第2話 伝説は呑み込みが早い
丘の麓にあった大きな街は、《教都エムル》というらしかった。なんでも、《聖旗教団》とかいう宗教組織と、そのトップである《聖女》とかいうNPCが治めている街らしい。
「実質的には、運営のお膝元だけど」
「お膝元じゃないところがあるのか?」
「
プレイヤー国家システム。
その名の通り、プレイヤーが自分の国を持つことができるシステムだという。
プレイヤー国家は、何から何まで領主となったプレイヤーに任されているので、運営はほとんどタッチしないのだそうだ。その点、この教都エムルは運営が直接治めていて、時節ごとのイベントなんかも公式国家であるこの街がメインステージになるらしい。
「プレイヤー国家は、法律なんかも自由に決められるから……。PK完全OKになってる国とかもあるの」
「PK? ペナルティキック?」
「あー……えっと、プレイヤーキラーの略。他のプレイヤーを殺すプレイヤー」
ふーん。スラングってやつか。
「他のプレイヤーを殺すとまずいのか?」
「頭の上の名前の色がオレンジになって、一定期間、PK侵入禁止の国に入れなくなったり、施設が使えなくなったり。何度も繰り返すと、名前の色が真っ赤になって、もう二度と戻らない」
「へえ……。ってことは、対人戦は想定しなくていいのか」
「……対人戦するためだけの街もあるけど」
「へえ」
いつか観光にでも行くか? 観光にな。
「それじゃあ、まずはどうすればいい?」
「《魔法流派》は、どれに入ったの?」
「魔法流派……ああ、確かそんなの入ったな、チュートリアルで」
「基本的に、魔法流派のレベルを上げていかないと、魔法もスキルも覚えられないから。このゲームのクラス――職業は、スキルの組み合わせで決まるから、まずなりたいクラスを決めて、それに必要なスキルを覚えられる魔法流派に優先的に入るのが、効率がいい」
「優先的に、ってことは、違う流派に鞍替えしたりもできるわけ?」
「できる。流派への入門には、条件があるけど。……それに、既存の流派に入らずに、自分で《我流》を作るっていうのもできる。すでに覚えてる魔法やスキルを、キャパシティの許す限りで組み合わせるの。カードゲームのデッキみたいに」
「へー。でもそれは、オレにはずっと先の話っぽいな」
「うん。最初は入門条件のない基本流派に入る。それをレベル30まで上げたら、他の上級流派に入るか、我流を作るか決める」
「基本流派ってのは、チュートリアルで選ばされたやつか?」
「うん。《ウォーリア流》と《ウィザード流》と《プリースト流》」
「わかりやすいネーミングだよな」
戦士と魔法使いと神官。近寄って戦うか、遠ざかって戦うか、戦わずに支援に徹するか、ってところだろう。
「オレが入ったのは《ウォーリア流》ってやつだよ。他のは難しそうだったから」
「うん。いいと思う。ウィザード系のクラスは、マナポーション――MP回復薬の代金が嵩んでお金が貯まらないし、プリースト系のクラスは、経験がものを言うから……」
「敵に近付いて剣で斬ったりするってのも、慣れてなきゃ難しそうだけどな」
「チュートリアルでやったから、大丈夫でしょ?」
確かに。チュートリアルですでに、剣を使ってモンスターを倒したことがあった。思ったより抵抗感がなくて驚いた。ストーリーでうまく誘導されたのだ。やってみないとわからないが、モンスターが怖くて近付けないってことはないと思う。
「じゃあ、まずは変えずにやってみるか」
「うん。次は使う武器決めよ」
「武器か……」
「武器屋さん行けば試し斬りもできるから」
ってことで、初心者用のNPC武器屋に連れてってもらった。
思った以上に広い。デパートみたいだ。
「実際、ここは《デパート》って呼ばれてる」
5階にも連なる建物のすべてが武器防具の店なのだという。中に入ると、世界観ガン無視のエレベーターまで完備されていて、なおさらデパート感が増した。
リリィに案内されて、中を見物していく。
剣、槍、斧、短剣……様々な武器が陳列されている他、盾や鎧といった防具の類も、まるでアパレルショップのショウウインドウのように展示されていた。防具というと、西洋の騎士の甲冑みたいなのを想像していたが、中にはただの洋服みたいなやつもある。
「やっぱり最初は剣使う人が多いよ」
「剣か……チュートリアルで使ったけど、なんかしっくり来なかったんだよな。リーチが中途半端な感じっつーか」
「じゃあ槍。剣の次にクセが少ない。これとか」
「槍か」
広い店内を歩き回りながら、あれでもないこれでもないと、リリィに差し出された武器を手に取っていく。
……っていうか。
オレはリリィを見た。
「お前……なんか楽しそうだな」
「うん。デートみたいだから」
