メッセージ3 密  会

新年を迎えたある日私は去年の失恋の痛手も癒えないまま気分転換に夕刻の街を歩いていた。


「気晴らしに映画でも観ようかな?でも、一人で観るのも寂しいな・・」


そして、立ち止まり考えあぐねてつぶやいた。


「やっぱ、家に返って、去年レンタルした恋愛ドラマでも見ようかな」


私は行き先を変え、駅前に足先を運び家路に帰る。

駅前での人影はまばらであった。そんな中タクシー乗り場でよく見た人物を発見する。

それは間違いなく同僚のはるなであった。


「あれ、はるなじゃない?そういえば忘年会での事、誤ってなかった・・」

「隣に一緒にいる男性は誰だろう?もしかして例の・・え~!やっぱ彼氏いたんだ!」


私はこの瞬間確信を持った。


「なに、何?仲良く買い物なんかしちゃって・・もしかして!同棲なんかしてるのかな?」


(これはスクープね!絶対的な証拠をつかんだから会社で追及をしなくっちゃ!)


自分のアパートに帰って着た私は靴やコートを脱ぎ捨て、足早にリビングに駆け込んだ。

妙な緊張感で胸が高鳴っていた。


「あれは絶対にはるなの彼氏だよね?事実なら私にもまだチャンスはあるよね?」


柏木さんは今はまだはるなの事が好きでも、いつか私の方に振り向いてくる事を願って、チャンスを待とう。


ふとテーブルに目線を向けると去年レンタルしたDVDが置いてある。

今の私にぴったりの恋愛ストーリーであった。

そのドラマのタイトルは「遥かなる愛をあなたへ」


マーガレットは、人見知りがある若い女性である。憧れていたデイブという男性にいつも声をかけずに日常を過ごしていた。

ある日夢の中で彼に告白するが、自分の姿を見て躊躇ためらってしまう。

そんな日常を過ごしていたある日、デイブにパーティーに誘われるが、気の小さい彼女は彼に話しかける事も無くその場を逃げ出してしまう。

家に帰ってからも想うのはデイブの事ばかり、やはり彼の側にいたい、一緒に話しをしたい、その想いだけはいつも忘れる事は無かった。

そして彼女は決断した。

私の想いを彼に告げよう!


パーティー会場に急ぎ足で向かうとデイブが車で登場する。それを見つけたマーガレットが彼に立ち寄り声を掛けようとした時に、彼が助手席に乗っていた女性をエスコートした。

