両親

山吹、君には今世では会えないのだろうか


世界そのものに等しかった君


やはり私に起こる奇跡は一度きりという事か


「おい、両親。可愛い息子にチケットだけ送って此処まで一人で来いとかどういう事だ。私英語の日常会話レベルしか話せないってあれ程言っただろう」

「でも来れたじゃない」

「スマホが有ればお前ならどうにか出来るだろうと信じてたんだよ、音羽」


夏の連休、本当にイタリア出張中だった両親にお前も来ないかと誘われ、たまには良いかと頷けば喜んだ両親は早々にイタリア行きのチケットを手配してくれた。問題はその先だ。

当初仕事が休みになるだろうから空港まで迎えに来ると言っていたにも関わらず急遽部下がミスしたせいで仕事になってしまった。

どうにか到着までに片付けるつもりだが無理だった場合は直接宿泊先に行ってくれと前日になって言われた。

バイリンガルな両親と違い英語しか学ばなかった私に一人でどうしろと言うのか…。

イタリアの空港に着けば案の定両親は居なかった。

せめてどちらか片方で良いから来てくれと頼んでも双方部下の尻拭いに奔走していて無理だと言う。それなら両親の尻拭いを部下にさせろと言っても部下は部下で奔走中。結局誰も迎えに来てくれなかった。


空港に居続けても良かったがわざわざイタリアに来て無駄な時間を過ごす事に納得出来なかった私はしぶしぶ自力で行く事にした。


「すいません、ちょっといいですか?(英語)」

「なんと言ったの?(イタリア語)」


英語が広く使われるようになったとはいえ万人に通じる訳がなかった。

仕方なく身振りで少し待って欲しい事を告げスマホの翻訳アプリを起動し尋ねたい事をイタリア語に変換してもらいイタリア語の表示された画面を見せる事で無事問う事が出来た。回答も翻訳アプリに話して貰いそれを翻訳してどうにか疎通が出来た。

両親はまだもう少し掛かると言うし、まず尋ねたのはデザートのおいしい店。どうせ待つならデザートでも堪能してから行こうと思った訳だ。偶然にも話し掛けた女性は良い人で親切に店までの道案内までしてくれた。

女性に手を降って別れ、店でもダメ元で英語での会話を試みる。店の接客ともなると観光地らしく英語が通じてほっとした。

流石に日本語のメニューはなかったが英語のメニューは有った為注文も問題無く出来た。気になったケーキが幾つも有ったから一部は持ち帰り用として頼み精算時に貰う予定にも出来た。

自分で言うのも微妙だが私じゃなく煤竹や薄鈍であればパニックを起こした挙句不審者のようにボディランゲージでどうにかしようとしたかもしれないが、昔の性質の方が強い私は冷静さを失えばどうなるか骨身に染みている。早々取り乱したりはしない。

そうしてケーキを食べながら鉄紺さんや煤竹にイタリアはやはり英語が通じなかったと愚痴という名の安眠妨害をしかけ、両親の宿泊先への行き方を尋ね、また買い食いをし辿り着いた。

どうにかなったというかどうにかして辿り着いたのは事実だが要らぬ苦労をしたのだから文句の一つや二つ言いたくもなる。ちなみに英語が話せるのも両親のせいだ。中学の夏休み頃アメリカに両親は揃って長期出張中だった。

夏休みは長めに休みが取れそうだからと呼ばれて行ってみれば急な仕事が入ったと数日宿泊先で放置された。それは構わないがまだ翻訳アプリも主流では無かったし英語が話せなければ何も出来なかった為覚えざる得なかったというのが正しい。


「信じるのは良いが辿り着けなかったり、トラブルに巻き込まれたらどうしてくれるんだ」

「それもどうにか出来るでしょ?」

「おい、母親。息子をなんだと思ってる。ここイタリアだろう。マフィアのお膝下じゃないか。マフィアをどうにか出来る訳がない」

「いやぁ、音羽ならマフィアをどうにかしても父さん驚かないなぁ」

「母さんも。来れたんだからぐちぐち言わない。仕事は片付いたからあとは遊んであげれるから」

「遊んで貰えなくて拗ねたみたいな対応やめてくれ。もう私だって社会人だ」


どうも今の両親は海外勤務が多くてグローバルに染まっているのか大雑把というかおおらかと言うのか、ずれていて反応に困る。

たまたま母親が戻って来ている時に血まみれの藍染を連れ帰ろうがやんちゃで済ませ、多少私の言動がおかしかろうが気にしない。そういう年頃なのね、と中二病かのような受け止められ方をした。

