京橋ストレート200キロチャレンジ

 全員がめでたく(? )揃ったため、いよいよレースの始まりだ。まずはそれぞれが走らせる車を選ぶ。てっきり有名どこのスポーツカーだけかと思ったら、往年の名車から最新の外車までラインナップが幅広い。それでも、俺が選ぶのはただ一台。

 「呆れた。余程あの車がすきなのね」

 隣には気だるそうな苑浦。画面にはシボレーのコルベットが映っている。どこかエキゾチックな彼女の雰囲気に、合ってるといえば合っているな。

 後の二人は遠くてよく見えない。そうこうしてるうちにコース選択へと画面が切り替わった。元の漫画の影響か、コースは首都高を中心とした高速道路が多い。さすがゲーム、リアルにこんなところでレースやったら色々とマズいよな。

 「じゃ、公平に『ランダム』と行こうか」

 瀬雄の提案に全員がハンドルを切って「ランダム」を選択すると、自動であるコースが選ばれた。

 「C1内回り」

 正式には首都高速都心環状線、東京の中心をグルリと回るコースで、現実世界ではこの線を中心に各路線が関東の四方八方に通じている。コーナーが連続するテクニカルコースだ。

 「げ、結構ムズい所じゃん!」

 牧島先輩が不満そうに舌打ちした。うん、色んな意味でこの人には難しそう。コーこれは勝てるかもしれない。

 しばらくすると、画面は銀座入り口付近に切り替わった。画面には四台の車。俺のロードスター、苑浦のコルベット。そして、

 日産・セドリック、しかもタクシー仕様。

 荷物満載のトヨタ・ハイエース

 こいつらレースを何だと思ってやがる。

 俺が文句を言う前に、カウントダウンが始まった。

 三、二、一、GO!

 飛び出したのはコルベット。素早くアウト側から三台まとめて追い抜きを仕掛ける。だが、

 ―ドォン!

 鈍い効果音が轟いた。突然ワゴン車がコルベットに衝突し、あろうことか苑浦は分離帯真ん中の橋脚に正面から突っ込み失速してしまう。

 「ちょっと、どういうこと? 」

 これには冷静沈着な彼女も動揺を隠し切れない。その犯人はもちろん、

 「何人たりともアタシの前は走らせないっ!」

 他でもない牧島先輩だった。そのまま今度は俺のロードスターが後ろについたため急ブレーキ。

 「うぉ、危ねっ!」

 慌てて俺が車線変更すると、その先には蛇行運転のタクシーが道を塞いで前に進めない。

 「いやーゲーセンとか行かないから上手く走れないや~」

 遠くから瀬雄の馬鹿にしたような声が届く。

 クソ、こいつら考えてやがった。状況は完全に向こう側の優勢にある。ニ台の連携プレーによって築かれたガードにより、俺と苑浦も全く前に出ることが出来ない。つーかゲームなのにあのタクシー速すぎでしょ? いつか某映画みたいに空飛ぶんじゃね。

 順位は動かず、レースは霞ヶ関からから赤坂ストレートを抜け、終盤戦に突入しかけた時だった。

 「私に考えがあるわ」

 かろうじて聞き取れるほどの小声で、苑浦が囁いた。目線だけで返すと、彼女は片手で器用にスマホを取り出し何事か打つと、その画面を俺に見せた。

 『浜崎橋ジャンクションを越えた先、一時的に道が広くなるから、そこで両側から仕掛けましょう』

 高層ビル群の間を縫うようにして通る設計上、C1はどうしても道が狭くなってしまう。しかし、羽田線とつながる浜崎橋ジャンクションから汐留までのわずかな区間だけ、道幅の広いS字コーナーが現れる。相手の作戦が効きづらい場所で勝負を仕掛ける、彼女らしい作戦だった。

 「よしっ」

 アクセルを煽り、離されていた距離を少しずつ詰め始める。先頭の牧島先輩に五十メートル差まで迫り、浜崎橋ジャンクションのキツい左コーナーを立ち上がったところで、

 「今よ!」

 俺達は一気に仕掛けた。コルベットとロードスターが両端いっぱいに膨らんで加速する。

「させるかぁ!」

 これは予想しなかったのだろう、慌てて反応するも、牧島先輩の動きはわずかに遅れ、苑浦の追い抜きを許すこととなった。

 「いや~参った参った」

 一方の瀬雄はというと、完全にお手上げ。やる気が失せたのか、タクシーを路肩に止めてしまった。

 「このバカ!ちゃんと運転しなさいよ」

 「グエッ」

 すぐさま牧島先輩の拳が飛ぶ。順位は入れ替わり、先ほどとは逆の展開となるも、ここから先の苑浦は揺るぎなかった。執拗に攻撃する牧島先輩に動じることなく、連続コーナーを駆けてゆく。そして、

 1st。

 順位は動かず、チェッカーフラッグは彼女の元に舞うこととなった。ちなみに俺はワゴン車のブロック(というより進路妨害)を抜けず三位。

 「さて、勝ったわけだし約束は守ってもらえるのかしら」

 ゲームを終えてすぐ、貴良は真っ直ぐな目で牧島先輩にそう言った。

 「うう……わかってるわよ……」

 一方の牧島先輩はというと、レースに負けたのがそんなに悔しかったのか、半泣きである。ほんっと子供っぽい人だな。

 「いや~でも中々白熱した勝負でしたよ」

 それを見て、瀬雄はまるで子を慰める親のように、彼女の頭をポンポンと叩いた。

 「試合放棄した奴が何言ってんの? 」

 「どこが『白熱した勝負』だ。もはやレースでもなんでもないだろ」

 すぐさま飛んできたヤジに凹むこととなったのは言うまでもないが。

 互いの車を賭け合った勝負はこれにて決着。その結末はゲームとは思えない程劇的なものとなった。

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