第16話 かき回す

 翌日から、由真はクラスメイトを見るようになった。

 どんな些細な点も見逃さないようにジッと見ている。

 「あの・・・白田さん・・・」

 隣の席の女子生徒が困惑したように話し掛けて来た。

 「えっ・・・何でしょう?」

 「私の顔をチラチラと見てるけど、何か付いている?」

 そう尋ねられて由真は驚く。

 「えっ、いや・・・その・・・」

 しどろもどろになり、どう答えて良いのかさえ解らない。

 「でも、白田さんと話したの初めてかも」

 困惑気味だった女子生徒が笑顔になる。

 「そ、そうね」

 由真も何とか安心した。

 「白田さんって、いつも小説を読んでいるから、話し掛け辛い感じだったんだよね。それにあの二階堂の事件の事もあったから、どうなんだろうと思ったけど」

 未だに二階堂の事件で机を蹴っ飛ばした事はクラス中で囁かれている。

 「まぁ、殺された後に蹴っ飛ばすのはどうかと思うけど、私もあの子が殺されてせいせいしているからねぇ」

 「えっ?」

 由真は一瞬、驚く。

 「だって、あいつ・・・」

 女子生徒は何かを言い掛けたが、押し黙った。

 「まぁ、彼方此方に恨みを買っていたからね。白田さんも何かされたんでしょ?」

 そう問われても、多分、無視をされていたのか、相手をされて無かったのか、特に何かをされた事は無かったと由真は思う。

 「う、うん」

 由真は心とは裏腹にとりあえず、話を合わせるように答えた。

 由真に話し掛けて来た女子生徒は飯星寧々。

 容疑者リストには入っていない。遠縁坂の調べでは、二階堂殺害の時は他の女子生徒と共に探していた。

 少し茶っぽい髪の色をした寧々は屈託のない笑顔で話をする。少しギャルっぽいが、素直な感じで、可愛げのある女子だと由真は感じた。簡単に言えば、自分とは真逆の明るい女子である。

 「しかし、二階堂はアレとして、新島っちも自殺しちゃうし、今井のアレはマジでビビった」

 「今井さんの事は知っているの?」

 「あんまり付き合いは無いけど、あいつ、同じクラスになった時に少し、話をしたんだけど、グズグズしていて、何を考えているか解らなかったよ」

 「私とあまり変わらない気がするけど・・・」

 由真は暗い自分の性格と変わらないと思った。

 「いやいや、白田さんは優等生だし、何か言いたい事があったら、ハッキリ言うじゃん?あいつは何を言いたいか、何を考えているかがまったく解らねぇ」

 寧々は大袈裟なポーズを取って、表現してくれる。何とも賑やかなだと由真はただ、圧倒されるだけだった。

 「今井さんが殺人を犯したと思っている?」

 「はっ?違うの?」

 「解らない。ただ、警察はそうは断定してないみたいだから」

 「へぇ・・・じゃ、あいつも殺されたってこと?」

 寧々は由真の言葉に食い付く。

 「あくまでも私の憶測よ」

 「でも、白田さん、いっつも難しそうな探偵小説を読んでるじゃん。探偵とか出来るんじゃね?」

 「そんな簡単んじゃないよ。それに、警察みたいに捜査が出来るわけじゃないから、実際の探偵は推理小説のようにはなれないよ」

 「えぇぇええ、マジかよ。漫画みたいに女子高校生探偵になれるかと思ったのに」

 教室中に響き渡るかと思うぐらいの声で寧々が言うので、恥ずかしくなる由真。

 「まぁ・・・探偵ごっこの真似事なら出来るけど・・・あのね。少し聞きたいんだけど・・・」

 由真は小声で寧々に色々と尋ねた。

 

 何事かと思った。

 突然、白田由真が隣の飯星寧々と話をしているかと思ったら、飯星が突然、大声を出した。教室中の視線がそこに集まり、白田由真と飯星寧々に集まっている。私も凝視してしまったよ。

 飯星寧々。

 白田由真とは真逆なキャラクターであり、白田由真と交わる事の無い人物だと思っていた。予想外にも二人は何かを会話をしている。由真はあいつから何を聞き出しているのだろうか?

