第10話

∇∇∇


 人の気配が満ちる暖かなダイニングルームの中、私はニールに今日のことを話しながらご飯を食べ終えた。

 食後の紅茶が運ばれてテーブルに乗せられる。


「そうか、今日はアスウェントの所の奴にも会ったか……。長男だったらきっと俺たちの仕事に関わる頃じゃないか?」


 アスウェントが経営している商会の取り扱う商品は多岐にわたる。品物は東の果てから西の果てまで、はたまた北の果てから南の果てまで全てを網羅していると言っても過言ではない。そんなアスウェントの売るものは只の品物だけではない。

 アスウェントという大きな商会は、裏では『情報』という名の商品も扱っている。

 情報を売る相手と情報は限られている。そもそもアスウェントが情報を売っているということすら知られて居ないのだ。それを知るということは、そういう稼業についているか、この国の王族であるか、この国の公爵家である必要がある。

 そもそもアスウェント家は王家の秘密情報機関である。


 アスウェント家がそういうものを売っているのには、もちろん歴史的な背景がある。

 遡るとそれは初代の当主からだ。当主は元々流れ者の商人であった。賢王に出会い当主は賢王に心酔。商人であった当主はその特性を生かして情報を集めることで賢王を助けたという。

 それから代々彼らは王家の秘密情報機関を担っている。そんな彼らの存在を知っているのは王家はもちろんのこと、公爵家の当主と次期当主しかしらないことだ。次期当主たちは成人、つまりは十八にならなければ知らされない。

 私はお爺様が長くなかったため、先に教えを受けていた。

 裏の稼業についている人は、情報を買うには情報で取引をしている。公爵家は特に何もいらないが、情報が欲しい時は特産の手土産を持っていくことは慣例となっている。王家にはアスウェントの方が向かうのでもちろん手土産は持っていく側である。

 ここウェストル領は、アルコール類の特産地である。特に酒と言われる米から作られるアルコールが特筆している。

 今は亡きお爺様の跡を継ぎ私が必要な情報を取りに行くことが多いので、アスウェント家の現当主ジェームズ・R・アスウェントにいい酒を持って行っている。

 兄貴分であり私の右腕であるニールも同じことだ。


「そうだね。きっと今年か来年あたりにジェームズさんから聞くことになるんじゃないかな」


 アスウェント家は家族全員が情報機関に関わることとなるので、ある程度の時期になると当主の判断で、もっと深い情報を任せることになるらしい。タイミングはその人によるらしいが、この間ジェームズさんに会いに行ったら「ヒューもそろそろかなぁ」なんてぼやいていた。


「そっか……。でもそうなった時、そのヒューバレルって奴がどんな反応をするかだなぁ。今、せっかく仲良くなりかけてるんだろ? 知ったことで仲が悪くなるようなら……」


 ニールは続きを言う前に口をつぐむが、なんとなく言いたいことはわかる。きっとあまり仲良くするなと言いたいのだろう。

 心配性だな、と思わず笑ってしまう。

 だが、そうなった時はそうなったらで、別にいいのではないだろうか。そこまでの縁だったのだろうと納得することは容易いだろう。


「別に、大丈夫だよ。心配しないで」


 微笑むと、ニールは余計に心配そうに顔を歪めるだけだった。

 確かに私たちのはとても特殊だ。それ故に今の時点でウェストルの仕事と役割を知るのは公爵家の元・現当主たちと王と王弟そしてアスウェント家後継者の長女だけである。

 他の国では長男が家を継ぐらしいが、この国では家のが家を継ぐ。つまり男でも女でも関係がない。しかし、何かの事情があり跡を継げない場合は、次に年齢の高い者が後を継ぐこととなる。なので。ヒューバレルは長男ではあるが、別にアスウェント家の後継というわけではないのだ。

 私たちの仕事は人に嫌悪されるような仕事かもしれないが、私たちがしなければ他にやる人がいない。それに私やニール自身特に嫌悪自体は抱いていない。だが、きっと誇りに思うこともこれから無いのだろう。



 紅茶の残り一滴を飲み干すと、私はそろそろ祭壇に行くとニールに告げた。


「わかった。じゃあ、俺もそろそろ家に帰るよ」


 取り留めのない話をしながら、玄関先まで一緒に歩いて行く。玄関に着くと控えていた執事が、ニールに夏用の薄手の上着が渡す。

 季節は夏だが夜は肌寒くなる。風が吹くとさらにそう感じるのがこの国の特徴でもある。

 私も執事から手渡された薄手のカーディガンに腕を通すと、ニールが別れの挨拶に腕を広げ、また軽く抱きしめ合う。


「じゃあな。夜道、足元に気をつけろよ?」


「うん、ありがとう。ニールも気をつけて」


 ニールは軽く手を振ると自分の家の馬車に乗り込み、家路へとついた。

 ニールの家はここから馬車で十五分ぐらいの近場だからあまり心配はないが、夜道ということもあり少しだけ心配だ。

 ニールの馬車が門の外へと消えると、私は控えていたメイドから酒瓶一升と小さな桐箱が入っている手提げ、そしてランタンを受け取った。「ありがとう」と礼を言えば、メイドは「お気をつけて行ってらっしゃいませ」と頭を下げた。

 そのまま私は右向くと、月と星灯りが照らす道をゆっくりと歩き出した。

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