第9話

 そうこうしているうちに、広い丸い空間に出た。周りを見渡すとショーケースがグルリと空間を囲んでいる。全部で五つの売店が中心を開けて壁際に並んでいる。ショーケースの中には必要そうなものが色々と入っている。

 ペンや鉛筆、消しゴムから夏に必要そうな帽子、冬にも使えるひざ掛けなども売っている。


「ほら、そこにあるお店がさっきのメモ帳が売っているお店だよ」


 ヒューバレルが言うお店に目を向けると、確かにショーケースの中にあのメモ帳がたくさん並んでいる。早速メモ帳を二つほど買うと、ぱらりとめくって見る。

 真っ白な紙には何も書かれていない。当たり前だ。だが、やはり仕組みがよくわからない。首を傾げていると、ヒューバレルが覗き込んで来る。


「どうしたの? 何かあった?」


「いや、なんであんな風に飲み物が出て来るのかなって思って」


 やはり不思議だ、と首をかしげる。そんな私にヒューバレルが一枚メモを取ってみるように言った。

 一枚とると、「光に透かしてごらん」と言われる。

 なんだろうと考えながらも光に透かして見てみると、魔法陣が浮かんで見えた。


「おお! すごい!」


 緻密な魔法陣がよく見える。とても緻密で全てを理解できそうにない。


「その魔法陣がね、机に叩きつけることによって食堂の魔法陣が反応するらしいよ。俺もよくわからないけどねー。キースに聞いたら、なんかものすごい長い話を聞かされたよ」


 その時を思い出したのか、げっそりと顔を落ち込ませる。

 私もなんとなく想像する。キースが眠そうな目をしながらも、一定の音量と速さで難しい話をしているのが浮かんだ。

 うん、私も聞きたいとは思わない。多分、十分聞いただけで疲れることになるだろうことはわかる。

 思わず想像したせいか、私もげっそりとしてしまった。


「それは、大変だったね……。でも、そうか。この魔法陣であんなすごい事が出来たんだね。すごいな」


 本当に不思議だ。この魔法陣だけじゃなくて、この学校自体が。色々な噂だけではなくて、魔法陣も。きっと何かいろんな仕組みがまだあるのだろう。

 好奇心が刺激されて、ワクワクとしてしまう。時間があれば、色々と巡ってみよう。

 そう決心する。何か面白いものでも見つかりそうだ。



 授業に向けて教室に歩を進めると、ヒューバレルが口を開く。


「まあ、ともかくさ。この学園にいる間は、同じ生徒で仲間なんだから仲良くやろうね」


「そうだね。同年代とはあんまり関わった事がないから、私も迷惑かけるかもしれないけどよろしくね」


 仲間という言葉に、ニールの言葉が思い出される。

 そうか、仲間か。……学園にいる間は、同じ学園の仲間として仲良くやっていけたらいいな、と願ってしまう。


「俺たちと……いや、俺といれば間違いなく楽しい学園生活を送れることを保証するよ」


 気障ったらしく笑うヒューバレルに、私はそうかもしれないと考えながらも笑い返した。



 ∇∇∇


 学園の初日が終わった。

 帰りの馬車の中、少しの荷物と共に私は帰り道を走っていた。

 ガタガタと揺れる馬車に対して、早速ヒューバレルから買った『腰が楽々ポン』を敷いているおかげで中々な安定感を保っている。

 買っておいて、損はなかったなと確信した。これからも、何か必要なものがあればヒューバレルに聞いてみよう。

 馬車の窓を覗くとすっかり王都の景色と変わり、ほとんど何もない平野が眼に映る。王都にいる間は、建物が多く視界が狭かった。見慣れた景色に近づくにつれ、視界が開放感を覚える。

 まあ、それだけ人が少なく田舎ということではあるが。

 もう、地平線には太陽は浮かんでおらず月が昇っていた。今日は三日月のようだ。雲もそこまで多くなく快晴に近い。星明かりも相まって今日はほどほどに明るい夜になりそうだ。

 少しだけ安心する。きっと森の中に入っても、明かりを忘れなければ真っ暗闇に閉ざされる、なんてことにはならないだろう。


 ガタガタと揺れる馬車が止まった。

 ボーッとしている間に、いつの間にか家の門前に着いていたようだ。門番と御者が「ご苦労様」と言葉を交わす。

 門が開くとまた馬車が動き出す。無駄に広大な敷地を進みロータリーの途中で止まればそこが玄関の目の前になっている。

 ガチャリと馬車の扉が開いた。私の帰りを待ちわびていたかのように揺れるランタンの灯りが目に優しく触れる。


「お嬢様、どうぞ」


 御者の差し出す手を軽く支えにすると、馬車から降りた。

 玄関までの階段を上ると、扉が勝手に開いた。


「おかえり、レイラ」


 扉を開けたのは、よく見知っている自分の兄弟子だった。


「ニール」


 名を呼ぶとボサボサな髪の奥にある瞳が優しげに細められる。ニールはさらに扉を大きく開いて、私を迎え入れた。

 中へと入るとニールが腕を広げる。いつもの挨拶に軽くニールを抱きしめる。ニールも軽く私の背中を叩くと、私の顔をよく見るように腕を離した。


「今日はどうだった? 友達はできそうか?」


 友達と言われて、すぐに浮かんだのはヒューバレルたちの顔である。今は友達とはまだ言えそうにないが、近いうちになりたいと思える人達だった。

 コクリと頷く。


「うん、同じ公爵家の何人かと会えたよ。いい人達だった。学校の雰囲気もいい感じだったし、慣れればきっと大丈夫そう」


 そう言うと、ニールはそっかと頷いた。

 それにしても不思議だ。今日はは何も無いはずだ。なんで来ているのだろう。


「ニール、今日は仕事、何も無いよ? 何かあった?」


 ニールはそう言う私に苦笑いをして軽く頭を叩いた。


「仕事じゃなきゃ、妹分のところに来ちゃいけないのか? 今日はお前の大事な日だからな。兄貴分としては一緒に居てやるべきだろ?」


 少しぐらい心配してもいいだろ? とニールは苦笑いの色を濃くして言う。

 ニールの言葉に思わず顔が緩んだ。


「そっか……。ありがとう」


 ニールも私の顔を見ると、口元を緩ませた。


「まあ、ともかく! まだご飯食べてないだろ? 俺もまだなんだ。一緒に食べよう。それから祭壇に行っても遅くは無いだろ?」


 大公様のところに居た時とは違い素のニールが私を勝手知ったるなんとやらで、ダイニングルームへとリードしていった。

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