車好きって 笑

 天城高校は市街地にあるのだが、春から世話になっている下宿先は山を登った郊外にあるため、毎日ちょっとしたワインディングロードを上り下りするわけだが、今日だけは違った。下宿先よりもさらに山奥へと、ロードスターを走らせる。片側二車線だった道はいつの間にか一車線に狭まり、あれほど走っていた車も、気がつけば俺一人になってしまっていた。だが、そこはそれ程物寂しい場所ではない。窓を開け、爽やかな空気と共に入ってくるノイズがそう知らせてくれる。

 唸るようなエンジン音が辺りに響き渡り、続いて甲高いブレーキのスキール音が重なる。しかも、その音は車一台が奏でられるものではない。少なくとも十台がセッションしているのは確かだ。

 俺は窓を閉めると、音のする方向に向かって五百メートルほど走り、見えてきたとある看板の所で右折した。

 床橋スピードウェイ入り口。

 そこは日本で唯一、国営のサーキットだった。

 自動車の一番の醍醐味は何よりも運転そのものと考える人は多い。それは政府も同じだったらしく、例の自動車関連の法律が出来た直後、ここ床橋の裏山を切り開いてサーキットを作った。規模は小さいものの、首都圏から程近いなかなかの場所のはず、なのだが……。

 「よぉ兄ちゃん、若いのにロードスターとはいい趣味してんな。ちょっと来いよ、俺たちと語らないか? 」

 「はぁ、どうも」

 屋根つきのピットスペースに車を乗り入れようとすると、先程まで走っていただろう一団と遭遇した。しかも全員お揃いのレーシンググローブでキメてる。

 「今時の若モンは走りにあんまし興味ないよな」

 「そういうもんですか」

 「車は走らせてナンボだってのに」

 「せっかく法律が改正されたのに嘆かわしいことよ」

 「全くだ」

 悲しいかな、利用者の殆どはいい年したオッサンばかりだ。そしてそのうちの一人が言うように、若者の姿は見えない。ましてや俺みたいに学校帰りに立ち寄る奴なんていわずもがな。

 皮肉な事に、法改正前と法改正後の世界の違いとは、生産台数の増加や道路整備などの「外面」的部分しかない。「若者の車離れ」は防げたかもしれないが、「若者の車好き」は増えていなかった。

 ま、そんなものなのかもしれなけど。

 少々冷たい環境に苦笑しつつ、俺はロードスターから降りると、受付へと向かった。誓約書のようなものに自分の名前等を書き込み、簡単な説明を受けてから、ヘルメットとグローブを渡される。幸か不幸か、利用者は俺しかいない。貸切同然だ。

 「けど兄ちゃん、知ってるか? 」

 ふと声を掛けられ振り返ると、先程走っていただろう集団の一人がいた。年齢は四十過ぎといったとこか。使い古したレーシングローブにツナギという渋い出で立ちが、この男の持つダンディな雰囲気を際立たせている。

 「最近この辺りのサーキットレコードを塗り替えてる若いのがいんだよ。しかも聞いた話、すげぇ美人らしいぜ。会えたらラッキーだな」

 ポン、と俺の肩を叩くと男は陽気そうに笑い、受付を後にした。残りのメンバーも会釈しつつ列を成して続く。

 何だよそれ、と怪訝な気分になりつつ、乗り込んでシートベルトを締めると、俺はエンジンのスターターボタンを押した。間髪入れずにスカイアクティブエンジンが咆哮を上げ、その存在感を示す。聞き覚えのある音のはずなのに、そのノイズはいつになく逞しいものだった。

―免許を取って少ししたら、絶対サーキットに行けよ

 脳裏にある人の言葉が蘇る。

 「約束どおり来たぞ」

 もう会えないその人に向かって呟くと、俺はギアを一速に入れた。

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