 飯星寧々はただのギャルだ。

 あまり頭の良い方じゃない。しかし、遊び仲間が多い。それらを考えると、情報量が多いとも言える。これまで、あまり、私の視野には入っていなかったが、白田由真と急接近している事を考えると、要注意人物に組み入れるべきだろう。

 この想定外の事態に私には成す術が無い。

 対処手段を一切、持ち得ない事こそ、まさに想定外だったというべきだろう。

 今井千夏と言い、現実とは想像を遥かに超えて来てくれる。

 だが・・・そんな事を考えているだけじゃ駄目だ。

 警察も今井千夏が犯人じゃないとみている。

 捜査の進展具合は解らぬが、どうも、ネットの書き込みでは、警察が今井家の裏の家に家宅捜索をしたようだとある。多分、侵入経路を暴かれたのだろう。警察がどこまで事件の真相を掴んだのだろうか?

 事件の真相など簡単な物だ。普段より、夜間に出勤する裏の家に必要な道具類を庭木の裏に忍ばせておいた。住人が庭の手入れに無頓着な事は知っていた。前々から、今井家の無線LANの親機に侵入する為にこの家は使っていたから解る事だ。

 今井家の裏側には防犯システムは一切無いのもリサーチ済みだ。扉も古いサッシ戸だから、鍵を開けるのも何度も扉自体を揺らす内に外せる物だった。中に入って、最初にした事は両親の殺害である。

 硫化水素をボンベの中で発生させた農薬散布器を使い、両親の寝室の扉の隙間から硫化水素を流し込んだ。それで両親を殺害。その後、今井千夏の部屋に向かう。彼女も眠りに就いていた。静かに近付き、カプセルに入ったテトロドトキシンを強引に飲ませる。口にカプセルが入れられた瞬間、熟睡していた今井千夏が暴れ出したが、何が起きているかさえ解らぬ混乱状態で力など出せるわけがなく、彼女は口の中で溶けたテトロドトキシンの毒ですぐに呼吸困難へと陥った。

 殺害を終えて、用意したペンキとハケで壁に絵をなぐり描き、最後にハケの柄を今井千夏に握らせ、放置しておく。すぐに一階へと移動して、運び込んでおいた多量の薬剤を風呂桶に入れて、硫化水素を発生させた後、裏戸を閉めて出る。この時、単純な鍵を閉める手段は無いが、鍵が掛かっていると誤認させるために扉のレールをズラしておいた。レールからズレているだけで扉は開け難くなる。こうするだけでも慌てている人間には鍵が掛かっていると誤解させる事が出来る。

 1階で多量の硫化水素を発生させたのは事件発覚を遅らせる事。無理心中に見せかける事。事件自体を派手に演出する事だった。それらの目的は無事に達成された。マスコミやネットはそれで騒いでいる。ただし、警察は思ったよりも賢かったようだ。

 警察が未だに今井千夏の事件について、公表を控えているのが気になる。こちらには警察の状況を探る手段は無い。マスコミとネットによる憶測だけが唯一のツールである。警察との読み合いは想定していた事ではあるが、さすがにイレギュラーな殺人による反応までは読み切れないと感じる。

 何事もミスをする時は、己の想像を超えた部分に躓くからだ。これが私にとって、そうで無いようにするために、私は全力で事に当たらねばならない。


 これだけ事件が起きても、学校は平常通りに動いている。無論、教育委員会から派遣された心理カウンセラーが保健室に常駐するなど、生徒の心理面を考慮したり、部活動が制限されたりなどがあるが、それでも平穏を取り戻していた。

 校内には一人の警察官が巡回をしており、常に生徒達に目を光らせている。当然ながら、校内に居るかもしれない犯人から生徒達を守る為に配置されているわけだが、そのせいで、校内の不良達は肩身の狭い思いをしている。

 警察官は毎朝、所轄の警察署から白い原付スクーターにて、学校に来る。時刻は生徒達が登校してくるより少し早い程度だ。学校に到着すると職員室で着任の報告を行い、すぐに校内の見回りを始める。警察は午前と午後で交代する事になっており、常に校内を見回って歩く警察官が居る状態を作っていた。彼等に当初、与えられたいた命令は怪しい人物の発見ではあったが、そのような輩は発見される事無く、今は校内の安全を確保し、生徒達が不安にならないようにする事が目的となっていた。

