棄て去れ汝の血と涙、と面接官は言った

ハギワラシンジ

よいしょ

風が吹き始めた午後。

僕は面接に行く。今日は製造業界で老舗のメーカーだ。職種は製造オペレーターで、言い訳を弾丸に詰める仕事だ。そんなにやりたくない仕事だけど、待遇面は抜群。

僕は頭の中で繰り返す。

「志望動機は二つあります。転職理由は前職で紙に嫌われたからです。入社後は言い訳を弾丸に詰めつつ語学の勉強をし、グローバルな人材になりたいです。ゆくゆくはマネジメント職を経て、御社の製品『弁明バレットシリーズ』の企画開発に携わっていきたいです」

僕は暗唱を終える。電車が揺れている。窓の外を見るとスーツ達が飛んでいた。彼らスーツにもいろいろ種類がいるが、この時期によく飛ぶのはリクルートスーツだ。彼らは一子乱れなく空を架ける。どんな悪天候でも空を飛ぶ。そうしなければ生きていけないと分かっているからだ。

面接地に着く。僕はネクタイをキュッと締め、身だしなみを確認する。ホールにある電話を取り、内線をかけた。

「お世話になっております。本日15時から面接予定のトラキオストミーです」

「お待ちしておりました」

中性的な声の主が僕を出迎える。そのまま真っ直ぐ歩いて突き当たりの部屋までお越し下さい、と案内される。

ノックして部屋に入る。中には中肉中背のキリンがいた。

「本日はお越し頂き誠にありがとうございます。わたくし、人材開発戦略課課長、中里茂と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。トラキオストミーと申します。本日はご多忙の中、面接のお時間を頂きありがとうございます」

僕たちは互いに心のこもった礼をし、着席する。

「さて、早速ですがトラキオストミーさん」

「はい」

「弾丸製作の最中に死んでも大丈夫ですか?」


まただめだった。死んでも大丈夫です、と言ったけどもあの中里という人は僕の迷いを見抜いたのだろう。そのあとは、御社への想いとか、入社後のプランとかも尋ねられることなく、終始和やかな雰囲気の中、僕の30回目の面接は失敗に終わった。

仕方ないと僕は気持ちを切り替える。そういうこともあるさ、と。同時に悔しさが込み上げる。あの時即答できていれば違ったのではと。老舗のメーカーだけあって福利厚生や休日は充実していた。惜しいことをした。


僕は家に帰り、アイノミとセックスする。アイノミと同棲するようになったのは最近のことで、僕たちにとって悲願のことだった。長年遠距離で過ごさざるを得なかった状況は苦しかったが、僕たちにとってプラスに働いた面もある。

僕はアイノミと深くセックスし、落ち着いた。そしてご飯を食べ、ねむる。


次の日、美しい日。

今日も就活をする。今日は職種がネットワークエンジニアで仕事内容は希望観測の保守運用だ。指定されたエリアの希望を観測するシステムを扱う。はっきり言って興味は持てなかったけど、手に職付けるという意味では悪くない。僕は再び暗唱する。


「希望を観測するという公共性の高い事業を展開されている御社で、自分の価値を高め、御社に貢献して参りたいです」

「なるほど」

面接官はしきり頷いてくれた。僕はとてもリラックスできている。いつもよりよく喋れている。

「希望観測中に死んでも大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

なるほど、なるほど。と面接官は僕に満足気に微笑んだ。僕も微笑み返す。

「面接は以上となります。ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」

僕は手応えを感じ、面接地を後にする。僕は帰りにフライドチキンを食べ、アイノミのためにお握りクレープを買った。


家に帰りアイノミにお握りクレープを渡す。その後セックスをする。注意深く弾丸を込めるように触れあう。僕は果てた後、スマホを弄っていると先程の会社から、不採用の手紙が届いた。僕はその手紙をじっと眺めたあと、アイノミには分からないように捨てる。


次の日は新世界。

僕はうきうきしていた。大企業から僕宛に「あなたをスカウトしたい」という連絡が来たからだ。職種は施工管理で仕事内容はプロポーズの言葉の建設だ。自分に向いているとは思わないけど、あの大企業から直接のスカウトだ。これは期待してしまう。

面接会場は(会場なんて初めてだ!)品川にあるホテルのホールだった。なんて潤沢な資金力だろう。僕は磨きあげられたマホガニーの机に座る。すると、なんとウェイターが食前酒を持ってきてくれて、そのあと寿司まで出た。僕はこの会社様の手厚い持て成しに深く感動し、絶対に 入社しようと心に決めた。

そして面接に挑む。

面接は合同でやるとのことで、僕たちはホールに案内され、暫し待たされた。すると、壇上に一人の若い社員が現れた。その社員はイキイキとしており、肌艶もよかった。なにより、このような重大なことを若い社員に任せてくれるこの会社様にますます惚れ込んだ。

