ぼっちで疾走

 全長およそ二キロのコースは、メインストレートを中心に八つのコーナーからなる。ピットエリアから一気に加速し、メーターが時速百キロを示したところで第一コーナー。キツ過ぎず、かといって緩すぎない角度は、筑波サーキットのそれとよく似ていた。

 「これくらい、か? 」

 絶対に安全、という思うまで速度を落し、手探りでステアリングを捌く。すると、俺の意思に答えるようにロードスターはコーナーをほぼ理想のラインで通過した。再びアクセルを開け、小気味良いエンジンサウンドを背後に、続くS字を直線状に突っ切る。左右それぞれの縁石に軽く乗り上げ、揺れる感覚はまるでジェットコースターのよう。それは日常とはかけ離れたものだった。けれど、

 「何か、違うんだよなぁ」

 どこかで、楽しめない自分がいた。誰にも邪魔されず、意のままに車を操れる。それは、俺にとって、「あの人」にとっての最高の快感だったはず。それなのに、心のどこかでもう嫌気が差してきた。それでも、最低一周は走りきらないといけない。

 先程のコーナーを越えてから、道は長く緩やかな左コーナーと上り坂が続く。傾斜はかなり急で、およそサーキットに似つかわしいものではない。さらに、六メートルほどのコース幅も徐々に狭まってきた。やがて辺りを木々が覆い始めたところで……。

 「あれ? 」

 タイヤの食いつきが、急に悪くなった。路面がアスファルトから、荒れたコンクリートの上を走ってるからだろう。ついでに視界もかなり悪い。ヘッドライトを灯さなければ、どこを走ってるか掴み辛い程だが、無理もない。なぜならそう、

 床橋スピードウェイは、コースの半分は林道だからだ。

 聞いた話によると、建設途中に予算が足りなくなった為、苦肉の策として半ば強引に道を繋げたらしい。しかも、その道は放棄された峠道だった。ロクに整備もされず、誰からも忘れ去られたそこは波打った路面と林だけの朽ち果てた世界。錆び付いた標識がそこにある種の華を添える。

 「おっと」

 坂を上り始めて待ち構えていたのは、ブラインドコーナーだった。ギアを一段落とし、こすらないよう神経を集中させてステアリングをきる。丁寧に扱えば、割と思い通りの走りをするのがこのロードスターという車の特色だ。いや違う、

 前の持ち主が上手く仕上げたからか。

 懐かしい顔を思い浮かべつつ、アクセルを緩め、流れる景色に目をやる。耳に入ってくるのはエンジン音のみ。窓からはわずかに星明りが入ってくるだけだった。そんな中でやはり思わずにはいられない。

 あの人は一体何が楽しかったんだ? 

 アクセルを踏んだだけ吹き上がるエンジンと、ステアリングを切っただけ曲がるタイヤ。それらを適当に操り、意味もなくコースを駆け抜けるだけ。かつてあれほど待ち焦がれた夢は、辿り着いてみればとても空虚なものだった。  

 背後から妙なエンジンが聞こえてきたのは、興醒め気味のクルージング真っ只中のことだった。

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