三章

ミーティングはマナーを守って

 町が少しずつ目覚めるのを感じながら、俺は東名高速道路にてロードスターを駆っていた。まだ早朝ともあってか、道は空いている。たった今渋滞のメッカとも呼ばれる横浜町田インターを通過したが、道が詰まる気配はまるで感じられない。ここまで来ればゴールはすぐそこだ。

 「あいつら無事に来るといいんだけどな~」

 あの後、瀬雄と牧島先輩それぞれにメールしたところ、二人とも『大丈夫』としか返信せず、そのままこの日を迎えてしまった。ま、少なくとも言いだしっぺの牧島先輩は来ると信じたい。

 やがて東名高速は海老名SA入り口の案内標識を示した。俺はそれに従ってロードスターを横道に乗り入れ、視界が開くと、広大な敷地の駐車場が目の前に現れた。

 「……すげぇ」

 車を止めるよりも先に、その規模に圧倒された。空港のそれに匹敵するほどの駐車場に、多くのレストランやカフェが並び、ちょっとしたショッピングモールのようだ。適当なスペースを見つけてロードスターを止め、あたりを散策していると、

 「あーいた!」

 向かいの屋台から見知った顔が駆けて来た。

 「牧島先輩」

 髪型こそ相変わらずだが、私服姿を見るのは新鮮だ。上はタンクトップに薄手のカーディガン、下はデニムのショートパンツというボーイッシュな出で立ちだ。

 「他の奴らは? 」

 「さぁ。まだ見てないけど。あ、これおすそ分け」

 そう言うと、牧島先輩は提げていた鞄からガバッと何かの袋を取り出し、俺に寄越した。

 「メロンパン? 」

 「そっ。アンタも食べる?一口あげるわよ」

 そういいつつ、牧島も紙袋から一つ取り出して頬張り始め、満足そうに目を細めた。せっかくだし俺も、とホカホカのそいつにかぶりつこうとした所で、

 ―ブヒュォォォォ!

 背後から独特なエンジン音が響いてきた。乾いた低音と独特の高音が混じったエンジンの音色奏でる主は、一見すると普通のコンパクトカー。直線を基調としたデザインと、丸目四灯のヘッドライトは、どこか懐かしさを感じさせるものだ。しかし、フロントバンパーには穴が開けられ、メッシュが貼られていた。加えて、大きく張り出したフェンダーとリアウィンドウにつけられた板状のスポイラーが、只者でないことを物語っている。そして困惑する俺たちの前に降り立ったのは、

 「ふぅ。強化クラッチとはいえ重いわね」

 物鬱げな表情の苑浦だった。こちらは黒ワンピースにブーツというシックな出で立ちである。おもしろいくらい対照的な二人だな。

 「来たわね。ていうかアンタどんだけ車持ってんのよ」

 「ああ、これ郷永君のお姉さんのですよ」

 「ほほぉ~う」

 その一言で、牧島先輩の視線が俺に向けられた。な、何だよ、と軽く睨む俺を横目に、彼女はなんとか鑑定団の審査員みたいな素振りで、楓姉さんが用意した車の周りを回った。

 「何か、よくわかんないけどフツーじゃなさそうね。これ何て車?」

 「え、あー、確か」

 「ランチア・デルタHF・4WDインテグラーレ・エヴォルツィオーネ・ドゥエ・コレツィオーネ・エディツィオーネ・フィナーレよ」

 「長っ!」

 よく噛まずに言えたな。しかも素でキョトンとしてるあたり、コイツにとっては一般常識らしい。

 「と、とにかく速くて凄いクルマなのね」

 いや、牧島先輩。苑浦「速い」も「凄い」も言ってませんけど。

 「確かに速いですね。同時のWRCでは前人未到の六連続…」

 「待て待てわかった苑浦もう大丈夫だ」

 恐るべし苑浦さん。多分頭の中に自動車図鑑が百冊くらい入ってるな。それからようやく、俺たちはあることに気が付いた。

 「瀬雄くんはどうしたの? 」

 「え? 知らないぞ」

 メールしても『心配ご無用』としか返ってこなかったし。

 「先輩連絡しなかったんですか? 」

 「知らないわよ。大体アンタ部長でしょ、しっかりしなさいよ」

 呆れる苑浦と、噛み付く牧島先輩。まぁまぁと宥め役になってくれる瀬雄がいないだけで、こうも場が荒れるとは思わなかった。と、そこへ、

 『床橋ナンバーのロードスターでお越しのお客様、お連れ様がお待ちです。東館総合受付までお越しください』

 あたりに響く場外アナウンス。間違いない、俺のことじゃないか。というわけで、ここは一端ドンズラさせてもらうぜ!

 「あ、ちょっとどこいくのよ? 」

 「待ちなさい、話はまだ終わってないわ」

 二人の迷ドライバーを振り切り俺は駆け出した。パルクールよろしく止まっている車の隙間を縫うように進んであっという間に東館へ。

 しかし、総合受付まで来たところで、見知った顔は特に見えない。

 まわりには買い物客が数名と、ツアー旅行中と思しき老人の群れだけである。

 もしかして、さっきの呼び出しは他人だったのか? そう思いかけた時だった。

 いきなり視界が真っ暗になった。それが目隠しと気づいたのは数秒後。

 「ウフッ、だーれだ? 」

 混乱に追い討ちをかけるようにして、野太い声が耳朶を震わす。誰だ、こんなことされる覚えはないぞ? 腕を振り上げようとした所で、

 「何やってんの、アンタ等」

 訝しげな様子の牧島先輩と、これまた聞きなじみのある声。 

 「私の手の感覚まで忘れたのか?お姉さん悲しいな」

 「楓姉さん!? 」

 そして。

 「よしっ、これで全員揃ったね」

 得意げな様子で、瀬雄が仁王立ちしていた。

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