短編

短編

咲夜織零陽とゆかいな仲間たち


 とある場所の、とある一室。


頼人よりとー、早く原作回してよ。『イベント』起こせないじゃん」

「うるせぇ。こっちはネタ切れ寸前なんだよ!」


 頼人と呼ばれた少年は、顔を顰めた。


「もう、何で二人で書いてるのに、時間掛かってんのよ」

「こういうのは、時間が掛かるんだよ。文句言うなら、姉ちゃんが何か案を出してくれよ」


 姉ちゃんと呼ばれた少女は「うっ」と唸ると、部屋から出ていった。


「ふーっ、本が元の巨大RPGねぇ……」


 そう言いながら、頼人が視線を向けるのは、二冊の本。

 その本の作者でもある少年、雪白木ゆきしらぎ頼人よりとが悩む理由は、これにあった。


   ☆★☆


 決められた学校にのみに存在する巨大なRPGにして、数多くの学生たちが利用するVRMMORPG多人数型ゲーム、『学園Onrain』。

 プレイヤーにより、設定され選び、決められた学園がメインとなるのだが、舞台となるのは学園ではなく、ファンタジー要素があるその世界。

 魔物や妖精、ドラゴンは存在し、冒険者という職業も存在する。

 ただ、必ずプレイ開始時は学園から始まる。

 選んだ学園により、冒険者ルート、王宮ルート、世界そのものに関わるルートが決められる(最後のに限っては、難易度MAX状態、管理者の場合は、難易度は下がる)。

 とまあ、学園入学→就職(または進学)という具合で、ゲームを進めていくのだが、途中で退学や教師の手伝い、委員長などの妙なリアリティがあるのは、管理者たちが現役の学生・・・・・だからだろうか。


 そしてまた、このゲームの原作者の一人が、先程の少年ーー雪白木頼人であり、頼人ともう一人の作者でもある少女により、世界は作られた。


 ゲームは二人が通うゲームの発祥地ともなった学校で、制作部――通称『運営』と呼ばれる組織に所属する少年少女たちにより、また制作されている。

 所属期間は中等部への入学から、高等部卒業までの六年間。

 時折、大学に通う者たちが『運営』に来るが、基本的に『運営』の卒業生ばかりなので、意外と生じる問題は少ないかと思えば、そうでもなく、問題が発生した場合は彼らの手を借りることもある。

 それでも、彼らにも予定があるので、その範囲内で、だが。


   ☆★☆   


 学校の中のとある場所。

 部屋の名前を示すプレートには、『制作室』と示されており、扉には『部外者立ち入り禁止!』と紙が貼られていた。


零陽れいひ~、この後どうする?」


 その部屋の一カ所で、同い年ぐらいの少女が零陽と呼んだ少女に尋ねる。


「この後? うーん、今の原作は頼人だからね」

「あ、そっか。二人で書いてるんだもんね」


 そういえば、と言いたそうに少女は思い出すように言う。


「だから、莉々りりも何かネタを頂戴」

「はぁ……一応は考えておくけど……」


 少女――莉々はため息を吐くと、そう言った。


「ありがとう」


 そんな莉々の言葉に、零陽は礼を言った。


 咲夜織さくやおり零陽れいひ東雲しののめ莉々りり

 ともに学院の高等部二年であり、『運営』所属。

 初等部の高学年から共におり、互いに良き理解者。


 零陽の方は、雪白木頼人とともにゲームの元となった原作を担当し、『運営』ではバグ退治が主な仕事で、莉々はキャラクターデザインの一部や世界背景などのデザイン系を行っていたりする。


 そんな二人の元へ、ドアを思いっきり開け、ほぼ叫ぶような形で制作室へと一人の少女が入ってきた。


「零陽ー、『イベント』寄越せー」

「音葉さん、ここに『イベント』はありません。それより、ゲーム管理を手伝ってください。バグの処理もしないといけないんですから」

「分かったわよー」


 音葉さんと呼ばれた少女――雪白木ゆきしらぎ音葉おとは。頼人の姉にして、『運営』所属。高等部三年。主にイベント内容の提案が仕事――の言葉に、零陽は苦笑いしつつも、そう告げる。