それは、町一番の美女フローレンスだった。

愕然とするマーガレット、もう彼に声をかける勇気など無かった。

意気消沈し、絶望の感情の中大通りをふらふらと歩いていた。

そこに突然角を曲がって、大型のトレーラーが彼女の前に立ちはだかった。

「きゃあ〜‼︎‼︎‼︎」

トレーラーの急ブレーキの凄まじい轟音が響いた。


「嘘?マーガレット死んじゃったの?そんな、あんなに一途に恋をしてたのに、こんな結末切なさすぎるよ・・」


この瞬間私はこみ上げる感情を口にしていた。


次のシーンを観ながら私はホッと胸を撫で下ろした。マーガレットは奇跡的にトレーラーを避けて歩道に転げ落ちたようだ。


「お、おい?道の真ん中で歩いてたから、ぶつかったと思ったよ!お嬢ちゃん怪我無いか?」


トレーラーの運転手が車から降り彼女に声を掛けた。


「一体何があったの?私助かったんだ・・・」

「平気かい?家に連絡しようか?」

「いいえ!それは不要よ!私にはやる事があるから!」


マーガレットは何も無かったように歩き出しパーティー会場に戻った。


マーガレットは自分の容姿を見つめ直し、少しの不満を漏らした。


「これじゃダサいわね?もっと神々しく輝かなくちゃ!」


公園のトイレでドレスアップをする。

見た目だけではなく、マーガレットのイメージさえより美しく変わって見えた。


「さすが恋の魔法ね?あのドレスいつ準備してたのかな〜ま、ドラマだから何でもありかな・・・」


パーティー会場に戻ったマーガレットは即座にデイブを見つけ言葉を交わす。


「わたくしと、ダンスをしてくださるかしら?」


その様子にデイブは驚いた。


「美しい!君は、誰だい?」


彼はマーガレットだとは気づいていなかった。


「ふふ・・私は前からあなたをよく知っていたわ」

「君のことを僕は思い出せない、誰なんだ!」

「私を知りたい?」

「もちろん!何故か君に惹かれるんだ!教えて欲しい!君の名前は、一体」


二人は音楽とダンスに陶酔し、周りの人達を無視しながら踊り狂った。


「私はマーガレットよ!」

「え?」

「君だったのか?」

「マーガレット?」「嘘でしょう!」「あのネクラのマーガレットか?」


周りが騒めき立った。

その後見違えるようなマーガレットとデイブは付き合いながら愛を深めていった・・・


・・と、要約するとここまでは去年観たストーリーであり、この後彼等の行く末を想像した。

(このままハッピーエンドになるんだろうな?)


そんな気持ちで、続きを観る。


「デイブ!私はあなたの事が好き!」 

「僕もだよマーガレット!君だけを見つめているよ、もう二度と君を離さない!」


そこに一台のリムジンが家の前に到着した。マーガレットは窓の外を気にし始める。


「デイブ、愛してる・・でも、もう時間がないの!」 

「何言ってるんだマーガレット!僕達の愛は永遠だよ、これから二人の時間なんて無限にあるじゃないか!」


するとドアのチャイムが鳴り響く。


「マーガレット!いるんだろう?君を迎えに来たよ!」 


デイブはふいにドアを開けると見ず知らずの男が立っていた。


「誰だお前は!!」 

「シンデレラは相応ふさわしい王子の前でこそ美しい輝きを増すのさ」

「今すぐ出ていけ!警察を呼ぶぞ!」 

「待って、デイブ!その人は悪い人じゃないわ」

「マーガレット・・コイツを知ってるのか?」

「・・・・・・・」

「誰なんだ!君の知り合いなのか?」

「デイブ!私の愛はもう・・」

「マーガレット?どうした・・」 

「あなたのものじゃないの!!」

「マーガレット!!」

「さよならデイブ!・・・あなたを愛してるわ」

 

彼女はその男とリムジンに乗り込み、夜の街に消え去っていった・・

 =シーズン2に続く=


「え~!!どうゆう事?!デイブとマーガレットは永遠に結ばれるんじゃなかったの?」


私は納得の行かないラストシーンに憤りを感じ異常に興奮していた。


「納得いかないわ!どうしてマーガレットは愛を貫かないのよ!いったい彼の何が不満だって言うの!」


テレビドラマだという事を忘れ感情的に興奮していた。


「シーズン2が出てたから、一緒にレンタルしちゃったんじゃないの・・」

自分の部屋でため息を漏らし呆然ぼうぜんと天井を見つめていた。


その時突然私の携帯が鳴った。


「もしもし・・どなたですか?」

「あ、あの・・畑中裕子さんの携帯番号でしょうか?」


どこか聞き覚えのある声、私は瞬間的に彼の声だとわかった。


「もしかしたら、柏木さん・・ですか?」

「はい、突然お電話をして申し訳ありません」


私は焦る気持ちを抑え冷静に答えようとした。


「その、柏木さんから私に連絡なんて夢にも思ってなかったから・・少し驚いてます」

「実はご相談に乗ってほしい事があります」

「わ、私にですか?」

「はい、良かったら今夜お会いしませんか?お時間は取らせませんが」


(憧れの柏木さんからお誘いなんて・・夢じゃないよね?)


「畑中さん?聞こえてますか?」

「す、すぐにでも行きます!どこで会いましょうか?」 


私は即答で答えた。


「それでは21時に駅西の地下バー“ Flash ” でお会いしましょう」

「はい!必ずまいります」 

「直ぐに着替えないと!あっ、何着てこうかな?」


(裕子、今夜は二人きりで、過ごそうか?なーんて言われたらどうしようかな・・)


一人妄想の世界に浸って照れ笑いをする。


とにかく憧れであったあの柏木さんからお誘いの返事をもらっただけで、私は十分に幸せを感じていた。


「柏木さん!待っててください」 


(見てなさい!私はマーガレットとは違うから!裕二さん、私はあなたをずっと想い続けます・・)


 駅のテナントビルにある地下のショットバーに到着した。ここに祐二さんがいる、と考えただけで緊張と期待感で胸がドキドキしてきた。

お店のドアを恐るおそる開けて中を覗き込む。


「畑中さん?こちらへどうぞ!」


(夢じゃなかった!間違いなく彼がここにいた)


「あ・・あの・・ご、ご招待して頂いてありがとうございます」

「まあ座って、今夜は堅苦しい挨拶はなしでいこう」 

「はい・・」


祐二さんはその素敵な笑顔で優しく私を見つめていた。


「何か飲みたい物あるかな?」

「あ・・なんでも・・いいです・・」

「マスター!彼女にお勧めのカクテルを一つ」

「かしこまりました」

「実はどうしても君に相談したい事があってね」

「わ、私なんかで良かったらいつでも・・あの、どういうご相談でしょうか?」


(相談なんて柄じゃ無いけど、私に何を聞きたいのかな?)


緊張のあまり彼の顔をまともに見る事が出来ない私に、彼はじっと目を合わせ話しかけてくる。


「実は鮎川さんの事ですが」 

「え?はるなの事ですか?」


(柏木さんはまだはるなの事好きなんだ・・相談ってそういう事なの?)

彼の言葉に疑問を持ち心でつぶやく。


「柏木さんが気になるって、と、当然ですよね?彼女、私より明るくって美人だし・・」

「彼女には思いっきり振られましたよ」


(祐二さんが?はるなに振られたの?)


「彼女ははっきりと物をいう人です。ただ、一つ解らない事があって、恋人がいるのかどうかは、はっきりと教えてくれないんだよ」


夕方駅前のタクシー乗り場ではるなを見かけた事を思い出し、あの時そばにいた男性は彼であると確信していた。

(あれははるなの彼に間違いない!)


「柏木さん!はるなにもし、彼がいたらどうしますか?」

「彼女に彼氏がね・・」

「二人がもう恋人同士でも、はるなの事をまだ好きでいられますか?」


(どうなの?柏木さん!)

私は真意を知りたくなって彼の顔をまじまじと見つめた。


「その事は、僕自身が一番知りたいと思ってるよ、事実を確認するまでは、たんに噂話に過ぎない」


(やっぱりはるなの事まだ好きなんだ、だからって私だって柏木さんを好きな気持ちは誰にも負けてないから!)


私が彼を想う気持も単に憧れで好きになった訳ではなく彼の本意を知りたいと思った。


「私って・・柏木さんの何でしょうか?」

「え?」

「柏木さんは、総務の女子達にも人気あるし私なんか高根の花だなって思ってたんです・・」

「畑中さん・・」

「私はずっと前から柏木さんを知っていて今は純粋な気持ちであなたの事が大好きです!でも・・柏木さんの目には、はるなの事しか映ってないですよね・・」


まさかはるなが恋仇のライバルとは思わなかった、今なお心に矢が刺さったままの痛みがあの時から癒えないままでいた。


「私ってここにいる必要があるんですか?」


寂しく彼につぶやくと彼は意外にも私が必要だと嘆願する。


「正直言うと君に助けてもらいたいと思ってるんだ」 

「私に・・?」

「僕は鮎川さんに嫌われているようだから、彼女に近づく事ができない。でも友人の君なら鮎川さんの事情を詳しく知っているだろうと思ってね」

「私にはるなのプライベートの事を教えろっていうんですか?」

「そうじゃないよ、僕は君の能力を高く評価しているんだよ」

「私の能力ですか?」

「鮎川さんの事は好きと言っても何年も同じ会社にいるのに彼女の趣味すら分からないんだ、情けないよ!」

(柏木さんははるなとどんな出会いがあって、好きになったのかな?)


「そう言えば去年の忘年会の時君は僕の事を色々知っていてくれたようだけど」


(あれは、個人的に彼の事を知りたかったから・・ストーカーなんかじゃないからね!)


「す、すみません・・あなたの事を知りたくって、色々調べさせてもらったのですが・・」

「それが、すぐれた君の能力だよ」


(え?私の能力?)


「他に僕に関して知っている事はあるのかな?」

「し、知りません!」 

「もしかして、僕の家庭環境なんかも知ってるんじゃないかな?」

(やばい!何処からか情報が漏れたのかな?私は悪くないよ、偶然に耳にした事をちょっと調べただけよ)


「こんな所でお話できる事じゃあ・・」

「ここは会社の中じゃないよ、君の知ってることを話してごらん」


(そんなに優しく見つめないでよ・・あーもう好きにして、立ち聞きした私が罪な女でした!)


