留紺

過去世の知り合いに会う度


共に馬鹿をする度


私は君を思い出す


どうして此処に君が居ないのだろうと…



「ちょっと薄鈍、横にずれてくれ。顔洗うから」

「あ、悪い。なんかまだ慣れないなー。お前が顔洗ってると変装取れるぞ!って言いたくなる」

「もう変装じゃないんだから慣れろ、としか言えないな。烏羽にも何枚下に顔が有るのかと剥がされ掛けた」

「あぁ、それ聞いた。叩き落とされた手が痛かったって愚痴ってた」

「人の顔を剥ごうとするからだ」


過去世での私は幼い頃から親達の教えで素顔は決して晒さないようにして生きていた。山吹の変装で顔を偽る事を覚えるまでは面や布で顔を隠した。

【忍とはいつ如何なる時も忍。決して素顔を覚えられるような事は有ってはならない】それが私の一族の掟だったからだ。誤って素顔を晒してしまうような事があれば酷い折檻を受けた。

それは恐怖と共に脳の奥深くに刻み込まれ長期任務に付くからと縁のあった里に預けられてからも根付いていた。


『音羽はどうしてすがおをかくしているの?』

『私の一族では素顔を晒してはいけない掟が有るんだ。破れば叱られる…』

『じゃあおとはがしかられないように僕がもしもの時はかくしてあげる』

『君が?なぜ?』

『そしたら僕のそばでは楽でいられるでしょう?』


山吹からすれば子供にありがちなきっと他愛も無い問いで、深い意味なんてない言葉だっただろうけど物心がついた頃から感情を殺し自分を殺し、子供らしさなんて物は端から持ち得なかった私にとってその言葉は救いだった。


暗闇に射した光のようであり、寒い冬に与えられた温かな着物のようだった。

たったその一言で私は私で居て良いのだと赦されたような気分だった事を今でも鮮明に覚えている。



「よし、出来た!サーモンとイクラの親子丼!」

「薄鈍、ど真ん中に居候が居るぞ。母親の新しい男か?」

「いやいや、卵だし卵同士の許婚とかかもしんないだろー?」


今日はサーモンの切り身が安売りだったとかで持ち込んで来た薄鈍が器用に刺し身にしサーモンとイクラの丼ぶりを作ってくれたが親子と言うなら居てはいけない者が紛れ込んでいた。ど真ん中に圧倒的な存在感で鎮座している鶏の卵の醤油漬けだ。親子にまさかの他人が混ざっていた。


「この存在感はどうみても態度がデカイ。母親の愛人だろう」

「えー?じゃあ母と娘と母の愛人丼?」

「昼ドラくさいな」

「はは、再婚相手じゃない辺りヤバイ」


親子丼かと思いきや一気に昼ドラちっくなドロドロ感漂うネーミングになった丼ぶりを二人で食いながら笑う。ちなみにネーミングと共に写メを煤竹と鉄紺さんに送ったら思わず吹き出した、とクレームを貰った。

煤竹の方はそのまま爆笑したらしく笑いが収まってから電話が掛かってきた。


『絶対言い出したの音羽でしょー!もー止めてよ、思わず噎せて窒息するかと思ったんだからねー!』


思い出し笑いをしつつ怒られた。鉄紺さんにも相変わらず発想がアホだな、と言われた。解せぬ。親子だと言いながら他人をトッピングした薄鈍が悪いだろうに。


親といえば最近実家には帰ってないな。どのみち帰ってもぬけの殻だが。私が幼かった頃はもちろん母親も産休と育休を取り仕事もセーブしていたが私がある程度大きくなると再度頼ってくる部下が増えて来、私が一人でも大丈夫と言った事で仕事に戻って行った。

両親共に優秀でワーカホリック気味な人だったからあまり家には帰って来ない。だからといって疎まれていた訳でもネグレクトされていた訳でもなく、両親が雇ったお手伝いさんみたいなおばさんが居たし、頻繁にテレビ電話で連絡があったから放置ではなかったと思う。