前世を引きずり大きく影響を受けている私が異常だと理解しているが両親が異常と捉えずおおらかに受けとめるからありのままで居られた。

この人達は前世の両親であっただろう人達とは違うと理解は出来ているが親といえば恐ろしい記憶しかない私は素直に呼ぶ事も出来ないでいる。


『母上…今夜も偵察ですか?』

『楓様とちゃんと呼びなさい。お前は忍。母なぞ居ません』

『でも…』

『忍である私達には親子の情も感情も不要だと何度言えば分かるの』


幼い頃からそう言われ続けて私は育った。全ての感情を殺し身内への情も捨てただ忍術を学び忍務に忠実に従うよう躾けられた。

お陰で家族からの愛情も人間らしさも失った優秀な道具候補へ育った。


そんな私への転機は突然だった。私の里の者総出での大型忍務が入ったそうでまだ実戦に使えぬ子供だけ忍務遂行の支障にならぬよう山吹の居た里や他の里へ預けられる事となったのだ。

山吹の居た里は当時子供が多く預けられたのは私のみ。全てが片付いたら迎えに来ると里長に言われたが何年経ってもその時は来ず、忍務に出るようになった頃風の噂で里が滅んだ事を知った。滅んだと聞いても私は涙も出なかった。

ただ事実として受け止めたのみ。里には母も父も居ない。見知った忍が死んだというだけだ。忍なのだから恨みだってどれ程買っているか分からない。

殺したのだから殺し返されても仕方がない。ただそれだけの事。

そんな私だから今の両親は嫌いではないがどうすれば良いのか分からないでいる。


「そういえば、音羽の書いた絵持って来てくれた?」

「あぁ、それならこれに。あとこれか」


出発前日母親に仕事で私が描いたイラストを見たいと強請られたのでUSBにデータを取り込み、香染の店で描いた翼やらは写真に撮って現像して来たからそれを鞄から引っ張り出して渡した。

入社前までは家でキャンパスなどに描いて放置していたから勝手に見られていたが入社してからは初だったりする。


「この子が煤竹君?彼はー薄鈍君かな」

「よく分かったな。勝手に写りこんで来たんだ」

「ほんと大きな翼ねぇ。結構かかったんじゃない?」

「準備期間を結構一月程設けてたからな。その間に通いつめて描いた」


香染の店は酒類を置いていない為閉店時間が遅くない。私達の終業時間が残業がなければ一八時。そのまま店に行くと大抵片付けし始めている。だからと言って私達が追い出される事は無く自分達の夕飯も兼ねて店を閉めてからそのまま雑談しながら有はを摂っている。

家でも夕飯が出る藍染は存分に食えず不満顔だが週末から日曜の夜まで香染の家に泊まっているのだから良いだろうと宥められていた。

ちなみにこの泊まりについては香染が両親に挨拶に行き許可を求めた為に非常にあっさりと許可が得られ、ついでとばかりにバイトとしても雇う事になったそうだ。藍染に甘い香染の事だ、いずれ共同経営者にでもするのだろうと思っている。

