6−2

 しばらく近所を探すと、海とケロケロはすぐに見つかった。

 商店街を抜けたところの児童公園で、なにやら楽しげに話している。色褪せたコンクリートマウンテンの前で少年と二足歩行のカエルという図は、童話じみていて邪魔をするのに躊躇する。

 聡介は一つ息をつく。仕方がない、これも仕事……ではないけれど、乗りかかった船だ。

「おい、ケロケロ。こないだ俺が言ったこと、忘れたか?」

「わっ、わっ、ブレイクだ」

 ケロケロは慌てて海の小さな背中に隠れる。それを庇うように、海は聡介を睨んだ。

「おっさん、このカエルと知り合い? ブレイクって何、あんたの名前?」

 まずはおっさん呼ばわりに少々ショックを受けたが、相手は小学生だ。彼の父親とそう年齢は変わらないかもしれない。

 気を取り直し、聡介は腰をかがめて少年と目線を合わせる。

「カエルとはまぁ、知り合いだ。ブレイクって言うのは、そこの喫茶店の名前。俺の店だ」

「あー。あの古い薄汚い店ね」

「趣があると言え。まぁ、ガキにはわからんだろうが」

「趣のある喫茶店がヒーローや怪獣のおもちゃ飾るか?」

 可愛くない。が、ごもっともと言えばごもっともだ。が、それを知っているということは、こいつも好きなんだろう。

「よかったら見においで。最近のもあるから、きっと君の好きなヒーローも……」

「興味ねー。特撮ヒーローなんて子供だまし。おっさん、いい歳してああいうの好きなの? あんなの、本当はいないってもっと小さい子でも知ってるよ。もっと現実見ないと結婚できないよ?」

 早口でまくし立てられ、聡介は閉口する。

 本っ当に可愛くないな。最近のガキはみんなこんな感じなのか。夢がない。そう思いかけた途端。

 海は大きく息を吸うと、コンクリートマウンテンを半ばまで登り、両手を斜め上にピンと挙げ、なにやらポーズを取る。

「本当のヒーローは、この俺様っ! 弱い者いじめは許さないからな!」

 ああ、そういうタイプか。なりきっちゃうほうの。

 いたなぁ、小学校のときの同級生にも。そしてケロケロは弱い者認定されてるんだ。

 前言撤回。可愛い、可愛いじゃないか小学生。

 一気に微笑ましい気持ちになり、聡介は頬を緩める。だが、それが海の気に障ったらしい。

「なっ、何がおかしいんだよ」

 飛び降りてきた海は顔を赤くして眉をつり上げる。しかしその表情も可愛く思えてニヤニヤが止まらない。決して、バカにしているつもりはないのだが、可愛いと言えば余計に怒るだろう、きっと。

「ふ、二人とも喧嘩はやめるケロ」

 慌てて間に入ったケロケロの頭をぽんぽんと叩き、聡介は改めて海に問う。

「君はどうしてケロケロと一緒にいるんだ?」

「ああ、カエル……ケロケロって名前なの? そのまんまだな。えっと、こないだ助けてくれたお礼に面白いところに連れてってやるって言うから。暇だしちょっとつき合ってやるかなって思って」

 やっぱり、諦めていなかったのか。ため息をつき、聡介はケロケロの頭を拳でぐりぐりする。

「おい、どういうつもりだ」

「い、痛っ。あっ、えっと、えっと……」

 ケロケロは声を詰まらせ、大きな目を何度も瞬いた。

「乱暴はよせよ、可哀想だろ」

 海は聡介の腕を引っ張り、ケロケロから引き離そうとする。子どもの力ではびくともしないが、いい気分ではない。

 あーあ。すっかり悪者だ。まぁ、別にいいけど。

 どうやってこの場を治めるかと思案に暮れていると、若い女性の声が公園に響いた。

「関口君! 松下君たち見なかった?」

 ポロシャツにジャージ姿の女性が、焦った様子で駆け寄ってくる。

「先生。どうしたの?」

 女性はどうやら小学校の教師らしい。走ってきたせいか額に汗の粒を浮かべている。

「三人ともまだ家に帰っていなくて。奇妙な格好の男と歩いているのを見たって人もいて、もしかしたら誘拐かもしれないって」

 集団下校したはずなんだけどと、教師は不安げに顔を曇らせる。

「すみません、奇妙な格好って?」

 聡介が口を挟むと、怪訝そうな顔で見返された。小学生と共に成人男性とカエルの着ぐるみ。怪しいことこの上ない。聡介が不審な目で見られていることに気づくと、海が助け船を出してくれる。

「先生、この人はあの古くさい喫茶店の店主だってさ」

 ああ、志木さんの……。そう呟いて、教師は聡介に対する警戒を解いた様子でこちらに向き直る。

「その男は、大きな牙の生えたイノシシの皮を被っていたんですって。関口君も早く家に帰りなさい」

 イノシシ? こないだから目撃されているのは、本物のイノシシではなかったということか。

 そうすると、イノシシも刺客なのか。子どもをさらったとなると厄介だな。

 ぽかんと口を開けていたケロケロが、声を震わせながら聡介を見上げる。

「ぼ、僕は何もしてないケロ!」

「わかってる」

 ケロケロの頭を軽く叩き、聡介は海に向き直る。

「家はどの辺だ、送っていくよ……って、こら!」

 聡介が言い終わる前に、海は走り出した。振り返りざま、親指を突き出して自分を指しながら叫ぶ。

「言っただろ! この俺様がヒーローだって!」

 いい笑顔だ。頑張れ! 

 と、手を振ってやりたいところだが、そうもいかない。慌てて海を追おうとしたが、ケロケロにシャツを引っ張られつんのめる。

「なんだよ、離せよ」

「ま、待って! ぼ、僕も行くケロ……!」

「お前は関係ないんだろ、ついてこなくていい」

「で、でも、仲間が僕の作戦を盗み聞きしたのかも。それなら、僕にも責任があるケロ……!」

 いやいやそんなたいした作戦じゃなかっただろ。だいたい、自分も人質にする気だったくせに。

「好きにしろ」

 そう言い残して聡介は走り出す。子どもの足だと舐めていたが、海はもうずいぶん向こうを走っている。松下たちが連れて行かれそうな場所に心当たりでもあるのだろうか。聡介は海を見失わないよう、スピードを上げた。

 海を聡介が追い、その後ろを遅れながらケロケロがついてくる。

 面倒なことになった。敵は人質を取っているみたいだし、そこに子どもとカエル一匹が混ざってくるなんて。人質がいる場合はどうしたらいいんだろう。そういうときの戦い方がわからない。

 しかし、聡介を待ち構えていたのは、さらに厄介な状況だった。

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