第14話 プロ見習いは戦略を示す


「いやー、やるね、ケージ君!」


 トレーニングルームの外にいるコノメタが、興奮した調子で言った。


「10回連続で、それもコンボを繋げながらクリティカルを出す人間なんて初めて見たよ! めちゃくちゃなアバター操作精度だね、キミ!」

「昔取った杵柄だよ」


 この台詞、早くも便利な言い訳として使い慣れてきた感があるな。


「ジンケ。かっこいい。抱いて」

「はいはい、あとでな」

「やった」


 続いて聞こえてきた淡々と変なリリィの発言は適当に受け流しておいた。声だけだとますます意図が読みにくい。


「どうかな、ニゲラちゃん? 私が連れてきた新入り君は!」

「……そうね」


 次のラウンドが始まるまでのわずかな間。試合開始の地点に復活した金髪ツインテ巨大メイス少女ニゲラは、幼い顔を険しくして言った。


「アバター操作精度に関しては、褒めてあげなくもないのだわ。こういうのをニッポンでは『人間性能が高い』って言うのかしら?」

「お褒めに与り光栄です、先輩」


 おどけて言ってみたが、ニゲラ先輩は険しい表情を変えない。


「でもね」


 先輩は半ば突きつけるように、半ば諭すように言う。


「負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど、ただの初見殺しなのだわ、あんなのは。MAOの対人戦ルールは基本的に3ラウンド制。多くの大会では、それを2回も3回も繰り返す。場合によっては10回繰り返すことだってあるわ。そういう闘いでは、戦略を持たない人間に勝利が訪れることはない」

「オレには戦略がないと?」

「ないのだわ。今のところ」


 きっぱりと告げ、ニゲラは2メートル超のメイスを背後に振り被った。


「お手本を見せてあげるのだわ。真に勝利を得る人間の闘いが、どういうものか」


 そして、2ラウンド目が始まる。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




「轢死なさい!」


 歴史?

 と思った直後、オレの前髪が靡いた。

 風だ。

 ニゲラが大きく振り回した巨大なメイスが、風を巻き起こしたのだ。


「んなっ……!?」


 竜巻――あるいは、巨大なコマだった。

 ニゲラは自分を中心にぐるんぐるんとメイスを回転させ――そのまま突っ込んでくる!

 とっさに回避できた自分を褒めてやりたかった。あんなもの、巻き込まれたらタダじゃ済まないと一目でわかる。ミキサーにかけられた果物みたいに轢き潰されておしまいだ!

 が、自分を褒めるのはまだ早かった。――オレの想定よりも、メイスがデカい。避け切れなかった。巨大メイスの先端が肩にぶち当たり、オレは派手にぶっ飛ばされた。


「うおっ……!?」


 驚いたのは、吹っ飛ばされたことにじゃない。瞼の裏の簡易メニューに表示された自分のHPが、3分の1ほども減ったことに対して驚いたのだ。

 掠っただけなのにこの威力……!? なら、直撃なんてしたら、印象通り……!

 考えてる暇はなかった。

 ニゲラは回転を止めないまま、再びこっちに向かってくる!


 速い。走ってるのと似たようなスピードだ。前なんてまともに見えないはずなのに、どうやってんだアレは!

 逃げるか? ……いや、逃げ回ってもタイムアップになるだけ。そうなれば体力差で負ける!

 ――なら。


「おっ?」


 オレは正面から突っ込んだ。

 慎重に見極めろ。回転するメイスの間合いを。今度は測り間違えない。ギリギリまで、ギリギリまで見極めて――

 ここだ。

 ――スライディングする。

 ニゲラの低身長ゆえに、メイスの回転位置はかなり低い。だが、スペースはあった。スライディングで潜り抜けることは可能だった。

 そして、回転の軸になっているのは、ニゲラの足だ。

 それを払えば、回転は止まるが道理――再び回り出す暇を与えなければ、勝利は勝手に転がり込んでくる。

 滑り込んだオレの足が、ニゲラの足を宙に浮かせた。

 成功だ!

 これで――


「フン」


 宙に浮き、死に体となったニゲラが、真下のオレを見た。


「浅い」



 ――ガンッ!!



 それは、巨大なメイスが床に叩きつけられた音だった。

 その反動によって、ニゲラは空中で体勢を立て直す。


「うそっ――」


 ――だろ?

 言い切れなかった。

 次の瞬間、ニゲラに勢いよくメイスを振り下ろされて、オレはあっさり死亡した。




【ROUND2:YOU LOSE】




「対応が早かったのは褒めてあげるのだわ」


 最初の地点に戻り、3ラウンド目の開始を待つ間、ニゲラは平然と言った。


「でも、その程度はこっちだって想定している。対策の一つや二つ用意していて当たり前なのだわ」


 何が当たり前だ。武器を床に叩きつけた反動を使って、空中で体勢を制御するなんて、普通の人間にできることか。

 回転したまま正確に相手に向かっていくことすら、きっと常人には難しい。フィギュアスケーターに勝るとも劣らないバランス感覚と空間把握力が必要になるはずだ。

 ……これがプロゲーマー。確かに、並じゃない――


「……ご指導痛み入りますよ、先輩」

「最初からそうやって殊勝になっておけば――」

「でも、格ゲーマーにはこんな言い回しがありましてね」


 オレは不敵に笑い、プロゲーマーに告げた。


「オレ、2ラウンド目は遊ぶんで」

「……便利な言い訳ね」

「だろう?」


 オレは笑ってみせる。余裕をアピールする。ニゲラに――そして自分自身に。


「プロゲーマーの戦略、とくと見せてもらった。まあほんの一部でしかないんだろうけど」

「当然なのだわ」

「だから、お返ししないといけねーよな」


 カウントダウンがゼロに迫った。


「ゲームセンターという戦場で培った、オレの生存戦略ってやつを」


 ラウンド3。

 最後の闘いが始まる。




◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆




 コノメタは壁に取り付けられた大きなモニター越しに、対峙するジンケとニゲラを眺めていた。

 そして不意に、ぽつりと呟く。


「VRゲームは、普通のスポーツのように肉体を鍛える必要がない」

「……?」


 隣にいるリリィが、不思議そうに彼女の顔を見上げた。


「非VRのゲームのように、指先の繊細さが求められるわけでもない。VRゲームは、純然に、100パーセント、知性と精神がすべてを支配する競技なんだよ。わかるかな、リリィちゃん?」

「うん」

「そこへいくと、確かにさっきのジンケ君には、知性も精神もありはしなかった。あったのはただの反射神経とアバター操作力――いわゆるセンスってやつだね。それだけじゃあ、ほんの一時ことはできても、ことはできない」

「勝ち続ける……」

。それがプロゲーマーにとって、一番重要なことだ。

 eスポーツと他のスポーツには、決定的に異なるところが一つある。

 それは、アップデートだったり新作の発売だったり、ほんの2~3年の周期で、競技環境がガラッと変わってしまうことだ。

 培ってきた技術やノウハウは、途端に使えなくなってしまう。

 プロは、それでも勝たなければならない。

 そうしないと、『あいつはあのゲームだけだったな』とか『あのとき大会で勝てたのはマグレだろう』とか、そんな評判がついて回る。

 実際マグレだったかどうかはともかく――『マグレ勝ち』しかできないゲーマーに、スポンサーはお金を出してはくれないのさ」

「………………」


 リリィの目は抗議するようだった。

 ジンケの実力はマグレなんかじゃない、と。


「そんな目で見ないでよ。わかってるさ。だから私も彼をスカウトした。……さあ、存分に見せてもらおうよ――彼がどんな戦略で、プロを名乗ろうとしているのか」


 画面の中で、ニゲラが動いた。ラウンド3が始まったのだ。

 それはラウンド2の再現だった。

 ニゲラは巨大メイスの遠心力を利用し、コマのように回転する。

 それはニゲラの基本戦法だった。彼女はあの戦法を軸に戦略を組み立て、プロゲーマーの世界で勝ち続けている。

 人呼んで『黄金車輪』――彼女の金髪ツインテールが、その回転を黄金色に見せることから付いた名だった。


 一度回り出したニゲラを止めることは至難の業である。

 不用意に近付けば吹っ飛ばされるし、多少の攻撃はアーマースキルではねのけてしまうのだ。

 そして、2ラウンド目で起こった通り、バランスを崩したところであっさりと体勢を立て直してみせる。


「さあ、どうする……?」


 果たして、ジンケは―――


 ―――極めて無造作に、自ら一歩踏み出した。


「えっ?」

「ジンケ?」


 コノメタとリリィは、揃って疑問の声をあげる。

 まるでコンビニでも行くかのような気軽さで、殺人的な『黄金車輪』に自ら近付いていくのだから。

 このままでは、回転するメイスに激突して吹っ飛ばされる。

 そう思われたが――

 異常事態は、彼と『黄金車輪』が重なった瞬間に起きた。


「あっ!?」

「うそ」


 観戦者の二人は、愕然とするしかなかった。

 ジンケは―――避けたのだ。

 高速で回転するメイスを、完璧なタイミングで、しゃがんで回避した。

 そして、ごくごく平凡な足払いを繰り出す。

 ニゲラの身体が宙に泳ぐが、これもまたさっきの繰り返し。

 ガンッ!! とメイスが床を叩いて、ニゲラは体勢を立て直した。

 その反動を使い、真下にいるジンケを叩き潰そうとメイスを振り下ろす。

 ――が。

 また避けた。

 ひらりと、横に動いて、紙一重で。


「マグレじゃない!!」


 彼は今、ニゲラがメイスで床を叩く前から回避動作に入っていた。まるで型の決まった演舞のように――相手がどう動くかわかっていたかのように。

 しかし、ニゲラの動きはまだ止まらなかった。

 床を叩いた衝撃で、真上へと跳ね上がる。アバターの体重が軽いからこそできる芸当だった。

 彼女は空中で、ぐるぐると縦に回転した。

 そこから繰り出される一撃は、遠心力と重力が乗るため、ニゲラの通常攻撃の中では最大の威力を持つ。VIT無振りの相手ならば、一撃でHPを吹き飛ばしてしまうほどだ。

 しかし、その威力が発揮されるまでには、数瞬の猶予があった。

 また避けるか。

 そう思ったコノメタだったが――


第五ショートフィフス・カット発動ブロウ


 ジンケはショートカット・ワードを唱え、上空のニゲラに向かって、槍を振り被った。

 槍が全体に稲光を帯びる。

 コノメタはそのエフェクトを知っていた。


「《雷翔戟らいしょうげき》だって……!?」


《雷翔戟》。

 雷属性を付与した槍を、体技魔法である。

 ――1対1の闘いで、唯一の武器を投げる。

 その蛮行は、次の瞬間、実行に移された。


 回転しながら落下するニゲラを、立ち上る稲光が迎え撃つ。


 武器を投擲するというリスクを負う分、《雷翔戟》の威力は高い。《ロマン砲》などと仇名されるほどだ。

 だが――それではダメだ、とコノメタは思った。

 どれだけの威力でも、たった一撃。

 急所に当たるコースでもない。

 あれでは、ニゲラのアーマーは貫けない。

 彼女の攻撃モーションをキャンセルできない。

 HPを削りきるのにも至らない。


 結論。

 ジンケはメイスに叩き潰される。




 そのはずだった。

 投げ放たれた槍が、ニゲラの身体に当たっていれば。




《雷翔戟》が炸裂したのは、ニゲラの小柄な身体のどこでもなく。

 振り下ろされる寸前。

 重力と膂力が込められる一瞬前の、メイスだった。


「はっ……?」


 起こったことを、コノメタはにわかには信じられない。

 真上に投げ放たれた槍は――

 メイスが最も力を失った一瞬を突き――


 ――それを深々と貫いて、ニゲラの手から奪い去ったのだ。


 ガツンッ! というのは、貫き貫かれて一体となった槍とメイスが、天井に激突した音。

 それとほぼ時を同じくして、


「うにあっ!」


 メイスの遠心力をなくしてバランスを崩したニゲラが、べちょっと床に墜落していた。

 それから。

 槍に貫かれたメイスが、天井より落ちてくる。

 ゆっくりと回転しながら落ちてきたその柄を、ジンケが両手で器用にキャッチした。


「うわっ。おっも」

「え。え。え? ちょっ――」


 丸腰のニゲラには何もできない。

 ジンケの手に渡ったメイスが、大きく振り上げられた。


「目ぇ瞑っとけよ。せーのぉっ……!!」

「きゃあああああ――――っ!!!」


 ニゲラの悲鳴を、メイスの音が叩き潰した。




【ROUND3:JINKE WIN!】




 モニターに出た表示を見て、プロゲーマー・コノメタは思わず呟く。


「……こりゃやべー奴スカウトしちったな……」

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