悪夢の足音

「いやぁ今日は災難だったねぇ」

 ラップを叩きながら瀬雄は愉快そうにゲラゲラ笑った。苑浦こそいないが、放課後の部室には俺、瀬雄、牧島先輩の三人がいる。瀬雄によると、あの後すぐにファンクラブでは早速ブラックリストに俺の名前が挙げられたそうだ。どうしよう、靴に画鋲とか入れられたり、翌朝自分の机が消えてたりとかしてないといいが。

「ったく他人事みたいに言いやがって」

「だって実際ボク関係ないもん。ハハっ」

 苦し紛れに毒づくも、あっさり切り返される。コイツ無駄に頭の回転いいから嫌だな。

「とんだ優等生ね。はい、お茶」

 ひょこっと牧島先輩が現れて湯飲みを置く。濃い目に入れたお茶が喉を潤し、憂鬱な気持ちに少しだけ光が差し込む。疲れたときの一杯は本当に効くな。ん、ここ自動車部だよね?

 そんな放課後ティータ×ムみたいにダラダラ過ごしていると、ふと瀬雄が呟いた。

「さすがにキレすぎだと思うんだよね……」

「は? 」

「え? 」

 スマホをいじってた俺と、雑誌を読んでいた牧島先輩の手が止まる。

「いや、貴良さんどうしてそんな怒るのかなって。そりゃ、睦はネクラだし、色々アレだけどさ」

「言葉の端々に俺への本音が込められてるのは気のせいだよな? 」

「あながち否定は出来ないわね」

 ドSコンビを前に俺は口をつぐむ。

「けど、言いたいことはわかるわ。やり取り自体がそんなに問題あったとは思えないしね」

「ならどうして……? 」

「知らないわよ、そんなの」

「だったら調べてみようか」

 そういった時にはもう、瀬雄はキーボードを叩いてどこかのページにアクセスし、画面をこちらに向けた。検索欄には、Kira Sonouraの文字が躍っている。

「何も知らないんじゃ、会員ナンバー001の沽券に関わるよね」

「へぇ、探偵みたいで格好いいじゃない」

「いやーはっはっは。どう睦? 」

 牧島先輩のおだてで図に乗る瀬雄。

「はいはいすごいですね。もうね、超ビックリ」

 最初に出たページは、苑浦が前にいたらしい、ギルダー・ハイスクールというイギリスの高校のページだった。名門中の名門校だったらしく威厳はホームページからでも伝わる。広大な敷地に立てられた校舎は十九世紀に建てられたもので、卒業生の中にはDAMEやSIRの称号を持つ者もいるらしい。こんなところにアイツはいたのか……。

「何かもう俺達とは格が違いすぎんな」

「ホントね。『POWERRRRRRRR!!!!』とか叫ぶテレビ司会者とかはいなそう」

「ちょっとあさひさん、そのネタはマズいっすよ」

 何よ? と首を傾げる牧島先輩を横目に、瀬雄は適当にページを開きまくる。俺としてはこれ以上苑浦のことに関わりたくなかったが、残る二人がノリノリなので、黙って画面に集中することにした。

「続いては…。何これ、“モータースポーツ界の神童”だって」

 目を輝かせた瀬雄がクリックしたのは、個人がまとめたファンサイトのようだった。どうやら向こうのモータースポーツ界ではちょっとした存在らしく、彼女に関連した新聞記事や、出場記録が記録されている。ざっと目を通しただけでも、

 ・イギリスカート選手権20××年度チャンピオン

 ・ユーロカップ・フォーミュラー・ルノー・20××年度3位

 ・ERC(ヨーロッパ・ラリーチャンピオンシップ)20××年第五戦・キプロス・5位

「なるほど、“神童”か…」

 ひそかに俺は納得していた。女子高生でここまで頭角を見せる奴は、ちょっと珍しい気がする。しかも、複数のジャンルのレースに出場していたとなると尚更。

「あ、『Automobile Club』ってリンクがあるぞ」

「お見事。やるじゃない」

 メインページの右下、瀬雄がリンク先にカーソルを合わせると、画面は再びギルダー・ハイスクールへ。どうやらそこの自動車部のページに飛んだようだった。ヒントがあるならここだろう。あそこまで走りに執着する苑浦のことだ、前の学校にも自動車部があればきっと入っていたはず。俺はそう睨んでいた。

 しかし、その内容は俺達の予想を遥かに超すものだった。

 設立六十年を迎えたそこは、基本は校内に敷設されたカートコースで反射神経を鍛え、週末ともなればシルバーストン・サーキットのレースで腕を磨くという。緊迫した表情でステアリングを握る部員達の様子が、スクリーン越しの俺達にも強く伝わっていた。

「あれ、この車もしかして……」

 牧島先輩がその写真の中の一枚を指差す。広場に並べられた部員の車の一番手前、見覚えのある流線型のボディラインは、サンライナーで間違いない。

「発売前の車がそう何台も走ってないですよね? 」

 俺の呟きに、牧島先輩も瀬雄も、首を縦に振った。

 そして、歴史と実力を兼ね備えたページの最後には、

 “我々は挑戦をやめない”

 そう謳い文句がスクリーンの中で踊っていた。

「雲の上の世界を見させてもらった感じだね」

 ページを読み終わった瀬雄がため息混じりに苦笑する。無理もない、イギリスは日本よりも遥かに自動車文化の根付いた国だ。その名門校の自動車部といったら推して知るべし。その点俺たちなんて比較対象にもならないだろう。

「ならどうしてアタシたちのとこに来たんだろ? 」

 ただの留学とは考えにくい。それを如実に表す証拠となるのが、

「アイツは愛車を輸入してまで、サーキットを走りこんでいる」

 車の輸入自体は以前よりも簡単になったが、それでも一介の高校生には荷が重い。余程サンライナーのことが好きなのか。

「自動運転だから楽とかは? 」

 瀬雄の考えは一理あるようで、微妙に違った。確かに便利な機能だが、アイツの性格なら一生使わないだろう。この間で壊れたようだが、それ程気にしてなさそうだったし。それよりも、以前楓姉さんが言った一言が引っかかる。

 “スポーツ走行好きな玄人向けの造り”。

 その要素が必要に違いない。

 けれど、そうなればますます日本に来た意味がわからなくなる。

 結局俺達はヒントを掴むどころか、かえって混乱するハメになってしまった。

「ま、他人にはわからないことってあるわよ」

 苦笑した牧島先輩がグッっと体を伸ばす。それ以降、俺達はもう苑浦のことについて調べるのは断念した。瀬雄は生徒会の仕事をするためページを閉じ、牧島先輩も雑誌を手にとり、俺もスマホとそれぞれのタスクに戻る。

「あ、睦。そうだ、」

「あん? 」

 しばしの沈黙の後、瀬雄が思い出したように手を止めた。

「この部活の申請書って出した? 確か今日までのはずだよ」

「あれ、どこやったっけな……」

 ガサゴソと鞄に手を突っ込むが手ごたえはない。

「ん、ひょっとしてこれかな? 皆の名前はもう書いちゃったけど」

 牧島先輩がヒラヒラと持っていた名簿には、俺達全員の名前が書かれてあった。

 部長・苑浦貴良

 副部長・郷永睦

 部員・渉外担当・椿瀬雄

 部員・総務担当・牧島あさひ

 この場に全員いるわけじゃないのが、少し気がかりだけど。

「おおよかった。睦、早く出して来なよ。代理ってことで」

「あいよ。んじゃ、行ってくるわ」

 頼れる部員共に感謝しつつ、俺は外へと向かった。

 それが苑浦の秘密を知る手がかりに繋がるとは、この時誰が思っただろうか。

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