第20話 さえずり渡るは船の上 (1)


ざぶ・・・ざぶ・・・と小さく波の音が聞こえる。


カズトはこの音が好きだ、寝室で転がり目をつむって波の音を聞いている。今のカズトに、ここアーリアから見ると異世界の地球から何か一つ持ってこられるものを10秒で答えよと言われたらラジオを持って来ると言ってしまいそうだ。そのくらいほどよく静かで、穏やかだ。流石にラジオを持ってきてもコードを刺すところがないなとバカみたいな妄想話に決着をつけるとバタンとカズトの部屋の扉が勢いよく開いた。


開けたのはこの船の船員だ、顔を少し赤らめカズトを見て大きな声でこう言った。

「てめえまたさぼってやがったなぁ~~!!!」


そうだった、カズトは船に乗せて貰ってはいるが客としてではない。仮の船員の一人として乗船「させて」もらっているのだ。船員として船に乗るのと客として船に乗るのでは意味合いが大きく違ってくる、まず第一に


「ちゃんと働け!!バカズト!!」


そう働かなくてはいけない。出航の時はもちろん常時、平船員でも周囲の見張りから甲板内室の掃除までと働くことはいくらでもあるのだ。しかしこの男カズトは隙を見て抜け出しサボる、仕事中ケンとくっちゃべってサボる、お年寄りだからと仕事を配慮してもらっているムルナおばさんの部屋に逃げ込みまたも食っちゃべりサボる、客の喋り相手と称してサボる、迷子になった子供を探すと言いサボる。これでは流石に他の船員にしめしがつかない。ので、船員たちの副リーダーの彼はカズトに対して怒りをを向けていた。


「うるさいなぁ・・・てか、元々僕たちは船を襲うかもしれない「賊」に対する戦力だろ?別に掃除なんかしなくても船がつぶれるわけじゃないし・・・いいんじゃね?」

「よくないわ!!いいかバカズト!?船というのは沖に出る建造物だ、沖というのは塩分を含む風、潮風まみれだ!いや、ほぼ100%潮風しか吹かない!知らずの内に船は塩分まみれになってんだよ!」


だから潮風が当たる甲板などの船の表面には必ず掃除で「塩を落とす」必要がある、本とか漫画である下っ端が毎回毎回船の掃除をよくしているのは表面に付着した塩分を落とし船を腐らせないようにするという重要な仕事だからだ。という副リーダーの自分も知っている話を聞いて特に何も言うことがないカズトは。


「はい、わかりました、船の安全は任せてください」

という適当にあしらえた空返事で仕事に戻る意思を見せた、もちろん腹の中には「暇だしまたケンと話すかぁ」という思惑付きである。そう、忘れてはいけない彼は異世界地球でドロップアウト擦れ擦れの高校に通っていた人生をなめ切っている糞おバカさんなのである。



・・・で、サボろうと思ったカズトではあったが、そうもいかない条件を突き付けられた。


「なぜ、あなたと一緒なんですか副リーダー。そしてなぜこの仕事?」

カズトは砲弾庫にいるもう一人の人物に向かってそういった。船の砲弾庫の手入れという仕事は暗いくせに火を使わないと周りが見えなく、かがり火がほんのミス一つで火薬に引火し爆発する可能性のあるとても危険な仕事だ。どうみても素人カズトのする仕事ではない。


「俺もなぜ糞サボり野郎のおまえが砲弾庫の仕事をするのか全く分からん。なぜだ。」

副リーダーも少し動揺している、砲弾庫関連の仕事は基本的に船員の中で信頼できる者、ある程度船の上で立場が高い者に与えられる仕事だからだ、全ては船員のリーダー、航海士、機関長より偉い「船長」ボアニックの命令により決まった事なのだが副リーダーの役職、2等機関士は頭に?の文字しか浮かんでいないようである。


「いや、ヤバいですよね、コレ、ミスったら船は中から爆発するんでしょ?」


・・・副リーダーは少し考えるが少したじろぐカズトを横目に黙って仕事にとりかかった、確かに船長のてきとうな采配には毎度頭を悩ませてきた、しかし間違っては決してなかった。彼は解っているのだ航海という少し間違えれば死に直結するという行為において最も重要なのは、信頼から生まれる上下の関係であると、下は上の者たちから与えられた責務を果たし、上は下の者たちのその働きを信頼するというしごく当たり前のことが自分たちの生に直結する。そう考えているのだ。だから「船長」ボアニックの言葉を信頼しカズトの隣で黙々と仕事をする。

「ほら、お前も、やれ」


カズトにはその意味が解らなかった、カズトは人を愛したことはあるが信頼したことがないのだ、彼の友人関係にあったのは「諦め」と「妥協」だった、彼は愛する人滝本以外に本音をぶつけたものはいない、だから同姓で「信頼」というものが生まれない。カズトはずっと、滝本と会う長い間一人で生きてきたのだ。


