14歳の夏は一度きりなのにねこすらいない

 私ときたらここ数日の暑さもあってもうフラフラのイライラだった。TVやアニメだと14歳の夏休みというのは、みんなでどこか海にでかけて(しかもなぜか友達の一人が超お金持ちでリッチなリゾートとか)、男女ペアになったりとかいろいろと想い出を作るはずなのに、私にあるのは、朝起きてご飯食べて部活行って帰ってクタクタになって寝るの繰り返しだけだった。なぜなのか。14歳の夏休みは一度きりで割と大切な物じゃないのか。想い出カモンと思っても無いものはない。


 くさくさした私はちょっとヤバいくらいで、部活に来る道すがらで干からびているミミズにさえ悪態をきたいしまつだった。てか吐いた。


 ねえ、なんなのミミズ? ちょっと見通し甘すぎじゃない? アスファルトが熱いのとか一歩目でわかることない? あっこれ熱いって。なのになんでそのまま進んじゃうの? そんでなんで干からびちゃうの? しっかりして? ミミズ、そういうところだよ?


 もしかしたらミミズには何か背に腹は代えられぬ的な事情があったのかもしれない。なんか形状的には代えられそうだけど、そういうことじゃなくて食べられそうになってたとか。てかミミズ食べる動物って何? 魚……は水の中だから違くて土の中っていうと……モグラ? たぶんそのあたりに追われてたのかもしれない。でも、私はもう暑すぎてそのへんをおもんパカる余裕すらなくてナチュラルに辛辣にミミズを追いつめてしまう。当のミミズはもうカラカラなんですけど。


 足を止めてまでそんな戯言を口に出してみると、私の中の冷静な私が、一体何してんですかー、なんて呆れている。それでも暑いのが悪いよね。ねーミミズーとか思ってると、傍の駐車場から「ニャー」という声が聞こえて私はガバッと勢いよく振り返る。


 ねこ! どこ!?


 ねこ。私の通学時の安らぎの友。いつも駐車場の脇からフラッと現れてはごろりと横になり、撫でられて当然だけどまだ? という態度で私を迎えるサバトラの可愛い奴。でも、暑くなってきてからは姿を見せなくなって久しい。そのねこが、何日かぶりに私に挨拶をしている! ねこ! もう私の夏休みにはお前だけだ!


 私はきょろきょろと辺りを探したのだけどその姿は見えない。向かいの通り、路地裏の窓、そんな所にいるはずもないのに。ねこーと呼び掛けながらしばらくうろうろしたが、一向に姿が見えなかった。あれー?


 暑さでついにねこの幻聴が聞こえるようになってきたのかしらん。ニャーなんて、ほら、また。また!? いや、これは幻聴ではない。


 私は慎重に辺りを吟味する。まだ探していないところ。猫がいそうなところ。もうすでに暑さでオーバーヒート気味の脳をフル回転させるのだ。今の私はねこの居場所を突き止めるために生きている。ベストを尽くせ。夏休みを、人生をねこに捧げろ。ねこの気持ちになって考えるのだ。そうだ。私は猫だ。アオアオアオーン。などと考えているうちにピンときた。


 私はがばっとしゃがむ。見るべき場所は駐車場の車の下だ。そして果たして、そこには、ねこが、――いた!


 サバトラのあいつは車の下の日陰でごろりと横になってぐでっとしている。私と目が合うと、もういちどニャーなんて挨拶をしてくるんとひっくり返った。撫でれの合図だ。


 私はすぐに傍にいったのだけれども、手が届かない。ねこがごろりんと寝ている場所は車の少し奥まった所なので、手を伸ばしても無理なのだ。私がぐぬぬぬと手を伸ばして頑張って見ても、ねこは涼しい顔で見ているだけだ。


 ちょっと、不公平じゃない? 少しは歩み寄ってよねこ。そう口に出しても猫は「猫だから何言ってるか分かりません」みたいなキョトン顔で転がっている。本当はわかっているくせに冷たい奴だ。私はこんなに会いたかったのに、ねこはそうでもなかったのか。ねこまでも私の夏休みに協力してくれないのか。私たちの関係ってそんな程度だったの?