そんな訳で仕事帰り飯を食った後デジカメで写真を撮っていたら『俺もいーれーてー』『あ、俺も!あと写真俺も欲しい!』とか言いつつ煤竹と薄鈍が入り込んだ物だ。

あげく、香染のリクエストで壁の端に描いた草花の前では『さぁ、撮れ』とばかりに梔子さんが待ち構えていて撮らされた。


「あら、美人さん」

「母親、先に言うがただの上司だからな。他部署だが」

「なんだ、違うのか。美人な義理の娘が出来るのかと期待したのになぁ」

「この人を嫁になんてむかえいれてみろ、即乗っ取られるぞ。あと父親はドMへの扉を開かされる」


梔子さんのページを見た母親が期待した目を向けて何か言いたそうだったから先回りしたら心底残念な顔をされたが梔子さんが嫁とか御免こうむる。

あの人に付き合っていたら体がいくつ合っても足りやしない。挙句ドMにされるとかどんな地獄だろう。


「他部署の上司ってだけにしては詳しいじゃない。音羽にしては珍しくなぁい?この人でしょ?よくご飯に連れてかれるって言ってた梔子さん」

「元々知り合いで職場で再会したってだけだ」

「出不精な音羽を振り回してくれるなんて貴重なんだから大事になさいな」

「誰も振り回してくれなんて頼んでいない」


むしろそんな事は微塵も望んでいない。

確かにあの人とご飯に行くと少し高めの旨い物を食わせてくれたりもするし、煩いのを嫌う人だから個室でゆっくりも出来るがそもそも相手が梔子さんだ。

和やかな会話などはなく腹の探り合いか毒の吐き合いのような言葉の応酬になる。なのに何故頻繁に誘って来るのだろう。


「相変わらず風景を描くのも上手いなぁ。デジタルも良いね」

「ほんと。うちも音羽にデザイン頼もうかしら」

「両親の会社が私みたいな無名の人間使う訳ないだろうに」

「それが古いのよ。今の時代無名だろうと良い物は取り入れなきゃ勝ち残れる訳ないじゃない」

「いやいや、会社のブランド的にも重要だろう」


自分のデザインを卑下したりはしないが私なんて知名度もない、キャリアもない駆け出しのイラストレーターだという事は理解している。

自分の描く物が悪い物では無いとは自覚しているが両親の仕事は大手外資系企業だ。依頼する側とて知名度の高い者が選ばれるだろうに。


「仕事相手を選ばなきゃ落ちるような仕事の仕方してないわよ。オッケー出たら依頼送るわね」


「母親、私に拒否権はないのか」

「依頼を見て無理だと判断したなら断っていいよ。でも音羽にとってのチャンスにもなるんだから良く考えてみてほしいかな」


横暴なのは母親だけかと思いきや父親からも援護射撃が来てしまった。

確かに多くの人に見て欲しい、そしていつか山吹へも届いて欲しいと思いながら描いている私にとって大手企業との取引はチャンスだが、無名の私でも良いのだろうかと冷や汗が出そうだ。


「勿論優遇はしないよ。僕達が口利きするのは一度きりだから、あとは実力で認めさせるんだよ」

「実力主義か、なるほど。それならやってやろうじゃないか」

「そうこなくちゃ。音羽の描く物はちゃんと生命の宿った良い物なんだから強欲に売り込まないとね」

「そうそう。今ちゃんと生命の宿った物を描けるのは希少なんだからもっと広めないと」


こういうところが前世の両親とは違うと感じる部分だ。今世の両親は私の努力をしっかりと認め評価してくれるが、前世の両親はより高みを目指す事を目的にしていたから努力して習得しようが評価される事はなかった。

お陰で優秀な忍としては育ったが自己肯定感などは育たず、そういう意味で人間らしく私を育ててくれたのは山吹の里の大人達や里長、そして山吹達だった。

だからこそ両親に褒められるという事に慣れていない私はこういう時どんな顔をすればいいのか分からず困る。


「またそんな顔して。私達がただ言葉にしたいだけなんだからそんな顔しなくて良いの」

「うん。ただ私達が言葉にしたいだけのただの自己満足なんだから」

「それはそれではんのに困るんだが……」

「気にしなくていいの。さー休暇が終わったら楽しくなるわよ。そうと決まればまずは英気をやしなわなくちゃね。オススメのピッツアの店があるのよ、ディナーにしましょ。相変わらず細いんだから」


そう言ってテンションの上がった両親が店の相談をするのを眺めながら、慣れないが悪くはないと二人に気づかれぬよう小さく笑った。


結果としては休暇中はオススメの飯屋だ、美術館だ、絶景スポットだとあちこちに連れ回され、連休が終わり日本に戻ってしばらくすると本当に売り込んだ両親からデカイ仕事を回され休日返上で仕事に忙殺される事となった。

あれほど煽られて奮起しない私ではなく、それこそ全ての技術を出し切る程の物を込めた作品は無事に評価を受け今後も依頼したいと言わせる事が出来た。とはいえ日本を離れるつもりのない私は専属契約ではなく、両親を介して仕事をする少し特殊な契約となった。

依頼が片付くまで日に日に疲弊していく私を心配していた煤竹達にも全てが片付いてから説明すれば、そんなめでたい事を今まで言わないなんて水くさいと怒られ香染の店を昼から貸し切りにしお祝いパーティーを開かれる事になる。


祝いパーティーなんて柄じゃないが嬉しくない訳でもない


けれど、そこに君も居れば良いのにと思ってしまうわたしは贅沢だろうか


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