しかしカズトは仕事をした、黙ってした。副リーダーから何かを察したのだろうか?いや、カズトはそんな自分を変えたかったのだろう、アスキルと会い、賢者と会い、ケンと会い、ムルナと会い自分も心の底から「人を信じたい」と思ったのだろう、だから、黙々と二人で危ない仕事をこなした。


「海賊というのは強いんですか?僕たちだけでなんとかなるものなんですか?」

「お前達だけに頼らねえよ、戦うときは船員全員で抗う」


砲弾の清掃をしながら少し、ほんの少しお互いを知った二人は話す。カズトが疑問に思うのも仕方がない、戦いというものは命を賭けるものだ、彼はまだ命を賭ける「土壇場の時」の経験をそれほどしていない。ケンから「腕は立つがまだまだ素人」という意味不明な自己紹介を思い出し、副リーダーは言った。


「お前は魔術師だ多分後ろで魔法打ってるだけさ、前に出るのは俺らで何とかする」

「っ!それじゃあ!!」

カズトは少し大きい声を出す、それを聞いて副リーダーは少し安心して

「座れ。」

と言った


「お前らだけ生きる可能性が高いとでも言いたいんだろう?良いことじゃないか、長生きしたくないのか?」と自分でもわかる意地悪を言う。


サボり魔に少し睨みつけられながら彼は優しい客人にこう言った。

「お前らは俺たちの船に入った以上安全に生きてもらわないといけない。船員扱いはしてはいるがお前らは俺たちにとって客人だ、もっというと部外者だ。そいつらに怪我されたんじゃ俺たちが、ボアニックさんが困るんだよ、客人に怪我させたんじゃ船の上でやっていけねえからな」


「俺たちは信頼で生きてきた、だから、お前たちが魔術師でよかったと思ってる。魔術師は死に難いからな、戦闘と船の事しかできない俺らと違って」


ろうそくが船の波でゆらゆらと動いている、先ほどまで心地よかった波の音がうっとおしくなった。


「・・・・誰も、僕の知ってる人は、僕とかかわった人はみんな殺させません」

確かにコイツは信用できる、度胸もあるし腕も立つのだろう。しかし、まだまだ若すぎる。副リーダの心の内を読むとこんな風だ、そして気になったことを彼は言う。


「現実主義っぽいお前が言うにはちょっと理想的すぎる、何か昔あったのか?大切な人を病気で亡くしたのか?それとも・・・」

カズトは黙り、心の中の怒りを、決意を体から発し、次を言うなと目で制した。


「そうか・・・」

カズトは「若い」のではなかった、どこかにトラウマを持っていたのだ。きっと大切な物の身に何かあったのか裏切られたのか、それはわからない。しかし自分は大変なことを言ってしまったようだ。と言葉とは裏に少し焦る。


「は、話を戻そう、海賊は強いのか?という事だが・・・」

「・・・めちゃくちゃ強いぞ、坊主。」


と、少し焦った彼以外の物が後半の言葉を言った。呆けている副リーダーをよそに新しく言葉を発した長いひげの生えた長身の男が言う。


「なんせあいつらは人を殺そうと、奪おうと訓練を積んだものたちだ、それは強い。人を殺しといての心のありどころさえ理解している。脳が有り理性が吹っ飛んだ獣だ、痛みは恐れるが知能が多少高い。厄介だぞ」

「キャプテン・ボアニック!何やってんですか!仕事は!?」


「サボった」

カズトは友達になれるかもしれない人に出会った。


「いや、ケンアホが連れてきた客人は見込みどうりの男だったかなと見に来た」

「坊主、お前みたいなサボりが大好きな奴の中にはな、無理やり働かせてみると面白い仕事をする奴が居るんだよ」


しかしカズトに対する初会話はいまいちの様だ。


「話し戻すか、賊にもいろんな種類があってな、海から襲う「海賊」と空から降ってくる「空賊」があるんだ奴らは・・・」


「空賊・・・?」

カズトはいきなり現れた人物に対してまずは礼をしようとしたが気になる言葉が頭をよぎる。海賊というのは彼の世界では聞いた時はあるが今口にした名は初めて聞く、


「空から降ってくる・・・?」





「目標はエーキスから出た、例の物を積んだ貨物船だ。・・・全て殺せ」

と、正装をした男性が小柄な女に声をかける。


「わかった」


女の言葉の後、他の男たちは先ほど告げた「獲物」を聞き士気を挙げ大きな声で言った。

「・・・お前らぁ!準備は済んだかぁ!?全て殺せとよぉ!!!」

カズトのいる海域のまだ少し遠く、錆びた鉄の香りと僅かな火薬の香り、そして竜の不気味な声音が海に纏わりついていた。


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