第15話 連続殺人

 黄色いユリの裏花言葉・・・それは嘘。

 嘘をついた者に罰を与えた。

 彼女が望むように・・・。

 彼女は殺人犯として、世間では騒がれている。

 それが嘘だとは知らず、皆が、殺人犯の一家心中で湧き上がっている。

 ネットには彼女や彼女の両親を揶揄するような罵詈雑言が並ぶ。

 狂おしい程に愚者の集まりだよ。

 だが・・・白田由真は・・・私の選んだ彼女は、どうやら・・・愚者共とは違う動きをしているようだ。隅から隅まで見通す事が出来ないのがもどかしい。彼女が今、何を考え、どうしているのか。それを想像するのがとても楽しい。

 さぁ、ゲームはまだ、続いている。次の犠牲者が出るまでに彼女はどうするか。それを楽しみに見届けよう。


 由真はスマホで黄色いユリの花言葉について調べた。

 「怖い方の花言葉としては・・・偽り」

 由真の言葉にその場が沈黙する。

 「偽りって事は?」

 由真がその沈黙に耐え切れずに誰かにと言うわけでもなく、問い掛ける。それに呼応するように遠縁坂が答える。

 「可能性としては・・・自分は犯人じゃない事を、虚言であった事の告白として、描いたか・・・」

 続きをベテラン刑事が告げる。

 「真犯人が、こいつは偽物だとするメッセージとして残したか。だとすれば、テトロドトキシンを使ったのも、二階堂由美を殺したのと同一犯だと言うメッセージかも知れないな。事実、今井千夏の自宅からはテトロドトキシンは発見されていないし、入手した形跡も無い」

 「今井千夏は偽物で、彼女を殺した殺人犯は二階堂由美を殺した犯人と同一人物・・・つまり、これは明確な連続殺人だと考えても良いわけですね?」

 遠縁坂はベテラン刑事に詰め寄る。

 「可能性があるだけだ。まだ、今井千夏が殺害されたという証拠を発見していない。捜査本部はまだ、一家心中だとみているしな」

 「だけど・・・このまま、一家心中で幕を引いたら・・・犯人は新たな殺人を犯すんじゃないでしょうか?」

 由真が少し怯えた感じに言う。

 「それも・・・可能性だ。そもそも動機の解らない事件だ。いや・・・殺す事が動機か・・・まずいな」

 ベテラン刑事は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 「繁さん、どうしますか?とりえず、見解だけでも捜査本部に伝えますかね?」

 若槻がベテラン刑事に尋ねると、彼は無言でそうしろとジェスチャーする。

 「俺らは・・・今井家の裏の家を捜索する。何か痕跡があるかも知れないからな。ただ、嫌な予感がする。お前等、あんまり頭を突っ込むな。それとヤバいと感じたら、お前等にも情報ぐらいは教えてやるから、電話番号を教えろ」

 由真達はベテラン刑事に電話番号を教えて、その場を去って行く。

 

 今井千夏の裏の家では家宅捜索が行われていた。鑑識職員が家の中から庭まで丹念に調べ上げる。

 その結果、事件に繋がる一つの手掛かりが発見された。

 「パターンの無い・・・ゲソ痕だと?」

 捜査本部では鑑識から持ち込まれた足跡を取った石膏型をマジマジと見る。

 「はい。本来なら、ここには靴底にあるパターンも残っているはずですが、このゲソ痕には一切、パターンがありません」

 彼等が持ち込んだ足跡は裏の家から今井千夏の家の裏庭まで残っていた物だ。すなわち、これが今井家に侵入した者の足跡だと鑑識は推測している。

 「当然ながら、今井家、裏の家の住人の履物に合致する物はありません」

 「パターンの無い靴・・・滑りやすいだけだと思うが・・・なぜ」

 捜査本部の刑事が不思議そうに言うと、鑑識はビニールで出来た靴カバーを出す。それは鑑識などが現場を荒らさないために用いる物だ。

 「答えはすぐに解りました。犯人はどうしても残ってしまうゲソ痕で個人が特定されないようにこれと類似した物を用いて、パターンを消したのだと思います」

 鑑識の説明に、その場で聞いていたベテラン刑事も眉間に皺を寄せる。

 「繁さん・・・犯人は相当に用心深いですね」

 「あぁ、あれだとゲソ痕だけじゃない。犯人の靴に現場の土なども着かないから、調べようもないってわけだ」

 「あと、調べた結果、裏の家ならば、今井家から発せられた無線LANの親機の電波を充分に受信が可能であります。今井家の無線LANの親機は乗っ取られていた可能性が高いと、鑑識では結論付けます」

