執筆に欠かせないもの

水円 岳

「執筆に欠かせないもの? 私のは、ちょっと変わってるかもな」

「そうなんですか?」


 インタビューは、そんな風に始まった。


「他の人がどうしてるかは知らないけど、長短織り交ぜていろいろ書いていたら、一番困るのはネタ切れだよ。それを防止するためならなんでも利用する」

「なるほど。例えばどんなものですか?」

「直接使えるネタがどうしても必要さ。それは、想像だけからじゃ引っ張り出しきれないの。帽子の中から鳩を出すなら。その鳩を先に確保しておかなければならないでしょ?」

「確かにそうですね」

「既存の名作が起点になることもあるだろうし、新聞ネタが膨らむこともあるだろう。電車の中で聞きつけたちょっとした会話がネタになることもある。でも、それらはいずれも単発なんだ」

「うーん……」

「長編ならば、起点さえ決まればあとは肉付けだけさ」

「ネタはもう要らないってことですか?」

「そういうわけじゃないけど。でも骨格が決まっている以上、そこになんでも入れるってわけにはいかないよ。自ずと使用出来るパーツは決まってくる。逆に言えば、無節操に後付け素材を突っ込んでしまうと、収拾がつかなくなって破綻する」

「もうすでに破綻してる……エタってる気が」

「やかましいっ!」


 まあ、確かに別館で連載している長編が、ゴール寸前なのに焦げ付いてきてるのは確かだ。ネジを巻き直さないとなあ。はあ……。


「話を戻すよ」

「はい」

「長編だけ書いてるなら、それに必要なパーツの採取だけで済む。だけど、私は書くものの大半がショートストーリーなんだよ。主力はそっちなのさ」

「確かにそうですね」

「だとすれば、何が必要かは分かるだろ?」

「ネタの絶対数、ですか?」

「そう。それを漠然と探したって揃わないよ」

「分かります。そこが、執筆に欠かせないものというテーマにつながるんですね」

「そうなの」

「じゃあ、執筆の時の気分を盛り上げる音楽とかスイーツとかではないんですね?」

「うん。サポーターがあるのは好ましいけど、必ずしも必須ではない」

「執筆に使う道具類や、部屋のセッティングとかでもないってことですか」

「もちろん。道具や環境がころころ変わるのは嫌だけど、変わったから書けないというものでもない」

「弘法は筆を選ばず、ですね」

「キーボードは選びたいけどな」

「あはは。じゃあ、一体何が執筆に欠かせないんですか?」

「画像さ」

「は?」

「聞こえなかったか? が・ぞ・う」


 インタビュワーが、わけわからんという顔で大仰に首を傾げた。


「それが、執筆に欠かせないものなんですか?」

「そう」

「それは、ご自分で撮られるんですか?」

「もちろんだよ。コンデジでばしばしと」

「へえー。じゃあ、その中から上出来のものをチョイスされるんですか?」

「いやあ、画像の芸術性やクオリティなんざどうでもいいんだ。それが話のネタになるかどうかだけだよ」

「ふうん……」

「ぴんと来てシャッターを押す時には、頭ン中にすでに話が出来てるんだ。それがきちんと固まったものから作話に使っていく」

「そっか。それなら、うんうん悩みながら書くということにはならないんですね」

「ああ。自動書記に近いよ。脳内で書けていれば、それを吐き出すだけだからね」

「そのやり方は、長編にも適用されてるんですか?」

「いや、長編でそれを無節操にやると、最初に言ったみたいに後付けの要素がどんどん膨らんで収拾が付かなくなる。主として、短編用の必須アイテムってことだね」


 なにげに落胆の表情を浮かべたインタビュワーが、これまでのやり取りを総括した。


「じゃあ、水円さんの執筆必須アイテムはご自身で撮影された画像。ただし、それは長編の執筆には必ずしも適用されない。それでよろしいですか?」

「まあ、そんなところだな」

「分かりました。貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました」

「それはいいんだけど、君は誰だ?」


 インタビュワーの少年は、先ほどまでのにこやかな表情を一変させ、鬼のような形相で私の鼻先に指を突きつけた。


「あんたの書いてる長編の主人公、工藤くどう樹生いつきだよ! くだらない与太話をぐだぐだ垂れ流す暇があったら、とっとと話を進めてくれ!」



【 了 】


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執筆に欠かせないもの 水円 岳 @mizomer

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