 そう拗ねて見せても、ねこは相変わらずひっくり返ったりしているだけだ。


 どうする。このまま立ち去って部活に行こうか。でも、久しぶりに会ったのだから触りたい。幸い今の私の服装はジャージだ。このまま腹ばいになって車の下に入れば触れない事もない。でも、知らない人の車の下にいきなり潜り込むというのはいろいろと気が引ける。汚れ的とか、モラル的とか、あと、ねこに負けすぎ的とかそういうことで。


 うぬぬぬ、と逡巡していると、急に背中から声をかけられた。声というか、鳴き声を。ワンワンって。


 びっくりして振り返ると、そこには結構な大きさの犬とお姉さんがいた。真っ黒な犬の頭の位置は私のお腹当たりまである。デカい。しっぽをぶんぶん振っているけど、私はちょっとびびってしまっていた。


「おはよー。ごめんねー驚かせちゃったみたいで。ほら、エス、行くよー」


 お姉さんは爽やかにそう言うと、エスというらしい黒い犬を引っ張ったのだけれど、犬は全然平気な顔でしっぽをぶんぶん振りながら、興味深そうに私のジャージをフンフンやってる。正直言って怖い。でも、怖いそぶりをすると、その気持ちが動物にも伝染してかえって危ないと聞いたことがある。私はぐっと我慢して、黒い犬の頭を撫でようと手を出したのだけど、やっぱり怖くて途中で止めてしまった。


 その時だった。突然、目の前ににび色の塊が飛び出してきて唸り声を上げた。


 しゃーっ! 鋭く鳴いたそれは、ねこだった。安全で涼しい車の下から飛び出してきて、私と黒い犬の間に立ちふさがって威嚇している。ふぅぅぅうぅぅ、と今まで聞いたこともない声を立て、毛を逆立ててつま先立ちだ。黒い犬は、キョトンとした様子で興味深そうにねこに鼻を近づけようとした。――危ない、私はとっさに猫を抱き上げた。


「ねこ!」

「エス!」


 と、同時に、お姉さんも黒い犬の首輪を直接手で握って、ぐっと引っ張った。私とお姉さんは、お互いにごめんね、だとか、大丈夫ですとか、そんな事を言いながら、とりあえず逆方向へと駆け出した。


 しばらくねこを抱えたまま学校に向かって駆ける。腕の中の猫は相変わらず毛を逆立てているけれど、もう唸ってはいない。それでも興奮しているのだろう、私の腕に爪を立てている。でも、そんなことはどうでもいい。もう少し離れなくちゃ危ない。私はねこを強く抱きしめ過ぎないように、しかし、黒い犬の方へはいけないくらいにはしっかりと抱いたまましばらく走った。


 駐車場から50mくらい離れ、黒い犬とお姉さんも見えなくなったところで、ねこを離した。ねこの背中はいつものサバトラ模様に戻っていたが、しっぽはまだいくぶんか膨らんだままだった。


 ねこ、大丈夫だった? そう声をかけても猫は相変わらずの聞こえないふりで周りの物の匂いをふんふんと嗅いでいる。そしてしばらくすると、ふいっと駐車場の方へと歩き始めた。そうだよね、あの辺りがねこのだもんね。帰ってまた涼しい車の下で寝たいんだよね。


 ねこにバイバイと手を振るが、ねこはあいかわらずマイペースで歩いて行く。まったくねこときたら。私は少しむくれたけれども仕方ない。くるっと振り向いて部活へと向かった。


 私は歩きながら、ねこはあの時、どうして車の下から出てきたりしたのだろう、と考えた。そして、はたと気づいて足を止めた。


 もしかして、あの時ねこは、私を守るために飛び出してきたのではないだろうか。だって、ねこにしてみたら、車の下にいるのが一番安全だ。黒い犬が去るまで、のんびり寝転がっていればいいだけだ。それなのに、わざわざ出てきて黒い犬に喧嘩を売るような真似をした。その理由はまさか、ひょっとして、私?


 とたんに私は嬉しくなった。そうと決まったわけでもないのに。なんだよ~ねこ~、やっぱお前、いい奴じゃ~ん。全然冷たい奴じゃなかったよ。まるでどこかの騎士ナイトじゃ~ん。今度念入りに撫でる~、なんて思ってニヤニヤしてしまった。


 振り返ってみると、もうねこの姿は消えていた。素早い奴だ。私はあの時、ねこが危ないと思って抱き上げたけど、本当はねこにとっては余裕だったのかもしれない。黒い犬を煙に巻いて、トントトッターンと木の上あたりに駆け上がって涼しい目で見下ろす予定だったのかもしれない。「チッ……にんげんが余計な事しやがって。だが、ま、ありがとな」くらいは思ってるかもしれない。そう思うと、ますますねこがいい奴に思えて来た。


 だいぶ暑さにやられてますねー。私の中の冷静な私が呆れてるが、それでも私は嬉しかった。ねこ、ありがとう。たぶん今日ねこが私を助けようとしてくれたことは、14歳の夏休みのハイライトのひとつだ。きっと何年かたって思い返した時に、燦然と煌めく想い出になるんだろう。私が小学生だったら、夏休みの絵日記にメインの話として書いていたかもしれない。ありがとうねこ。私のねこ騎士。


 ……あれ、でもあのねこ、オスだったかな?


 メスだったらどうしよう。話がちょっと違ってくる。でもまあ、それはそれでいいか、なんてくすくすと笑う。笑いながら、真夏の日差しの中を部活へと向かう。

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