 いつも通りに一人の警察官が学校に現れた。職員駐輪場に白い原付スクーターを駐車する。彼はすぐに職員室へと向かった。

 その日、いつもの時間に警察官は職員室に現れなかった。教頭はおかしいなと思いつつも、朝礼の準備に気が向いてしまった。午前の授業が始まっても警察官が現れない事に気付いた教頭は警察署に連絡を入れた。

 「近藤巡査長は学校の方に向かったはずです」

 警察署から返事を聞いた教頭は、まだ、現れていない事を説明する。様子がおかしいので、教頭はいつも警察官が駐車している職員駐輪場を見に来た。そこには白い原付スクーターが駐車されていた。

 「おかしいな・・・見回りをしているのかな?」

 彼はそう思って、ブラリと校内を見回る事にした。ひょっとすれば、どこかで遭遇するかも知れないからだ。授業が始まり、校内は静かであった。授業をする教師の声が響き渡る。それを聞きながら彼はリノリウム張りの廊下をゆっくりと歩く。広い校舎で一人の警察官と遭遇するのは難しいと思いながら、不意に2階の廊下の窓から外を見た。すると、プールを見下ろす事が出来たが、そのプールの中央が真っ赤に染まっていた。

 「なんだ?」

 プールの中央に広がる赤色に彼は目を細めながら、じっくりと見た。瞬間、彼は信じられない光景を見た。彼は驚きながらも慌てて駆け出す。すぐに職員室へと飛び込み、事務員に叫ぶ。

 「警察官がプールで死んでいる。すぐに救急車とパトカーだ」

 混乱する彼だったが、すぐに職員室に残っている数人の教職員を連れて、プールへと向かった。プールサイドへと到着すると、プールは赤く染まっていた。そして、改めて、校長は浮いている警察官の身体を見た。

 「は、早く、助けましょう!」

 教職員達は慌てて、プールに飛び込み、歩いて、警察官の身体に近寄り、その身体を引っ張りながら、プールサイドに上げた。その身体はとても冷たく、生きている事など絶望的であった。背中には一本の矢が刺さっている。

 「死んでいるのか?」

 教頭は恐る恐る救護活動をする教職員に尋ねる。

 「息も・・・心臓も動いていません・・・死んでいるとかしか」

 念のために持って来たAEDも役には立たなかった。

 

 すぐに警察が捜査を開始した。

 被害者は近藤仁巡査長。

 28。独身。

 勤務態度は真面目。問題は無し。

 死因は背中から刺された矢に塗られていた青酸カリ。

 矢はボウガン専用の矢である。

 そして、用いられたとされるボウガン本体もプールサイドに転がっていた。

 「ボウガンか・・・入手経路から割れると思うか?」

 ベテラン刑事は若槻に尋ねる。

 「通販、店頭で買っていてくれれば、少なくても・・・」

 若槻は口籠る。

 「そんな簡単な事件なら楽なもんだよな」

 ベテラン刑事は溜息混じりに呟く。

 問題は大きかった。殺害された近藤巡査長のホルスターから回転式拳銃が奪いさられていた。

 スミス&ウェッソン社製 サクラM360J回転式拳銃。

 38口径の拳銃である。

 「拳銃か・・・拳銃を強奪する事が目的で、ボウガンに青酸カリまで塗ったのか?その方が遥かに威力はあると思うが?」

 ベテラン刑事が若槻にそう問い掛けると、彼も頷く。

 「拳銃なんて、素人が使っても当たらないし、当たっても確実に殺せるかどうかは解らないですからね。それでも拳銃が欲しかったのか。そこまで考えていなかったのか・・・」

 若槻の疑問にベテラン刑事も頭を悩ます。そこに若槻が問い掛ける。

 「繁さん。この事件も例の事件絡みでしょうか?」

 その問いにベテラン刑事も答えを窮する。

 「何でも・・・かんでも同一視するのは危険かもな。今回の事件は二階堂由美からとの事件と一致する共通点は無い。使っている毒薬も青酸カリだ。模倣犯・・・とか、愉快犯の可能性もある」

 「確かに・・・じゃあ、別で捜査するんですかね?」

 「それは上が決める事だ。それよりも早速、マスコミが集ってきている。面倒だから退散するとしよう」

 ベテラン刑事達は鑑識作業が進むプールサイドから姿を消した。

 

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