子供の頃から前世の記憶のあった私はある程度自分の事は出来たからむしろ都合が良かった。


「そういえば音羽って夏休みとか実家帰ってんのか?」

「は?」

「夏休みだって。お盆くらい連休あるだろ?」

「まぁ、ブラックではないからな。帰ってはないが。今朝も両親から国際電話有ったしな」


現在両親は海外に出張中だそうだ。色々面白い物が有ったから送ると張り切っていた。父はフルーツを送りたいと言っていたが大丈夫だろうか。箱を開けたら熟し過ぎて腐ったフルーツが入っているとかは遠慮したい。海外から生物は持ち込めなかった筈だから大丈夫だろうか。


「海外に居るとか凄いな」

「そうか?今時飛行機ですぐ行けるだろ。ヨーロッパは流石に遠かったが」

「俺海外行った事ないし。飛行機とか空飛ぶ鉄の塊だし、運悪かったら落ちるし無理」


薄鈍は高所恐怖症ではないらしいが空飛ぶ物は無理らしい。これに関しては過去世で逃走中利用した凧から落ちたトラウマなのだそうだ。そういえばそんな事も有ったな。共同任務なんて滅多に無かったし凧で逃げるなんて無様も私は晒さなかったから忘れていた。


「あー、そういえば今年の盆休み頃は両親イタリアに居るらしくて来ないかと言われてたな。私ピザよりドイツの白ソーセージ食べたかったんだが」

「同じヨーロッパだしすぐ行けるんじゃねぇの?」

「馬鹿言え。ヨーロッパどれだけ広いと思ってるんだ。馬鹿みたいに広いぞ。移動がめんどい」


何度かは山吹が海外に居るかもしれないとも考え両親の出張に付き合って大型連休中海外に行ってみたりもしたがまぁ当然に出会えず慣れない環境に体調を崩したり、日本食が恋しくなり帰国などもした。


「あ、そういえば留紺さんなら海外で見掛けたぞ。あの人海外のバレーチームのキャプテンだそうだ」

「話しかけたのか?」

「いや、偶然付けてたテレビでその国の代表選手の特集しててな。長々と紹介されてた。相変わらず熱血だったぞ」


この話そういえば鉄紺さんにしてないな。留紺さんと鉄紺さんは何というのか、妙に反りが合わず寄れば喧嘩を始め、何かと競い合ったりと犬猿の仲。または好意的な言い方をするならライバルの様な物だった。



「鉄紺さん、バレーの試合って観ます?」

「観るも何もお前の部屋テレビねぇだろ」

「知りませんでした?私のパソコン、テレビ観れるやつですよ。じゃなくてバレーですって」

「バレーは観ねぇな。サッカーなら観るが。何でだ?観たい試合有るなら付けて良いぞ」


観たら絶対機嫌損ねるだろうに。お互い仕事も終わり、今日は肌寒くなって来たから鍋だと鉄紺さんが大量の野菜と肉と共にやって来た。そんな鉄紺さんは現在仕込み中で退屈だった為既に知っているだろうかと聞いてみたがどうやら知らないらしい。


「試合には特に興味ないんですけどポーランド代表に面白い人が居ましたよ」

「何だそりゃ。たまたま特集でも観たのかよ」

「そんな感じです。ほら、面白い人でしょう?」

「げっ、留の野郎じゃねぇか。面白くもなんともねぇよ、バカタレ」


一段落したのか振り向いてくれたから予め探しておいた留紺さんがインタビューを受けている時のニュース記事を表示させたスマホ画面を見せてみた。

心底嫌そうな顔ってこういう顔を言うんだろうって言葉がぴったりな渋面で文句を言われた。私も敢えて留紺さんを引き合いに出してからかったりもしたから仕方ないが、鉄紺さんと留紺さんは元々は此処まで毛嫌いする程の仲という事もなかった。普通に組んで鍛錬したり話したりしていたが気付けば犬猿の仲と言われるまでに関係が悪くなっていた。


