記憶に残らない話:貴女がいない国で

 未来師が統治を収める国。私の故郷であり、そして捨てた国。たぶんだけど、私がこの国に戻ることはない。だから、この話も私が知るところではないのだ。

「行ったか」

「えぇ、予知にあった通り、第21未来師者様は此度出国なされました」

 第1未来師者の問いかけに、彼の秘書官は頷く。その秘書官は私が産まれた当時、総理大臣と呼ばれる肩書であった。その数年後にとても疲れ切った顔で総理大臣を辞職し、次の世代へと託して、こちらに仕えている。天下りのような形になっているが、もはや伝統になりつつあるため、誰も咎めることはなかった。特に彼は歴代の総理大臣の中でもなかなかに優秀な政策をいくつも打ち立てたのだから、それを妬むのは野党の連中だけであろう。

 こうなることさえ、全て予定通りである。予知した通りだ。

「法律を捻じ曲げてまで、彼女を出国させてようとしたその気持ち、今では痛いほど理解できます」

「そうだろう?」

 第1未来師者は笑う。どのような法を捻じ曲げたのだろうか。

「バレなければ犯罪でもあるまいがな。ヒカリは気が付いていないようであったが、よく考えればわかる話だ。私達未来師者は10年後の未来が視えなくなるということをずっと昔から理解をしていた。そのことが分かった当時はひどく混乱をしていたようであるが、しばらくして、その原因が疑念によるものであることがクロネコによって伝えられることも予知をした。そしてキーパーソンとなる存在に、ヒカリという少女が現れることも」

 私がキーパーソンとなることを彼らはそんなにも早くに知っていたのかと驚きがやってくる。そもそも彼らが指摘した通りずいぶん前から私がどうするのかという未来も視えていたのだ……。なぜかそこにまで考えつかなかった。

「私がそのことを伝えられた時はてっきり、彼女を箱入り娘とし、決して危険なことに接しないように、保護をするものだと思いました。そうでなくても、予知した通り第21未来師者の名前だけ与え、厄介ごとを押し付け、クロネコからその結果をもらってから初めて彼女を丁寧に扱いだすものだとばかり……。しかし、第1未来師者どのが打ち立てたのは……未来師者による統治を自然と終わらせる方法。意外としか言いようがありませんでした」

 窓から外をにらむ。ここからではぎりぎり、国の外の様子をうかがうことが出来ない。だが、こちら側の門から国を出たことは知っている為に憂うことくらいはできるだろう。

「当初の予定では、確かにヒカリを丁重に扱ったが、疑念に押しつぶされて早く死亡をしてしまうことが確定していた。それと同時に私たちの未来を視る能力も完全に途絶えてしまった。しかし、そこで視た景色非常に美しかった。未来が視えないことは不安だが、楽しさがあった。これが重要なんだということをその未来を視てようやく私は気が付いた。だが、それはヒカリという少女を犠牲にして出来上がった理想郷。慈しみが出てきたのは言うまでもなかった。人の命を救えるなら救ってやった方がいいと気が付いた。自身の身分が危うくなることを承知で上位の未来師者たちにヒカリを救い、そしてよりよい形で理想郷を作り上げようという話をした。その結果も視えていたのだから緊張も何もなかったな。彼らもまた、未来の不確定さに楽しさを見つけ出していたのだから」

 どういうことであろうか、まさかこれらは最初からしくまれていたということなのだろうか。

 私は自分の考えのもとで……、あったとしても私にこびりついた疑念からクロネコについていったはずである。にもかかわらず、今の口ぶりからすると、ということなのだろうか。

「ラディスが考えた一つの策がクロネコに付き添わせることであった。その考えに至った瞬間、私たちが視たのはクロネコと共にこの国を逃げ出すヒカリの姿だった。かなりおびえていたな。私たちがもとから彼女たちを追いかけるつもりがないということ知らないのだから無理もあるまい。だが、彼女はすぐに死んでしまった。盗賊に出会い、彼女らは襲われて……全員死んでしまった」

 私が、盗賊ごときで? 微かな疑問を思い浮かべる。私の能力と戦闘力、そしてレイ君たちの力を使えば盗賊ごときは簡単に倒せるはずである。しかし、第1未来師者たちがここで嘘をつく必要性は感じない。それならば、なぜそのようなことを言うのだろか。そこから導き出されるのは一つである。

 私が能力を戦闘のために使うという発想がなく、本当に不意打ちでやってきた彼らに一方的に蹂躙をされたということか。もしかしたら、その盗賊たちの中に呪術を用いるものがいたのかもしれない。レイ君たちが張った簡単なトラップを破り、そして殺される。そんなヴィジョンが現れる。

「このままでは結局ヒカリは死んでしまう。そこでまた、頭を回していると、誰が考えついたのかもはやわからぬが、彼女に戦闘を学ばせようという形になった。暇をしている彼女をうまく誘導させて戦闘技術を学ばせる。誘導方法も能力により理解した。そうすると、ヒカリが死ぬのはずいぶん先の話になったようであるな。にしても、アイツは未来を変えすぎているようで正確には分からなかったが」

 確かに、私は未来を視る能力で、人がヒトを商品として扱う国の時や、“天界の使い”の時など、未来を視る能力により命を伸ばし続けている。確かに、これではいくら第1未来師者といえども、未来を正確に把握することが出来ないであろう。

「さて、ヒカリがいなくなったことで未来を視る能力は加速度的に失われていくことになる。だが、それでも一応はこれから100年程度は未来がわかっている。我々はこう宣言する。未来師者がなぜか産まれなくなってしまった。おそらくは近親間での子孫繁栄を行いすぎたせいであるという風に。これはどうすることもなく規定されたものだと。なので、これからは全てを民衆のものに任せつつ、この100年で未来師者がいなくとも立派な国なるよう作り変えていくと」

 急激な変化は確かに人々を混乱に陥れるが、徐々な変化ならば受け入れてくれる可能性が高まる。いや、そうなることを予知したからこそ、この対応をとったのだろう。おそらく、実際には未来を視れる人物は産まれるのだろうが、いないということにしたのだろう。もしかすれば、未来師者を産みだす可能性がある人物が、子をなすことを禁止したのかもしれない。それは私の考えには届かぬところである。

「さぁ、行こうではないか。ヒカリが新たな道を歩みだしたように我々も。規定された道だけを歩む総理大臣職も飽きただろう」

「それはとっくの昔に飽きておりますよ」

 そうして彼らはどこかへと消えていった。

 これは私の知らない話、私の記憶に残らない話である。

 このような真実を知っているものはクロネコにはいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クロネコ一座 椿ツバサ @DarkLivi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