第48話

 土魔法というのは、守りの魔法、つまり『盾』の魔法がほとんどだ。例えば土壁を作り出し、盾にしたりなど。

 その他には物を造形するというのも、一つの使い方だ。土魔法で体に防具を瞬時に作ったり盾を作ったり、他にも美術品から料理用の鍋を作ったりなどもできる。

 土魔法で作った土鍋やそのほかの料理道具を使うと、精霊のが入るためか普通に作るより一味違ったものが作れるとの事。精霊の信頼関係やその人の魔力の質も出来に関わっているようなので、全ての土魔法で作った料理道具で美味しいものができるかは分からない。

 攻撃するには、土魔法で得物えものを作り出し自力で攻撃するしかない。直接魔法で攻撃するようなものは、土魔法には無いと言える。使おうとしても、人に悪意または敵意を持って使う時点で精霊が魔法を使いたがらないらしい。

 この魔法の性質は土の精霊の生来の気質、つまりは精霊としての根本から来ているらしく、この『守り』と『造形』の二つの性質の魔法を得意としている。なので攻撃魔法が使われることは無い。

 普通に生活するには使い勝手が良いような、悪いようなもので。武を使う職業では、直接魔法で攻撃しようとしない限り、かなり使い勝手が良いのが土魔法だ。


 まぁ、つまりは、だ。土魔法は攻撃魔法というのがないに等しいものということだ。


 その攻撃と無縁といって良い土魔法が、しかも『まもり』の名を冠する『ソルゲア』が、『攻撃魔法』を使ってキースの扉を破壊した。

 正直言って今、かなり驚いている。目玉が飛び出るほどではないが、目を見開くくらいはビックリしている。

 まさか、センドリックが土魔法で扉を破壊することになるとは。せいぜい、土魔法で足を強化する道具でも作るのかと思えば……、まさかこうなるとは。


 破壊音と共に結界が消え、扉も吹き飛ばされる。


「はっ、はぁっ!」


 膝に手をつき荒い息を吐き出すセンドリック。

 魔力を全力で出したからだろう、汗が首から浮き上がっている。

 多分、今のセンドリックは虚脱感に襲われているだろう。しかし、それを引き離すようにセンドリックは体を持ち上げると、乱暴に汗をぬぐい、今さっき破壊したキースの扉へと向かう。

 扉の破片を踏むたびに、メキッ、ガリッと破片が音を立てる。

 ヒューバレルは、結局何も口にしないままセンドリックの後に続く。

 私もとりあえず距離を取りつつ、センドリックたちに続いた。

 部屋はやはり広い。大きな窓と右端の方には書き物をするための机が置いてある。机の上は紙が散乱しており、本も同じように乱雑に置いてある。周りを見渡せば本棚がいくつも置いてあり、中にはぎっしりと本が詰まっている。しかし、やはりその本棚の本も整理はされていない。

 床には扉の破片は元より、紙くずも本も所々落ちている。……あと、正体不明な物も。なんなんだ、あの黒い物体は。

 ……キースの部屋は一言で言うとアレだ。

 汚い。

 そんな事を頭の隅に浮かべている時にもセンドリックは先へと進んでいく。


「キース‼︎ どこだ‼︎」


「っ!」


 小さな悲鳴のようなものが微かに聞こえた。

 その声はどうやら窓辺にある大きな天蓋付きのベッドから聞こえてきたようだ。

 ベッドのカーテンは降ろされており、中が見えない。

 だが、確実にキースがどこにいるかはわかった。

 センドリックも遠慮なんて微塵もなく、ベッドに近づくと天蓋に手をかけ大きくまくった。


「キース‼︎」


「っっ‼︎」


 ベッドの中が露わになる。そこには丸く大きな布の塊が。

 その塊は微かに震えているようにも見える。


「キース! いい加減にしろ‼︎」


 そう怒鳴って、センドリックが塊に向かって手を伸ばす。

 しかしその手はキースに届く前に、先ほどと同じように弾かれる。


「て、めぇっっ‼︎ ルトッ! 創作‼︎」


「おうよ!」


 センドリックはルトに乱暴に指示をすると、すぐにルトが呼応する。センドリックの右手に赤茶色の塊がまとわりつくと何かを形作る。

 あれは……、ナックルダスターか。メリケンサックともいう。簡単にいうと、拳の威力が格段に上がる武器だ。

 センドリックは大きく振りかぶると、キースの結界に叩きつけた。今度はほとんど力が残ってないせいか幾分か弱々しい。叩きつけた途端にナックルダスターが砕ける。

 あーあ、あれじゃ結界は壊せないなと思って見ていたが、センドリックが結界を殴りつけると同時に結界は消え去っていた。

 あれ?

 疑問に思ったが、センドリックが毛布を剥ぎ取り露わになったキースの、胸元に手を強引にねじ込むと、乱暴に掴み引き寄せながらも答えを言ってくれた。


「あんな、本気の拒絶の込もってない結界で俺を防げると思ってたのか? それともなんだ。こんな結界しか出せないほどに弱ってるから、もう放っておけとでも言いたかったのか?」


 低く唸るような声でセンドリックがキースに詰め寄る。

 なるほど。魔法を形作るためには、精霊との信頼関係とコントロール力、そしてが必要だ。

 今回はその想像力にキースの心が反映されたらしい。

 キースの顔は金髪のフワフワな髪が被さっているせいでよく見えない。

 久しぶりに見たキースは少し痩せたようだが、まぁ具合が悪いわけではなさそうだ。よかった。


「……っ」


 キースは答えずに、胸元にあるセンドリックの手を引き剥がそうとする手に力を込めて、抜け出そうと弱々しく暴れている。手もよく見ると小さく震えているように見える。

 そこに小さな黄色い光がキースを庇うようにセンドリックの目の前に体を晒した。


「お、おやめくださいっ! あ、主に手荒な真似はっ……!」


 その黄色い光精霊が言う主というのはどうやらキースのようだ。

 しかし、そんな健気に主を庇おうとしている精霊を意に介さずセンドリックは側にいるルトに声をかける。


「ルト」


「へいへい、しょーがねーなー。おら、アレフ、てめぇはこっちだ」


「え、え? ちょ、は、はな、離してよぉ」


 ルトは、なんとかその場に留まろうとするアレフという精霊の首根っこを雑に掴みながらキースの側から引き剥がす。アレフは抵抗するものの、弱々しすぎて逃れることはできなさそうだ。


「返事しろ、キース。てめぇの口はただの飾りか⁉︎」


 そう言ってセンドリックが腕を強く揺らす。それに合わせてガクガクとキースの頭も上下した。

 そうしてやっと、思わずと言ったようにキースの口が動いた。


「は、離せっ。僕に構わないで‼︎」


「はぁ⁉︎ 構わないで、だぁ? あんな、構ってって言ってるのと同じような結界張っといてよく言えたもんだな‼︎」


「そ、そんなことない! 僕は! 本気で拒絶したっ」


「しきれてねぇから入れたんだよ! お前が本気で拒絶してたら俺の魔法なんかでお前の結界が壊せるはずがないだろ!」


「っ!」


 キースが言葉に詰まった。センドリックが言っていることは本当のことなのだろう。

 キースが何かを口にする前に、センドリックが隙を与えずに言い募る。


「俺がムカつくのはなぁ……。そうやって自分で動こうとしないで、引きこもってだれかが引っ張り出してくれようとしてんのを待ってるとこだよ! 誰もお前みたいなやつ気にもしねぇよ! 今のお前なんか誰も助けようなんて思わねぇよ!」


 センドリックがそう怒鳴ると、キースが顔を上げた。やっとキースの顔がよく見えた。

 その目には溢れそうなほど涙が溜まっていて。しかしキースはそれを堪えて、息を詰まらせながらも口を開く。


「だったらっ! なんで僕に構うんだ! 関係ないだろ!」


「お前が、俺の友達だからだよ‼︎」


 とうとうキースの目から涙が流れた。顔がクシャリと歪む。


「な、なんだよぉ、それぇ」


「なんだよ、じゃねぇんだよ! 俺はな、何かあったら助け合うのが友達だって思ってんだよ! 逆に道を間違えるようだったらぶん殴るのも、友達の役目だ! なんで、こんな近くにいるのに、頼ろうとしないんだ! 助けてって一言言えば俺は、俺たちはできる最大限をやってやる気はあるんだよ!」


 俺たち……。それは、私も入っているのだろうか。……いや、助けないわけではなく。

 なんだかズレた考えを頭に浮かべつつ、二人を距離を置いて見守る。口を挟む気は全くない。

 もうキースの涙は止まりそうにない。さっきから流れっぱなしになっている。

 喉が詰まってしゃっくり上げているがそこで鼻水が流れ出ないのは、ある意味すごいことのような気がする。


「こ、怖いんだ……。もうあんな風に裏切られるのはっ! もうっ! 嫌なんだよ‼︎」


「俺たちがそんな事すると思ってんのか⁉︎」


「っ! でもっ!」


「でも、じゃねぇ! お前もわかってるはずだ。俺たちが簡単にお前を裏切らないのは」


 一度大きく否定してから、センドリックは一度気を鎮めるように息を意図的に吐き出すと静かに喋り出す。胸元を掴む手も少しだけ緩んだように見えた。


「なぁ、キース。お前をここに縫い付けているのはそれだけじゃないんだろう? 一体なんなんだ?」


 そう言って、センドリックが静かにキースを待つ。

 キースは言葉を詰まらせ、口を閉じてしまう。


「……」


 沈黙が場を包むが、センドリックは急かす事なくキースを見つめたままだ。

 しゃっくり上げる、キースの声がその場によく響く。

 ……さて、どうなることやら。私では口を挟める問題でもないし、すごく場違いな感じしかしないような気がする。でもだからと言って、ここで帰ろうとするのはさらに空気を読んでいない。……どうしよう。

 自分がこの場の空気になっているような、いないような、居心地悪さを覚えて少しだけ身じろぎをする。

 そうだ、空気になっていると言えば……。そう思って、目線を横に滑らせる。

 そこには、拳を握りしめるヒューバレルの姿が。なんとなく仲間意識が芽生えた途端、ヒューバレルが急に動き出した。

 あ、仲間が。……もういいや、最後まで頑張って空気になろう。

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