「鉄紺さん、何がそんなに気に食わないんです?留紺さん面倒見は良いし優しいしそんなに毛嫌いする程の人じゃないでしょうに」

「半分くらいお前のせいだ、バカタレ」

「は?私?冤罪はやめて下さいよ」


二人が犬猿の仲になった事と私に一体何の関係があると言うのか。


「あのなぁ、言っておくが俺と留の野郎とは犬猿の仲でも好敵手でもねぇ。恋敵だ」

「はい?恋敵?意味が分からないんですが…」

「アイツが単純なのは覚えがあるだろ」

「えぇ、まぁ。記憶力は良いので…」


それこそ犬猿の仲と言われるように成ってから些細な事で張り合い、喧嘩になり、安い挑発にも引っかかっていた。私から言わせれば鉄紺さんも似たりよったりだとは思うが。


「お前しょっちゅう俺への当てつけで留の野郎と比べてただろう」

「一番貴方が嫌がったので」

「だからお前のせいだってんだ」

「はい?やっぱり分かりません。まさかそれで私が留紺さんに懸想しているなんて誤解したとか言いませんよね…」

「そのまさかだ」


というと…喧嘩の原因は私の取り合いだと?

私が懸想していると誤解しアプローチしようとしていた留紺さんと当てつけだと理解し阻みたかった鉄紺さんは…あぁ確かに恋敵とも言える。


だがこれ私のせいか?勝手に勘違いした留紺さんのせいだし、煽られた鉄紺さんのせいではないだろうか。

「私悪くないでしょう。確かに当て付けてた自覚はありますけどそもそも鉄紺さんが反応しなきゃ私だってわざわざ火種ばら撒かなかったですし」

まぁそもそも私が鉄紺さんに気を許すことがなければ…鉄紺さんが私を受け入れることがなければという大前提があったりはするが今それを言うと多分物凄く機嫌を損ねるだろうから流石に自重する。


「また変な事考えてねぇか?音羽」

「人の考え読むの止めてくれませんか…」

「素直にお前が言わねぇからだ。何年お前の感情読み取るのに苦心してきたと思ってやがる」


元々人の感情や心理を読むことに長けていた訳ではなかったらしい。そうと知っていればもう少し早く素直になれたかもしれないと思うと山吹の言葉を信じられなかった事が申し訳なく思えた。


『音羽、こんな世の中だけどさ…僕以外にも音羽を大事に思う人や音羽を受け入れてくれる人沢山居るよ?少し周りにも目を向けてみない?』

『私ほど観察力に長けた者はいないぞ。ちなみに煤竹は一昨日よりまた少し太った。留紺さんと朽葉さんは分かりにくいが喧嘩中だ。さり気なく朽葉さんが避けている』

『え?そうだったの!?』


当時の私には山吹が全てであり世界そのものと言える存在だった。

ありのままの私で居ても良いのだと告げてくれた彼はそれだけ私にとって特別だった。

そして、同時にこんな奇跡のような存在は私のような者にそう何人も与えられる筈がなく山吹さえいてくれれば十分だ、欲張れば山吹を失う事になるのではないかと不安が付きまとっていた。

私のせいで山吹を失う訳にはいかないと恐れを抱いた。




「まぁお前は敢えて遮断してたからな。気付かなくても無理もねぇ。アイツの代わりだとしてもこっちに目を向けさせれただけでも上出来だ。振り向いたからには手放してやる気はさらさらねぇが」

「神様に張り合うおつもりで?とはいえ堕ちてしまったからには逃げませんよ、多分」

「そこは断言しやがれ、バカタレ。赤い顔で言っても説得力がねぇ」


悔しいが最近の鉄紺さんの攻めには負けてばかりだ。

恋愛というものさえ避けてきた私はこういうかけ引きの免疫はないのだから仕方ないとは思うがどうにも悔しい…。




今私がこうして鉄紺さんに振り回されていると知ったら


山吹、君はなんと言うだろうか


『だから言ったでしょう?』と笑うだろうか


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