6.むき出しの肋骨


 月城に連れられ、公園から少し離れた別の公園へと影浦はやって来た。

 先程の小さな公園とは違い、広場とも呼べる芝生と中央の大木、加えて噴水も設置されている。

 学校の真裏に当たるこの公園は教室の窓から見える為、見覚えはあった。



「さっきより人が多くて見えないかもしれないけど、あそこに」



 野次馬は茂みの周りを囲うように集まっていたが、警察が下がるようにと注意の声を上げながら現場保存の為にテープを張っている。

 住宅に囲まれているということもあり、随分と主婦が多く見られた。



「また、ってことは……胸が開かれてたのか?」

「うん……あたしも目では見てないけど、さっきそこの人達が『肋骨むき出しの死体がある』って言いながらすれ違って」



 月城は野次馬の中の大学生と思われる男数人を指差した。

 確かにあの調子なら喜んで死体を見たがるタイプだろうなと影浦はため息を吐く。

 怖いものみたさとはまさしくこのことか、とも。



「もう少し近くに行ってみるか」

「……うん」

「お前はやめとくか? 月城」

「大丈夫だよ……ほら、綾子君だって言ってたでしょ? あたし達って死体見ても冷静だって」

「……」



 そう自嘲するように言いながら月城は前へ行こうと歩き出した。

 影浦は声をかけずに彼女に続く。

 確かに綾子は「麻痺している」と言っていたが、自分も彼女も、慣れたくて慣れたわけではない。

 そうならざるを得なかっただけだ、と言い訳をしたくなった。

 死体があるとされる茂みに近付くと野次馬の声がより一層大きくなる。

 誰がこんな、全く迷惑よね、警察退いてくれないかなぁ……という様々な声が次々と聞こえてくるが、おかげで警察官の話し声も聞ける距離だ。

 パトカーは一台、警察官はまだ二人。

 片方が無線で応援協力の話をつけたようで、二人は合流すると野次馬に背を向けるようにして何かを話した。



「ホント、困るよな……」



 野次馬のことか? と耳を澄まし、話の内容が聞こえないかと集中する。



「こないだ同じような死体出たばっかだろ? なのによりにもよって……」

「だから俺言ってただろ? あいつロクな噂ないから関わらない方がいいって」

「でもそれとこれとじゃ話が別だろ」

「わかんねーよ? もしかしたら被害者の親族とか……」

「一般人にあんな殺し方出来るか? 異常者としか思えねぇよ」



 それからまだ彼等の会話は続いていたが、それ以上聞くことは出来なかった。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始め、応援が来たことを報せる。



「何て言ってた?」

「いや……あの会話だけじゃよく……」



 恐らく死体は惨い殺され方をしているというのはわかったし、「こないだ同じような死体が」というのと大学生が口にしていた「肋骨むき出しの死体」というのを合わせると、「模倣者」が出した被害者ともとれる。

 だがやはり、死体を見てみない限りはわからない。



「……反対側から回れたりすると思うか?」

「どうだろ。駐車場の方だと思うから……多分、行けなくはないと思う」

「よし」



 二人は野次馬の群れから離れ、ぐるりと反対方向から死体に近寄れないかと道を探した。

 手入れされていない樹林の中を進み、野次馬の声を頼りに前へ進む。

 車道からどんどん離れていくと、途中に月城の言っていた駐車場を見つけた。

 簡易的なもので四台しか停まる広さしかなかったが、自動販売機と水飲み場、公衆トイレが設けられている。

 ここから真っ直ぐ進めば、きっと死体のある場所へ出られるだろう。



「ねぇ……影浦君」

「?」

「これ……血?」



 月城の指し示す方向へ目を凝らすと、水飲み場が汚れていることに気付いた。

 上向きに回された蛇口からはポタポタと水が出続けており、ハンドルをひねると水が完全に止まる。

 そして足元の排水溝に視線を落とすと、赤い液体が付着していた。

 誰かがここで、血を洗い流したかのように。



「赤いインク、……ってわけでもなさそうだな」

「まさか殺した後、ここで血を洗い流して車で逃げた……なんてこと、ないよね?」

「いや、ただ怪我をした人が傷口を洗ったって可能性も……なくはないが……」



 すぐ脇にある駐車場はコインパーキングではない為誰でも利用できるだろう。

 申し訳程度に「公園利用者のみ利用可能」という看板も立っているが、そんなことを守る人間は少ないはずだ。



「とりあえず行ってみるか」

「うん」



 野次馬の騒ぎと警察官の声が大きくなり、そちらを目指して木の間を縫って進む。

 強い日差しを木々が遮ってくれるが、その分湿度が高く、植物と土の臭いが鼻をついた。

 ゆっくり、警察官にもばれないようにと慎重に足を進めていると、羽虫が増えていることに気が付く。

 樹木の間から開けた公園がみえる位置に来ると、そこにテープは張られていなかった。



「……あった」



 数歩先に、男性の死体が転がっている。

 腐臭がしないのはまだ殺されてから時間が経っていないからだろう。

 羽虫が何匹か死体の周りをくるくると回り、土に染み込んだ血が臭ってくるような気がした。



「……あれ、だよね?」

「あぁ。あそこの木にテープが張られているからそうだろうな」

「でも……この人って……」

「……」



 死体は確かに肋骨がむき出しにされ、影浦達の学校前に飾られていた死体と同じ様な状態だ。

 だが、その死体の様子に月城はひどく困惑する。



「この人の服、……警察、じゃない?」



 すぐ向こうで野次馬を追い払おうとしている警察官たちと同じ制服を、死体も着ていた。

 更に、肋骨の開きと心臓へナイフとフォークを突き立てているのは変わらないが……おかしな部分がある。

 男性の頭と胴が切り離されているのだ。



「怨みがあったのか、……遊んだのか」

「何で警察を殺すの?」

「……『あいつロクな噂ない』」

「?」



 影浦は先程の警察官の会話の内容を思い出していた。

 あいつロクな噂ないから関わらない方がいい……というのはこのことか? と。



(警官にロクな噂がないって……まさか)



 そんなことあるか、と考えを一蹴してその場を離れることにする。

 そろそろ応援の警察官も駆けつける頃だし、ここにいれば興味本位で近付くなと注意を受けるだろう。下手をしたら容疑もかけられるかもしれない。



「あれも『模倣者』の仕業かな?」

「どうだろうな。手口は確かに一緒だが、首を切る理由がわからない」



 胸を開き、肋骨を開いて心臓に銀食器を刺すことはほぼ間違いなく「模倣者」がこだわってやっていることだ。

 だが、どうして首を切った? 何の為に?



(顔を知られたくないなら別の場所に運ぶだろうし、そもそも警官の制服ですぐ身元もバレるだろうし……。ただいつも通りの手口じゃダメだったのか?)

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