彼の熱い視線とささやくような甘い声でわたしの心が吸い込まれるように誘導され彼にすべてをささげようと思っていた。


「コペルエレクトロニクス、会長の柏木悠馬氏が創業し、年間総売上高912億8600万、多くのグループ企業を持ち業界でもトップの電子機器メーカーですね。現在お父様が社長を後継されており、裕二さんは社長のご子息ですよね?」


(これで知ってる事全部話したからね?私だけの秘密にしようと思ってたんだから!)


「たしか僕の履歴を知ってる人間はこの会社でも上層部しか知らない事になってる筈なんだが?」

「す、すみません・・秘書の人が話ししてるのをちょっと耳にしたもので・・他人に口外はしてません!」


彼の内密な事情を尋問されながらも一つの疑問が頭によぎり、彼にさり気なく聞いて見る。


「でも、祐二さんがなぜうちなんかの中小企業の電気メーカーにいるのかは私にも分かりません。いつも営業の成績がトップセールスを誇っていて、周りからも信頼されていてそんな凄いあなただから、何か考えがあってここにいるんだと思っていたから」


彼はしばらく黙っていたが、家族の秘密の話しをしてくれる。


「一言でいえば確執かな?叔父も父も優れた技術者で、会社を牽引してきたんだ、僕の兄も技術開発部顧問として手腕を発揮して会社に貢献しているだよ」

「でも僕は技術者として能力がなくいつも家族の間で比べられていたんだ」


(知らなかった、祐二さんにも、そんな事情があったなんて)


「そんな僕にも良い製品を紹介して、その技術を広める事が出来る営業の能力に目覚めたんだ」

「どんなに優れた技術もそれを説明ができるサポートがいないと、人々の豊かな生活に届かないそう思って営業能力を磨いてきたんだ」


(なんか、私感銘受けちゃたんだけど・・知らない彼の一面を見せてもらったな)


私は彼の内面を聞いて、諦めるどころかますます彼の本当の姿に惹かれて好きになっていった。


「裕子さん、やはり君は経理課にいては勿体ない」

「え?どういう意味ですか?」

「君の情報収集能力を活かす本当の仕事は、我ら営業に来るべきだよ。僕が人事課に直接推薦してもいい」


(うそでしょう、あの柏木さんが私を褒めてくれてる・・・)


「まずはどんな小さな情報でもいいから君の知ってる限りの事を教えてほしい、出来れば鮎川さんの恋人候補の彼の事なんか分かれば良いけど」


今の私は柏木さんと繋がれる最大のチャンスをつかもうとしている。彼に信頼を受ける事で私自身の幸せをつかむ事が出来るなら、はるなの真実を見つけようと強く思った。


「そう言えば夕方に駅前ではるなと見慣れない男性が二人きりでいる所を偶然見かけたんです」

「それで、その男性とは?」

「はるなの嬉しそうな笑顔が印象的だったので間違いなく彼ではないかと思います」

「彼女が気になる人というのが多分その彼なんだ」

「え?はるながそんな事言ったんですか?」


(確かにいつもはぐらかしてたけど)


「彼女がまだはっきりと恋人である事を言って無いのでまだ友人関係である可能性が高い」


(私は既に付き合ってるのかと思ってたんだけど、

祐二さんの推理が正しいなら彼はまだはるなを諦めきれていない・・でも私も祐二さんを簡単にはあきらめる訳にはいかないの)


「柏木さん!はるなとその彼の関係をはっきりさせましょう!」

「裕子さん・・・」

「私、できる限りはるなの情報を探ってみます」


こうして私自身の答えを知りたくなって、彼に協力する事になった。


「ありがとう、君は僕にとってのベストパートナーだよ。そうだ!今後は僕のプライベート用の連絡先を教えるから、気兼ねなく連絡してほしい」

「わかりました。あの・・柏木さん・・」

「祐二って呼んでよ」

「はい・・祐二さん?」

「何?」

「今夜はもう少し一緒に過ごしてもいいですか?」


そう言って彼の目を真っ直ぐに見つめた。


「もちろん、今夜の予約は君だけに取ってあるからね。一緒に飲もうか」


(祐二さんと二人きりでの夜を過ごせるなんて夢じゃないよね・・)


こうして彼と奇妙な探偵の真似ごとを開始することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春風のメッセージ (裕子編) ひさか たかし @hisaka55x

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