「本日はお集まり頂きありがとうございます」

僕はごくりと唾を飲む。

「先程、こちらでお出しした寿司を全て召し上がった方は、このままお引き取り下さい」

僕は回りを見渡した。

誰も去ろうとしない。そりゃそうだ。

「転職者No.1460トラキオストミーさん、帰って結構です。お疲れ様でした」

僕は足早に会場を後にした。


僕は気持ちを切り替える。今日はまだ面接がある。ゲーム会社だ。ダメ元で書類を送ったところ、通ってしまった。僕は実際のところ、ゲームが作りたいなと思っていた。前職も、もしかしたらゲームを作りたくて止めたのかもしれない。いや、きっとそうだ。そういう方向性でいこう。

僕は面接地に着く。あらゆる事態を想定して、今までの経験を総動員して面接に備える。今日の会社は大手ではないが、社風がとてもに僕にあっているように感じた。みんな楽しく和気藹々としていて、一つのことを目指している。僕もそんな人達の一員となって、ゲーム開発に携わりたい。そしてゲームプランナーになって、ゆくゆくはシナリオ製作をしたい。そんな想いだ。しかも独学で少しプログラミングができればとってくれるし、入社後の研修も充実している。気持ちは乗っている。やれるぞ。

会社に着いて、内線をかける。お待ちしておりました、と代表の方が僕を応接室に案内してくれた。

「はじめまして、黒川と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。トラキオストミーと申します」

「トラキオストミーさんは大学では何を学ばれていましたか?」

「大学では外国の文化について学んでいました」

「その後、就活の方はされましたか?」

「いいえ、やりたいことが見つからなかったのでしませんでした」

「しなかったんだ」

ふっと黒川さんは笑う。

「前職のご職業は半年ほどでお辞めになられていますがなぜですか?」

「はい、ゲームを作りたいと思い立ち、転職を決意しました」

「なるほど。何かゲームについて独学で勉強されていますか?」

「はい、Javaのプログラミングをしています」

「クラスとメソッドの違いは?」

「分かりません」

「サーブレットとJSPの違いは?」

「分かりません」

「配列ってなに?」

「分かりません」

そこまで言うと黒川さんはため息をついた。

「君は自分の経歴見てどう思う?」

「綺麗ではないと思います」

「そうだね。前職では入社して半年で辞めてるもんね」

「その点については大変反省しておりますが、気持ちを新たに御社で頑張っていきたいと思っています」

「君は努力したことがありますか?」

黒川さんは唐突にそう言った。

「ゲーム開発がしたいと思って会社を辞めたのに、Javaのこと全然分かっていないじゃない。辞めてから時間あったよね。何を勉強していたのかな。はっきり言ってさっきの質問が分からないなんて、お話にならない。君の話は矛盾しているよ」

「……」

僕には何が矛盾しているのか分からなかった。

「君は何で半年で仕事を辞めたの?」

「ゲーム開発がしたいと…」

「まだ言うんだ」

黒川さんは真顔になる。

「努力もしない。責任感もない。平気で嘘を吐く。そんな人がゲーム作れると思う? むしろそんな人を平気で傷つけられそうな人の作ったゲームなんてプレイしたいかな?」

僕にはなんでそこで、人を傷付ける話になるのか分からなかった。文脈が読み取れなかった。会話の中に、正解が潜んでいたのかもしれないが、僕には分からなかった。

「人を傷付けたことのない人なんていないと思います」

「そういうことじゃなくてね」

黒川さんは髪をかきあげる。

「正直言って、君のような人間はいらないんだよ。前職もゲーム作りたいって言って中途半端にほっぽりだした餓鬼なんていらねえんだよ。俺たちは命削ってゲームつくってんだ。そんな中途半端な気持ちでゲームに携わって欲しくないんだよ。君の人格はクリエイターに向いてないない。君のような人にゲームと関わって欲しくない。君にできるのは消費することだけだ。良き消費者でいてくれ」

僕は黒川さんの顔が遠くなるのを感じる。

「それで今一度言うけど、なんで前職辞めたの?」

それは…、と僕は口ごもる。黒川さんは僕が喋るのをじっと待つ。

「それは…仕事中に死ねるか?と言われたからです」

「なるほど」

黒川さんは笑顔になった。

「当たり前のことだね。みんな仕事中に死んで、それで初めて一人前になるからね。それで君はそこから逃げたわけだ」

「はい」

「逃げたわけだ。そして君はそれをずっと認められない、子どものままなんだね」

「はい」

「君は仮にうちに入社してもゲーム開発には触れさせません」

「それはスキルを磨いてでもですか?」

「スキルを磨けば、なんとかなると思っている人間にゲームに触って欲しくないってことだよ」

黒川さんは笑顔だった。笑顔で不採用ですと言った。


僕は家に帰る。アイノミとご飯を食べた。

そして僕たちは肌を重ね合わせる。何度も。

アイノミはいつも僕のそばにいる。なんでだろう、と考えたことはなかった。僕が素晴らしい人間だからだと思っていた。でも僕は人格を否定され、職にも就けない。なのになんでアイノミは僕のそばにいるんだろう。

アイノミは自分のやりたい仕事をしている、僕とは違う。なのに何で。

アイノミは僕にハンカチを差し出した。

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