 鑑識の報告が終わる。捜査本部は騒然としていた。一家心中の線は完全に無くなり、連続殺人という最悪のシナリオが現実になってきたからだ。捜査を指揮する捜査一課長はベテラン刑事を呼ぶ。

 「繁さん・・・あんたは凄いよ。お蔭でこちらは人手不足だ。二階堂由美の事件んだけじゃなく、新島早苗の事件まで掘り起こしになった。あと、記者の女の件もな」

 「やはり、自殺じゃない方になりましたか?」

 神戸茜の事件は当初より、車の燃え方などが自殺にしても不自然な点が多い事から、他殺を視野に入れていた。

 「同一犯の可能性を入れる事になった。神戸茜は取材の結果、真犯人に辿り着いた。だから消されたって筋書きじゃないかって上の方が押し付けてきたよ」

 捜査一課長は嫌そうな顔をして話す。

 「なるほど・・・まぁ、良いんじゃないですか?あながち、間違っているとも思えませんし」

 ベテラン刑事は微かに笑う。

 「繁さん、何か、知っている口ぶりだな?」

 捜査一課長がベテラン刑事を鈍い眼光で見る。

 「嫌だな・・・何も知りませんよ」

 ベテラン刑事は笑いながら答える。

 「ふん・・・あんまりスタンドプレーするなよ。あんたの尻拭いの為に俺は居るんじゃないからな?」

 「はいはい」

 ベテラン刑事は退散するように会議室から出て行った。


 夜更け過ぎ。

 由真が眠ろうとしている時に電話が鳴った。着信相手を見ると、ベテラン刑事だった。由真は慌てて通話を押す。

 「何かありましたか?」

 「あぁ、寝てたかと思ったよ」

 相手はのんびりとした感じだった。

 「いえ、これから寝ようかと思ったところです」

 「それは悪かったな。ただ、色々、こっちも動きがあってな。ちょっと意見交換って奴だ」

 「意見交換?」

 「あぁ、互いになかなか、動き辛いところってあるだろ?警察の事はお前達じゃ解らない。だが、学校の中の本当の所は俺らにも解らない。互いにそう言ったところを補おうじゃないか?」

 「突然・・・」

 由真は一瞬、考える。確かにこれは警察の情報を手に入れるチャンスではある。しかし、二日前にあった感じでは、かなり老獪な感じの刑事だった。下手をすれば、飲み込まれるだけで、何もならないのでは?そんな不安が巡る。

 「あの、明日・・・遠縁坂君も一緒の場ではいけませんか?」

 「遠縁坂って、あの転校生の・・・そうだな・・・解った。俺も女子高生に夜中に電話しているとか二人きりで会っているなんてバレたら、結構大変な事になっちゃうしな。良いよ。じゃあ、神社で会おう。時間は?」

 「前と同じ夕方でお願いします」

 「解った。まぁ、君達も出来たら、おじさん達の興味を惹くような情報を持ってきてくれると嬉しいな」

 ベテラン刑事はそう言い残して、電話を切った。由真は慌てて、遠縁坂のスマホに電話を掛ける。

 

 「なるほど・・・話は解ったけど、あの刑事さんが素直に情報をくれるとは思えない。何かしらの要求があると考えるべきだね」

 遠縁坂は由真からの電話にそう答える。

 「何かしらの要求?」

 由真は不安そうに尋ねる。

 「多分、警察では解り辛い事・・・例えば、クラスの中の人間関係とか、実際の人物像みたいな事かな」

 「それは・・・遠縁坂君が調べていたじゃない?」

 遠縁坂のノートを見せて貰った時に彼は事細かくクラスメイトの性格などを書き留めていた。

 「あぁ、でも、僕はあくまでも転校して来てからの事しか解らない。それも二階堂由美が殺されてからの事しかね。実際はそれ以前はどんな人間関係があったのか。かなり興味深く、聞いて回っているが、二階堂由美の死に対して、皆、言葉を濁したり、慎重になっている。真実は解らないんだ。

 「あぁ・・・なるほど」

 「君だってそうだよ。僕は何度か尋ねたけど、他人に興味が無いの一言で、終わってしまっている」

 「だって・・・本当に興味は無いわけだし」

 由真は困ったように答える。

 「不思議なんだけど・・・君はミステリー小説を読むのが好きな癖に、なんで、他人に興味が持てないの?」

 遠縁坂は素直に疑問を由真にぶつけてくる。それに困惑するしかない由真。自分の事をそこまで深く考えた事など無かった。とにかく、他人と関わるのが嫌だった。それだから、小説の世界に逃げ込んだのかも知れない。それがミステリー小説なのは偶然なのか、解らない。だが、好んで読んでいる。

  黙り込んでしまった由真に遠縁坂はさすがに聞いてはいけない事を聞いてしまったかと思った。

 「ご、ごめん。変な事を聞いてしまったね」

 電話口でも解るぐらいに遠縁坂の声が動揺しているのに気付いた由真は我に返る。

 「う、ううん。良いの。正直、自分でもその辺の事は良く解らないの。なんで、人を避けて来たんだろうって・・・」

 その日の電話は気まずいまま、終わった。


 翌日、この間と同じ、夕方の時間に神社に由真達が来るとベテラン刑事と若槻が待っていた。

 「よう・・・待ったぜ」

 ベテラン刑事がニヤリと笑いながら嫌味を言う。

 「すいません」

 由真は素直に頭を下げる。

 「それより・・・白田さんにわざわざ、話を持ちかけるなんて・・・珍しいですね?」

 遠縁坂が開口一番、ベテラン刑事に投げ掛ける。

 「んっ?そうか・・・俺は、捜査がとっとと解決して、いつもみたいに簡単な事件の捜査をマイペースにやれる日常が戻れば、それで良いだけさ。その為に使える奴は使う。それだけの事だ」

 ベテラン刑事は由真を見据えた。

 「それで・・・お嬢ちゃん達も少しは俺らの役に立ちそうな情報ぐらいはあるのかな?」

 由真は困惑する。

 「その顔じゃ、あまり期待が出来ないが、それはこれから返して貰うって事でOKだ。それじゃ、俺から話をしよう」

 ベテラン刑事が二人を前にして、余裕のある笑みで話を始めた。

 「簡単に言えば、二階堂由美、新島早苗、神戸茜、今井千夏と家族は他殺の線が濃厚となっている。しかも同一犯」

 由真は一瞬、驚くも、それは薄々、気付いている事だった。

 「確証はあるんですか?」

 遠縁坂がベテラン刑事に問い掛ける。

 「確証か・・・正直、それが掴み切れないから、捜査は難航中。ただ、自殺だと思われていた事件も他殺の線が出たという事と、それぞれの事件の被害者が同じ地域、特にこの二階堂由美の事件の周辺で起きた事から、その線を探っているだけに過ぎない」

 由真は考えていた。

 「あの、二階堂さんと外の被害者達はあまり交友関係があるように思えないですけど、私がこれまで見ていた中でも特に親しいって程には思えなかったのですが」

 幾ら、他人に興味が無くても、教室の空気ぐらいは多少、読める。明らかに不良の二階堂由美。優等生の新島早苗。あまり他人との交友があるように思えなかった今井千夏。彼女三人の接点など存在するとは思えなかった。

 それを聞いたベテラン刑事はコクリと頷く。

 「その通りだ。それが不可解な点の一つでもある。怨恨などの線でいけば、三人の共通の交友関係の中に犯人が居る。そう考えるのが普通だが・・・残念ながら、そいう存在は我々は把握していない。あまりにも離れ過ぎていて、絞り切れなかったのが実情だ」

 「じゃあ、あくまでも二階堂由美の周辺で殺人が多発したから、連続殺人の可能性を視野に入れているんですね?」

 遠縁坂が確認するようにベテラン刑事に問う。

 「あぁ・・・無論、模倣犯って可能性も考えてはいるが・・・どっちにしても犯人はあの学校・・・特に君達のクラスに居ると思うんだけどね」

 「確証の無い話ですね」

 遠縁坂が一言でベテラン刑事の考えを遮る。

 「あぁ・・・そうだ。残念ながら、警察の限界って奴だよ。本当ならクラス全員の家宅捜索をしたいところだが・・・さすがにそれは裁判所が認めてくれない。余程の尻尾を掴まないと・・・な」

 ベテラン刑事は蛇が蛙を睨むような嫌な視線を遠縁坂に送った。

 「なるほど・・・その尻尾を僕達に探して来いと?」

 遠縁坂は呆れたように答える。

 「まぁ・・・それほど、期待しちゃいないが・・・一番、近くに居る君達なら我々では解らない何かが解るんじゃないかと思ってさぁ」

 「何か・・・?」

 由真は微かに心が震える。

 これまで、他者など、何も興味など惹かれなかった。しかし、連続殺人が起きて、その事件を暴く事。それが自分に任される。それはこれまでの平坦な人生の中で、彼女が諦めていた興奮だった。

 「やります」

 由真はベテラン刑事を見つめて、そう宣言する。

 「そうか・・・まぁ、無理はするなよ。これは頼み事と同時に警告でもあるんだ。お前等の隣に殺人鬼が居るかもしれない。次に狙われるはお前等かも知れないからな。それを防ぐ目的もあって、話をした事を忘れないくれよ」

 ベテラン刑事は二人にそう告げるとその場から歩み去って行く。

 

 

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