ほとんどノータイムで返ってきた答えに、オレは不覚にも押し黙ってしまった。
リリィはオレの顔を見て、ぱちぱちと瞬きする。
「いま意識した」
「……まさか」
「した。ドキッてした。絶対」
「してない!」
何を意地になってんだろう。無性に恥ずかしくなって、オレは売り物の槍を持ったまま背を向けた。
「これ試し斬りする。どこ行けばいい?」
「あっちだよ」
リリィはわずかに弾んだ足取りで、オレの隣に並んだ。
「最初は武器をきっちり振るのも難しいと思うから。手取り足取り教えてあげる」
◆◆◆―――――――◆◆◆―――――――◆◆◆
しばらくの間、武器屋の奥にある小部屋で、サンドバッグ代わりの人形を槍でバシバシ叩いた。
「ふッ―――!」
槍の柄が少し手に馴染んできたところで、突きと薙ぎ払いを絡めたコンボなんかを試してみる。
うむ。
「見た目より軽いな、これ。取り回しが難しいと思ったけど、慣れ次第って感じだ。悪くなさそう」
「……………………」
「ん、どうした?」
オレが試し斬りを始めてからというもの、リリィは黙り込んでオレを眺めているだけだった。
「…………出番、なかった」
「んん?」
「いきなりこんなに動けるなんて、思わなかった」
「もしかして、褒めてるか?」
こくこくこく、とリリィはしきりに頷く。
「初めて触った武器でいきなりコンボなんて、普通できない。威力をちゃんと出すのにも、1時間くらい練習しないといけないのに……。それも、VRMMO未経験で……」
「……ま、昔取った杵柄ってやつかな」
身体は意外と覚えてるもんだ。いや、この場合は頭か。
あれから2年以上経ったのにな……。
「手取り足取り教えてあげたかったのに」
「今からでも間に合うぜ。さあ密着せよ!」
「……ジンケ、このアバター見てからエッチになってる。リアルじゃそんなこと1回も言ってくれたことない」
「そ、そんなことないぜ?」
「やっぱりおっきくしなきゃ……」
自分の胸をぐにぐに揉むリリィ。
いかん。この話題は地雷だ。
「ええーっと……それより、ちょっと身体の動きに違和感があるんだが」
「えっ。ほんと?」
リリィは胸を揉むのをやめて顔を上げた。話題逸らし成功。
「おう。激しく動いたときに、こう……自分の感覚と身体の動きにズレがある気がするっていうか」
「ラグかな。でも、Li-Fi回線なら無線でもほとんどラグ出ないはず……」
「気のせいかもしんねーけど」
「どうしても気になるようだったら有線に変えてみたらいい」
「ああ。ありがとな」
リリィは無表情でこくりと頷いた。
「武器は槍でいいの?」
「そうだな……。一通り使ってみようとは思うけど、今のとこ一番だな」
あまり相手に近付かなくていいのがいい。ウィザードってやつになればもっと遠くで戦えるんだろうが、今はこれでも充分だろう。
「わかった。それじゃあ、今のジンケでも使える槍、あげる」
「え? お前のをくれるのか?」
「うん」
「さすがにそこまでは……」
「そんなに貴重なものでもないし、どうせわたしは使わないから」
「うーん……悪いな、何から何まで」
「わたしから誘ったんだから、そのくらいは当然」
「本音は?」
「今のうちにわたしに依存させておけば、ジンケはわたしから離れられなくなる」
「怖いこと考えてるな!」
「冗談」
リリィはほんの少し口角を上げた。
こいつ、思いっきり笑ったらどんな風になるのかな。
なんとなく、そう思った。
その後、他の武器も一通り試してみたが、やはり槍を使うことにした。
リリィの余りアイテムから、初心者のオレでも装備できる槍を譲り受ける。《ウイング・スピア+2》。リリィによると、店売りの初心者装備よりはちょっとマシ、って程度の性能らしい。
これを装備すると、《槍術》ってスキルを覚えた。魔法流派がウォーリア流のときに槍を装備すると自動的に覚えられるスキルらしい。
「スキルの中には、特定条件を満たすことで自動的に覚えるものもあるの」
それから防具類を一式揃えると、オレたちは教都エムルを出た。早速、近場の狩場に繰り出すことにしたのだ。
●ジンケ
キャラクターレベル:1
魔法流派:ウォーリア流(流派レベル1)
クラス:見習い戦士
HP:117(クラス補正↑)
MP:15
STR:69(クラス補正↑/装備補正値+30)
VIT:41(クラス補正↑/装備補正値+13)
AGI:28(装備補正値+3)
DEX:15
MAT:35
MDF:15
ステータスポイント:100
スキル:
《直感》(熟練度1/近接攻撃の与ダメージ増)
《槍術》(熟練度1/槍系武器の与ダメージ増)
使用可能魔法:
《ファラ》(熟練度1)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます