第3話 伝説は見逃さない
●ジンケ
キャラクターレベル:8
魔法流派:ウォーリア流(流派レベル17)
クラス:槍兵
HP:163(クラス補正↑)
MP:50
STR:114(クラス補正↑↑/装備補正値+30)
VIT:73(装備補正値+13)
AGI:63(装備補正値+3)
DEX:66(スキル補正↑/クラス補正↑↑)
MAT:70
MDF:50
ステータスポイント:240
スキル:
《直感》(熟練度28/近接攻撃の与ダメージ増)
《槍術》(熟練度28/槍系武器の与ダメージ増)
《受け流し》(熟練度4/DEX上昇補正・小)
《騎乗》(熟練度1)
使用可能魔法:
《ファラ》(熟練度3)
《
《
教都エムルの南東にある《スカノーヴスの森》で、オレたちは3時間ほどモンスター狩りに勤しんだ。
スカノーヴスの森は木々の密度もさほどではなく、明るくのどかな雰囲気の場所だ。たまに行き当たる開けた場所には、一部のプレイヤーがボランティアで管理しているという簡易拠点もあって、初心者が狩りをするには絶好の場所だという。
「おー、結構レベル上がったな」
「うん。もうちょっとモンスターが強いとこに移動してもいいかも」
同じスカノーヴスの森の中でも、奥のほうが強いモンスターが出現するようだ。
オレたちは踏み固められた森の小道をさくさく歩いていく。
「これも、デートっぽくていい」
柔らかな木漏れ日を浴びながら、リリィは半歩分、こっちに近寄った。逃げるのも何なので、オレは動かない。
「モンスター狩りデートか。血生臭いこったな」
「夢、叶った」
「夢? これが?」
「うん」
……どうにも反応に困ってしまう。
リリィ――森果について、クラスの無責任な男子どもは、『とりあえず付き合ってみりゃいいじゃん』などと簡単にほざいてくる。だけど、森果の気持ちが素直に伝わってくるからこそ、そんないい加減なことはできなかった。
真面目なのだ、意外と。
……単に、こんなに懐いてくれる女の子を傷付けてしまったらと思うと、過去の失敗を思い出して怖いってだけの話なんだけどな。
ヘタレと笑わば笑え。
「あ」
リリィが不意に声をあげて、きょろきょろと周りを見回した。
「どうした?」
「……行き過ぎた、かも」
「は?」
「ここ……もう、スカノーヴスの森じゃ、ない」
なんだって?
オレは辺りの森を見回した。言われてみれば、ちょっと雰囲気が暗い気がする。
「国境の立て看板……見逃した……?」
「国境? ここはもう別の国なのか?」
「うん。早く戻らないと……」
リリィはきびすを返し、早足で戻り始めた。オレもそれについていく。
「モンスターが強いのか、この辺は?」
「ううん。スカノーヴスの森と同じくらい」
「だったらそんなに急がなくても」
「《法律》が違うの。国境を越えたから」
《法律》?
「説明した。プレイヤー国家システム」
「プレイヤーが自分の国を持てるってやつだろ?」
「領土内の《法律》は、領主が自由に決められるの。PKが可能かどうかも」
PK――プレイヤー・キル。
「教都エムルのエリアはPK不可・侵入禁止。でも、その隣のこのエリアは……」
「……可能で入り放題?」
リリィは首を横に振った。
「巣窟。初心者狩り専門
「……わーお」
思わず洋風に反応してしまった。
なるほどな――初心者狩りがしたい連中は、当然、初心者が来る場所の近くに集まる。
「オレたちみたいにうっかり国境を越えちまった初心者を虎視眈々と待ってるってわけか。コスい奴らだ」
「何回か、戦争してるんだけど。このエリアからPKerを追い出すために。でも、うまく粘られたり取り返されたりして、キリがない」
「奪った領土を防衛する手間もあるわけだしな」
「だから、国境にはいつも注意書きの立て看板があるんだけど……」
「見逃したか?」
「……かも」
いつもの無表情に、わずかだが陰りが差した。落ち込んでる?
「……ごめん。わたしが気をつけてないといけなかった……」
「いいって」
オレはリリィの肩にポンと手を乗せる。
「見逃したのはオレも一緒だし。それに、謝るのは何かあってからでもいい」
「ん……」
リリィはオレの手が乗った肩を見た。
「頭でもよかったのに」
「……いきなり女子の頭を撫でていいのはイケメンだけなんだよ」
「ジンケはカッコいいよ」
「やめろ。恥ずかしい」
オレは顔を逸らした。あんまり持ち上げられると落ち着かない。調子に乗っていた頃を思い出してしまう。
「とにかく、そんなに長い時間は歩いてなかったはずだ。すぐ元の場所に――」
「――――うわっ!?!?」
「「!?」」
オレとリリィは一斉に立ち止まり、右を見た。
今――森の向こうから、声が?
「――――だ、お前ら! やめろッ!!」
怒鳴り声!? 穏やかじゃねーな……。
「……他の人が、PKerに見つかったんだ」
「………………」
「早く行こ、ジンケ。わたしたちも見つかる」
「いや……様子を、見に行こう」
「えっ?」
再び歩き出そうとしたリリィが振り返った。
……あれ? 何言ってんだ、オレ。
様子を見に行く、だって?
「様子を……見に行く。逃げるのはそれからでも遅くない」
「ジンケ……?」
頭の中の理性と、口から出る言葉がちぐはぐだ。
でも――そうだ。行けと言っている。オレの右手が、見逃すなと叫んでいる――
「……わかった」
リリィがこくりと頷いた。それに、むしろオレが驚いてしまう。
「今日は、ジンケのやりたいことに、付き合うつもりだったから。でも、危なそうだったら――」
「ああ。すぐ逃げる。安くないんだろ? デスペナルティってやつも」
「うん」
「……じゃあ、行こう」
オレたちは小道を逸れ、木々の中に分け入った。豊かに茂る下生えを踏みつけて、声がするほうに向かう。
「――PKかよ……! このエリアには入れないんじゃねえのか!?」
「迂闊だぜ、お坊っちゃんよ。ここはもう俺らの縄張りだっ!!」
声がはっきり聞こえてきた。
木々の隙間に人影が見えたところで、リリィに後ろから肩を掴まれる。
「ストップ。これ以上は《索敵》スキルに引っかかる」
「……了解」
オレたちはそこで立ち止まり、茂みに身を隠しながら様子を伺った。木々の密度が薄くなった空間に、4人ほどのプレイヤーが集まっている。
2人組の男と、1組の男女とが対峙しているようだ。
男女のそばには……なんだろう、あれ。人魂みたいなのが浮かんでいるように見える。
「一人やられてる」
リリィが小さな声で言った。
「あの人魂は、蘇生待機状態のプレイヤー。死ぬとああなるの」
「……殺ったのは、考えるまでもねーか」
2人組の男たちは、どちらも武器を携えていた。1人は剣で、もう1人は杖。杖を持っている男は、もう片方の手に本を持っている。
あの本は《スペルブック》だ。プレイヤーに使用可能な魔法がすべて載っている本である。魔法は基本的に、あの本の中の、使いたい魔法が載っているページを開いた状態で、魔法名を唱えることで発動する。
スペルブックを開かずに魔法を使うには、5つまでしか設定できないショートカットってのを使わなきゃならない。たくさんの魔法を使い分ける魔法職は、5つなんかじゃとても足りないから、戦闘中は常にスペルブックを出しておくことになるわけだ。
そのせいで片手が塞がれちまうもんだから、魔法職は必然的に近接戦闘が苦手になる……って仕掛けらしい。
「……2人とも、ネームカラーが真っ赤」
リリィにぼそりと言われ、オレもようやく気づいた。2人組の男の頭上に表示された名前は、いずれも血のように真っ赤だ。
「レッドプレイヤー……PKの常習犯ってわけか」
「うん。ああなったら二度と元には戻らない」
「ある意味、肝が据わってやがる……」
オレにはとても真似できそうにない。仮想現実とはいえ、殺人者の烙印を押されて平気でいるなんて。
「くっそ……! こっち来んなあっ!!」
2人組と対峙している男女のうち男のほうが、女を背中に庇いながら、剣を振り回した。
「だっせーんだよ! 初心者狩りとかっ……!! 弱い奴ばっか虐めて面白えのか!?」
「ぐわははははっ!! 耳にタコができるほど聞いた台詞だなあ!!」
「俺たちにはこういうとき、必ず言い返すことにしている台詞があるんだぜ!!」
「『面白いね』」
「『お前たち人間は面白くないのか?』」
ぶわははははは!! と、2人組は馬鹿みたいに笑った。
