくうちに、徐々に頭が冷えていく。

「それは、ただ必死で、他のことなんて何も考えらんなくて・・・」

 焦りや不安、怒り、恐怖など、負の感情に支配されてて、本当に何も考えられなかった。

「だから落ち着けっつってんだ。冷静になれよ。お前の心の問題は、アタシの問題でもあるんだからな。」

 ミコト様は優しく、かつ淡々と話す。

 俺の心の問題は、ミコト様の問題? どういうことだ?

「お前の心の動揺とか、感情とか、少なからずアタシの心に流れ込んでくるんだよ。お前とアタシは、眷属になった時から、一心同体みたいなものなんだ。」

 そうか、そうだったのか。じゃあ、ミコト様にも、俺は不快な思いをさせてしまっていたことになる。迷惑をかけていたことになる。

 もうすっかり心は落ち着いていた。

「スマン、ミコト様、少し落ち着いたよ。」

「別にいーわそんなこと。ま、でも、アタシをもっと頼れよ。お前は一人じゃねえんだからよ。」

 そうだ、当たり前のことだ。一人がダメなら、二人で向かっていけばいい。今隣には、ミコト様がいる。近くにいたっていうのに、全く、何で気づかなかったんだろうな。

「はぁ、終わった?」

 声がした方を振り返ると、視力がとっくに回復したらしい妖が退屈そうにこちらを見ていた。

 おぉ、待っててくれてたのか。優しいな。

 感謝はしないけど。てかしたく無い。

「うし、行くかミコト様?」

「おう、接近戦は任せろ。お前は隙を見てあいつを抑えてくれ。」

「あぁ。任せた。」

 お互いぐっ、とそれぞれの構えを取る。

 心なしか、ミコト様の存在感が大きくなっているように感じる。

 そう、まるで、初めて妖退治をしたあの時のような感覚。

「お前の想い、伝わってるぜ。力が湧いて来たわ。」

 ミコト様は、優しく、柔和な笑みを浮かべる。

 ミコト様は、俺がミコト様のことをプラスに想うほど、本来の力を取り戻すらしい。

 まぁ、信頼してるからな。

 今ならいける気がする。

「じゃあ・・・いくぞ!!」

 そう言ってミコト様は敵に向かって駆けていった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る