5.犯行の推移


「先程は小鳥遊さんにお話を伺いに行きましたけど、模倣犯の方はもう調べていないのですか?」

「あ~! ちゃんと調べてますよ」



 美術部のほとんどの部員は既に帰宅してしまっていた為、美術室にはほとんど人が残っていなかった。

 教室の端に寄せられている机を一つ持ってきて綾子はタブレットを載せる。



「あれ? 二人は帰らないの?」

「もう少し使っていても宜しいですか?」

「それは別に構わないけど……。戸締り用のキーホルダーは阿佐美先生が持ってるから、職員室に行ってね」

「わかりました」



 部長を見送り、美術室に綾子と百合だけになったところでようやく公に会話が出来る状態となった。

 流石に殺人鬼好きな二人といえど、他に人間がいる時に殺人鬼関連の話をするのは避けようとなっていたらしい。



「えーとですね、『模倣者コピーキャット』とネットで呼ばれている彼ですが……」

「男性なのですか?」

「あ、いえ。性別はわかってないんですけど、……とりあえず彼と呼びますね」



 確認すると百合は頷いた。



「彼の活動は去年から始まっていて、こないだの窃盗犯の女性で三人目の被害者になってますね。初めは女子高生、次は成人男性、そして月城さんに迫った不審者女性……」

「動機は何なんでしょう? わざわざ肋骨を開いてナイフとフォークを刺すのは……の模倣だから、ですよね?」



 百合がそう尋ねると、綾子は珍しく難しい顔をして腕を組んだ。



「そこなんですよ、問題が」

「?」

「模倣をしているので模倣そのものが犯行の動機かもしれないんですけど、……この間に男性を挟んで殺してるっていうのがどうにもしっくりこなくて……」



 綾子はうーんと唸りタブレットに表示されている情報を睨む。

 だが視線に気付いて顔を上げると、百合が「もう少し詳しく説明を……」と困った顔をしていた。



「あぁ、失礼しました。えっとですね、普通初めに女性を殺していたら、男性になることはないんです」

「……そうなんですか?」

「『捕食者イーター』みたいな無差別殺人鬼は別ですけど、趣味で人を殺す殺人鬼は大体性別とか年齢とかはあんまりブレないみたいなんですよね~。ほら、女子高生ってよくおじさんに『キモい』とか言いますけど、幼稚園の女の子には言わないでしょう?」

「それは……生理的嫌悪や思春期、というものが原因では?」

「例えが悪かったですかね……。え~、……有名大学の学生が女子高生に酒を飲ませて暴行する。っていうのとか」

「なるほど! 確かに私も、殺して頂けるのでしたら多くは問いませんが、やっぱり年上の男性に殺されたい……というのと一緒ですね」



 合点がいった笑顔で百合にそう言われたが、綾子は「はいそれでいいです」と深くは突っ込まなかった。

 タブレットの画面をスライドして、資料を変える。



「とにかく、普通滅多なことがない限りターゲットは変わらないものなんですよ。どの殺人鬼のデータを見ても、大体偏ってますし」

「ではやはり『模倣者』の犯行の流れがおかしい、……というのは気になりますね」

「そーなんですよね~……」



 三人目の被害者は月城が原因となって殺された。

 というと彼女に申し訳ないと思う綾子だったが、あの女性は月城に近付かなければ殺されることはなかった。

 それではあとの二人、女子高生と男性はどうして殺したのか……。

「模倣者」にとって邪魔だったのか、怒りを買うようなことをしたのか。

 殺人の動機は大概どちらかに限られる。



「あの、綾子さん」

「はい?」

「証拠等は出ていないのですか? その……」

「はいはい、警察の検死結果とかのことですね? そこは『捕食者』と違って、ちゃんとDNA出てましたよ。ただ前科がないらしくて特定出来てないみたいですけど」

「そうですか……」



 動機は不明だが、そこまで綿密な犯行でもなく神経質な犯人とは思えない。

 それが現段階の綾子の見解だった。

 そして、今後の動きも推測程度なら立っている。



「恐らくですが、二人目の死体が学校前に、三人目の死体が月城さんに接触しようとした人間……となると。月城さんを狙ってるとしか思えないんですよね~」

「……ということは、やはり。月城さんの体質は本物、ということですか?」

「僕はそー思ってますよ? 多分影浦君もそう感じていると思います」

「どうして影浦さんが?」

「だって影浦君、彼のこと大嫌いみたいですし。あの日も真っ先に電話をかけて来たんですから」

「電話?」



 月城が玄関先で〝心臓〟を発見した日。

 彼女は警察、叔父、綾子の順に電話をかけて警察と合流した。

 だが綾子は彼女よりも先に影浦から電話を受け取っていたのだ。




『はいもしもし、影浦君ですね』

『何で俺の携帯にお前の電話番号が入ってるんだ』

『いえ、入っていたら便利でしょーと思って。それで?』

『間違いない』

『……何がです?』

『月城の体質、お前言ってたろ。〝死を引き寄せる体質〟とか何とか』

『僕の調査から算出したところそうだと見ましたよ。僕の好みでは殺人鬼を引き寄せて欲しいんですけど……』

『今朝学校で見つかった死体の心臓があった。月城の家にある』

『……何で影浦君が知ってるんですか?』

『……ちょっと気になって、後をつけたんだよ』




「いやあまさか影浦君がそーんな犯罪行為をするなんて思っても見ませんでしたよ~誰かをストーキングするなんて~」

(綾子さんがデータを盗んだりしていることも……犯罪では?)



 と百合は疑問に思ったが口には出さずにいた。



「さて、月城さんの体質が本物ということを前提に考えるとですね、とりあえず『模倣者』は次に月城さんを狙うのではと僕は思うわけです」

「……ね、狙う……というのは」

「殺そうとしているのではないかと」



 とぼけた顔で綾子がそう言うと、百合は両手で口を覆い目を丸くする。



「大変じゃないですか! い、今月城さんは……!?」

「影浦君と一緒みたいですよ。GPS上は、ですけど」



 地図アプリを起動して画面を表示させると、学校からしばらく離れたところに影浦と月城の名前を見つけた。

 きっとスマートフォンのGPS機能を使って現在地を受信しているのだろう。



「大丈夫でしょうか? 私の車で彼女を家までお送りした方が……」

「影浦君がいるんですから大丈夫でしょ~? 彼は彼で、色々考えてるみたいですし」

「?」



 もちろん綾子は影浦の事情も把握している。

 かつて彼が失った人間も、二年も悪夢にうなされていることも……。

 だから月城に関して心配することはないと綾子は思っている。

 それに、百合には反対されるだろうが、正直なところ……月城は「模倣者」をおびき出すいい餌になるかもしれないとまで彼は考えていた。

 出来ることなら月城がうまい具合に「模倣者」をおびき出し、影浦がそれを捕まえ、「捕食者」に繋がる情報が得られることを望んでいる。

 その為に、彼等と接点を持とうと行動を起こしたのだから。



「綾子さん」

「?」



 頭の中で理想のシミュレーションをしながら口元を緩めていると、百合に肩を叩かれ現実に帰ってくるようにと呼び戻される。

 どうかしたのかと彼女の方を見ると、百合はタブレットの画面を指差した。



「あの、これって……」

「? ……ん?」



 地図アプリに表示されている名前を見て、綾子は首を傾げた。


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