見苦しい。何のネタだか知らねーが、内輪ノリを部外者に押しつけている光景ほど、薄ら寒いものはない。
「特に女連れの奴を虐めるのは面白くてたまらねえな!!」
「ほら、自分の手を見ろよ色男。震えてるぜ?」
「なーにをビビってんだか!! たかがゲームでよお!!」
「……何が、たかがゲーム……」
すぐ隣で、リリィが堪えきれなかったように呟いた。
「……気に喰わない、あいつら……」
言葉は少なかったが、やはり素直でストレート。起伏の少ないその声には、しかし、確かな怒りが感じられた。
「……教えてくれ、リリィ」
「なに?」
「PKってのは、怖いもんなのか」
「……怖い」
リリィは小さく、しかしはっきりと言った。
「わたしも、1回だけやられたことがあるから……。たとえ本当に死ぬわけじゃないとわかってても、他人に害意を、暴力をぶつけられるっていうのは、とても、怖い。それでショックを受けて、引退しちゃった人だって、たくさんいる」
「そうか……」
「……でも、そういうシステムが公式に存在する以上……PKも、プレイスタイルの一つだから……一概に否定はできない」
オレは思わず、ふっと笑った。
「冷静だな。尊敬するぜ」
「え……?」
「お前の言うとおりだ。システムが想定するものである限り、あらゆる行為が許容される。それがゲームだ。嫌うのは結構だが、その個人的感情を他人にまで強制するのはお門違い」
「ジンケ?」
「――でも、だからって、見逃さなきゃならない道理はない」
オレの中の何かが走り出していた。
正義感なんて上等なもんじゃない。ただの個人的な感傷だ。
ただ、過去の自分を見せられているようで腹が立つという、極めて身勝手な理由に過ぎない。
でも。
オレはメニューを開き、貯まっていたステータスポイントを使った。STRに全振り。一気に402になった。これで多少はマシだろう。
「何やってるの……?」
咎めるようなリリィの声を無視して、オレは立ち上がる。
「なあ、リリィ。レッドプレイヤーは、攻撃してもペナルティなしなんだよな?」
「そ、そうだけど……」
「じゃあ何も問題ねーな」
「あ、ある……! あいつらの装備を見ればわかる! 低くてもレベル50はある! 無理! 勝てない!」
「レベル差42か」
ハッ――鼻で笑った。
「キャラ差を言い訳にする奴は三流だよ」
オレは槍を握って走り出した。
「ジンケ!」
背中をリリィの声が追いかけてきたが、もはやオレは止まれない。
まるで放たれた矢――木々の間を、寄り道せずまっすぐに駆け抜ける。
「――ん?」
2人組の片方、杖を持った魔法職っぽい奴が、不審そうにこっちを見た。《索敵》スキルってやつか。ならあいつから潰そう。
茂みから飛び出したオレは、勢いを乗せて槍を繰り出した。
ゲームとはいえ、人に武器を向けるのには抵抗がある。だが、目の前の光景を許したくないという欲求が、抵抗感を大幅に上回った。
「ぐおっ!?」
杖を持った男の喉に、オレの槍が突き刺さる。柄を伝ってきた手応えは、薄い板でも貫いたような意外と軽いものだった。
よかった。これなら、なんとか我慢できる。
「だ、だれっ―――!?」
杖の男は、喉を貫かれてもまだ生きている。オレの攻撃力が低すぎるのだ。
だが、足りない攻撃力は補えばいい。
クリティカルってやつを出せば、いっぱいダメージが増えるんだろ?
――胸。鳩尾。眉間。
続けざまに3回、素早く刺突を繰り出して、急所を貫いた。すべてクリティカル。バシィッ!! という気持ちのいい音が連なった。
シメだ。
杖の男がふらついた隙に、オレは大きめに溜めを作る。
「
あらかじめ決めておいたワードを発声した。直後、バリバリッ!! と槍が帯電する。
オレの身体が勝手に動いた。システムに設定された通りの動きで、帯電した槍が高速で突き出される。
流派レベルと《槍術》スキルの熟練度アップで覚えた魔法だ。
オレの
「うっ……そ……」
杖の男は戸惑いの表情のまま、紫色の炎に包まれた。アバターが燃え尽きたあとには、人魂だけが残る。死亡したのだ。
「なっ……なんだてめえッ!?」
もう一人――剣を持ったPKの男が、ようやく声を発した。その表情には、相方を殺された怒りよりも、戸惑いのほうが色濃く浮かんでいる。
オレは槍を構え直し――事実のままを答えた。
「通りすがりの初心者だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます