第47話




 トムさんが足を止めるとそこには一枚の大きな扉があった。ここが目的地のようだ。


「では、坊っちゃま方、お嬢様、キース坊っちゃまをよろしく頼みます」


「ええ、お任せください」


 返事をするセンドリックの横で、ヒューバレルが珍しく反応もなくトムさんから目を逸らしている。私はなんとも言えないので、とりあえず口角を上げておいた。

 トムさんはそのままこの場から背を向けると振り返らずに去った。


「さて……」


 センドリックが、最初に動き出した。

 最初に軽く目の前のドアをコンコンと優しくセンドリックは叩くと、穏やかに聞こえる声でキースに向かって声をかけた。


「キース? 聞こえていますか?」


「……」


 扉の向こうからは、なんの返事も聞こえない。物音一つ聞こえない静寂が返ってくるだけだ。

 センドリックの笑顔に少しのヒビが入る。しかしそれを打ち消すように頭を振ると、もう一度笑顔を浮かべる。


「そうそう、今日はヒューとレイラも来ていますよ」


 センドリックはそう言うと、こちらを振り向き合図を出してくる。どうやら何か言葉をかけろとの事らしい。

 ……と言っても、私は何を言えばいいのかさっぱり分からない。こう言う時は、どうすればいいのか本当にさっぱりだ。

 困った。

 とりあえず隣を見上げる。ヒューバレルなら何か気の利いたことを言うだろう。

 しかし、予想と違ってヒューバレルは何も言おうとしない。なぜか、悔恨の表情を浮かべて顔をしかめさせている。

 ……なるほど。のではなく、のか。どうやらヒューバレルはキースに対して大きな罪悪感を感じているらしい。どんな罪悪感かは想像がつく。

 気づかれないように、ため息をついた。

 仕方がない。私が何か話題を捻り出すか。


「あー……、キース? レイラだけど。えーと…………元気?」


 ……なんとも言えない話題を出してしまった。


「……」


 そして、やはりと言っていいのか、それに対しての応答は何もない。さて、どうしたものか……。

 何も頭に浮かばない。救難信号をセンドリックとヒューバレルに出すが、センドリックだけが、正しく受け取ってくれたようだ。


「そ、そう言えば! 足、もうすぐ抜糸されるんですよね?」


「そうだねー……。…………うん」


 なんとかセンドリックが手を差し伸べてくれるが、結局話が広がらない。変な空気が場を支配してしまう。空気を変えるのが得意なヒューバレルは、今は役に立ちそうにない。

 あー……、困った。それと、面倒臭い。

 ……もう帰ってしまおうか。

 なんてことを頭に思い浮かべた瞬間、横でブチッと何かが切れる音がした。

 嫌な予感がして、恐る恐る視線を滑らせるとセンドリックがものすごい形相をして右の方の足首の準備体操をしている。


「あー、もういい。機嫌取るのはやめだ、めんどくせえ」


「セ、センドリック?」


 流石にヒューバレルがセンドリックに声をかける。

 なんとなく何が起こるかは分かったから、私はスッとその場から軽く離れる。

 ヒューバレルの声を無視し、足首を十分に回し終えると、突然走り出す。

 蹴りを放ったセンドリックは、扉に体を突っ込ませた。

 しかしセンドリックの蹴りが扉に当たる、と思った瞬間。扉が光りセンドリックが押し返される。……いや、扉が光ったというわけでは無かった。センドリックの足が当たった部分だけが光ったようだ。

 押し返されたセンドリックは一瞬体制を崩すも、すぐに立て直し着陸する。

 これは……。

 私が気づいたと同時に、どうやらセンドリックとヒューバレルも気がついたらしい。

 あれはどうやら、光魔法の一つであり上級魔法の一つである『結界』。光魔法の中でも珍しい、物理的に干渉できる魔法だ。基本的に自分の周りに透明な箱を作ることができる。自分自身と自分が認めたモノ以外は入ることができない。使い方を熟知してくると、正方形の結界だけでなく長方形または円形にだってできるらしい。

 このことに気がついたらしい二人の様子がすぐに変わる。

 なぜかヒューバレルが青ざめてセンドリックから距離を取り、センドリックの方は、ますます顔を怒りに染め上げているのにもかかわらず笑顔をその顔に浮かべた。


「上等じゃねぇか……」


 ぼそりと呟いたセンドリックの魔力が動いた。右足首のズボンの中が光り出した。センドリックは右手をズボンのポケットに突っ込む。

 右足首から、ヒュッと赤茶色に光る影が飛び出した。


「しゃあ! やっと呼びやがったか、センドリック! 何日待たせてんだよ!」


「手ェ、貸せ。ルト」


「おっとぉ、なんか機嫌悪りぃな。まぁ、しょうがねぇ、手ェ貸してやるよ」


 センドリックと本契約しているらしいルトと呼ばれた赤茶色の精霊が、なんだか偉そうにセンドリックに言い、力を放出する。それにセンドリックが合わせるように力を放出し、糸が寄るように二つの力が混ざっていく。

 すぐに二人の力が融合し大きな力をセンドリックが纏う。


「ルトッ! 全力だ、一つに集中しろ」


「おうよ!」


 センドリックが鋭く言い放つと、ルトと呼ばれた精霊とセンドリックのまとう力がさらに膨れ上がり凝縮される。

 センドリックは魔法を発動する場所を指定するように、右足を強く地面に叩きつけると、その爪先の先に淡い光が集まったかと思えば太ももぐらいの太さの円錐がものすごい勢いで突き出る。その円錐はよく見ると赤茶色く、どうやら土が固まってできているようだった。円錐はその身にセンドリック達の大きな魔力を渦巻くように纏い、大きな威圧感が場を満たす。

 その円錐が向かう先はやはりキースの部屋の扉。

 ヒューバレルも私も何もすることができずに、ただ円錐が扉に向かうのを見つめる。

 すぐに、ズガンッ!! と破壊音がしてキースの魔法とセンドリックの魔法がぶつかり合いお互い消滅していった。

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