「それに……なんかなー。どっかの誰かが、『フィクス山』をぶっ飛ばしたせいで、マップを更新しないといけなくなったし」


 零陽は呆れた目で、画面の先の今までのマップと新たなマップを見る。


「ついこの間まで、あったのにね。『フィクス山』」

「そうなんですよねー」


 ご苦労様、と言いたげな音葉の言葉に、ため息を吐くも、零陽はマップを更新していく。


「……ん?」

「どうしたの?」


 何かの異変に気付いたのか、零陽が声を上げる。


「いや、確認を終えたから、ログアウトしようとしたら――いきなり戦い挑まれた」

「あー……」


 マップの更新を終えた零陽だが、確認のためにログインして、確認し終わってからの出来事だった。


「どうするつもり?」


 どこか面白そうな莉々に聞かれ、零陽はニヤリと笑みを浮かべる。


「もちろん、受けてやるわ!」


 そう言い、零陽はキーボードと電子パネルを駆使して、戦闘に入る。


「げっ……ちょっとこれはマズい」

「零陽は後衛だからね」


 零陽が悲鳴を上げ、莉々が苦笑いして言う。


「助けた方が良い?」

「いや、いい」


 聞けば、零陽は拒否する。


「とはいえ……しょうがない。アレを召喚して――これでどうだ!?」


 一瞬悩んだものの、零陽が召喚させたものにより、攻撃を受けた相手は黒こげになって倒れた。


「ギリギリね」

「仕方ないでしょ」


 ため息を吐けば、莉々にそう言われ、零陽はそう返事を返した。


   ☆★☆


「やっと終わったーー!」


 ようやく書き終えたのか、頼人が伸びをしながら言う。


「後は零陽に渡すだけ、か……」


 そう呟くと、頼人は何か考えるようにして黙り込んだ。


(零陽には悪いが……)


 そのまま、電子パネルを再起動させた頼人は、表示された文章に、ある一文を付け加えた。


   ☆★☆


 翌朝。


「零陽」

「ん?」


 名前を呼ばれたから、振り向けば、そこには幼馴染の頼人が居た。


「結構、苦労したぞ」

「あはは、ご苦労様」


 疲れた、と言いたげな頼人に、零陽は苦笑した。

 そう言い合いながら、零陽は頼人から原作データを受け取る。


「じゃあ、今日からは私の番ね」

「ああ」


 零陽が確認を取れば、頼人は頷いた。


   ☆★☆


 場所と時間は移り、昼休みの制作室。


「さてと、どこまで話は進んだのかな~」


 零陽はデータの確認のために、電子パネルを起こした。


「……」


 零陽は少しずつ読み進めていった。

 そして、最後の一文にまで目を通し――


「面白いじゃないの」


 そう呟いた。


   ☆★☆


「零陽ー、居る~?」


 制作室ではなく、パソコン室に来た莉々の声が響く。

 原作者である零陽は原作データが来れば、パソコン室で原作を書く。

 それを知っていたため、莉々はパソコン室に来たのだが――


「居ないのかな?」


 パソコン室全体を見回し、首を傾げる莉々は、一つだけ不自然にいていたパソコンに気付いた。


「何で、これだけ点いてるの?」


 莉々は疑問に思いつつも、そのパソコンを覗き込む。


「……って、ログインしっぱなしじゃない」


 呆れたように言えば、さらなる疑問が沸いてくる。

 誰が点けっぱなしで、そのままにしていったのか、はたまた別の理由か。


「これ、消していいのかな……?」


 だが、無断で消して怒られたくはない上に、運営側としても問題は起こしたくないのだが――


「うーん……」

「莉々ちゃん?」


 悩んでいると、後ろから声を掛けられた。


「音葉さん」

「どうしたの?」


 莉々が振り返れば、音葉は不思議そうな顔をして、尋ねてくる。


「これ、ずっと点けっぱなしな上に、ログイン状態で……勝手にログアウトして、消して良いんですかね?」

「うーん、そうねぇ……」


 電源が点けっぱなし。

 さすがの音葉も困った様に首を傾げる。

 とはいえ、放置すれば、運営側である自分たちに被害が出るかもしれない。


「とりあえず、零陽に連絡を取りましょうか」


 迷ったり困ったりしたときの最終手段。

 そう言って、音葉は零陽に連絡を入れた。






 数分後、外が暗くなるのとは逆に、パソコン室には明かりがともっていた。


「莉々、音葉さん」

「零陽~」


 制作室からパソコン室に来た零陽が声を掛ければ、莉々が零陽に飛びついた。


「で、問題のパソコンがこれ?」

「そう」


 一つだけいているパソコンを見ながら零陽が尋ねれば、二人は頷いた。


「莉々が来た後は、音葉さん以外に誰も来なかったんですよね?」


 続けて尋ねれば、莉々は頷く。


「うん。けど、勝手に切ると、点けてた人に後で怒られるかもしれないと思って……」


 顔が下がり気味の莉々に、音葉も困った顔のまま、零陽を見ている。


「ふーん。なら、切っちゃおう」

「え、けど……」

「このままじゃ、莉々も音葉さんも帰れないじゃない」

「それは……」


 零陽の言葉に、莉々は戸惑いを見せるが、ある意味、正論を言われてしまい、黙ってしまう。


「それに、怒られそうになったら、私がやったって言いなさい」


 そういうと、零陽はログアウトし、パソコンの電源を切った。


「さ、帰ろう?」


零陽がそう言えば、三人は荷物を持って、パソコン室を出た。






「にしても、本当に零陽が来てくれてありがたかったよー」


 安堵したように、莉々が言う。


「これからは、いつまで経っても誰も来なかったら、勝手に消して良いからね?」


 零陽は言う。

 あってもらっても困るのだが、いつも零陽や頼人が来られるわけではない。


「そうね。もしトラブったら、零陽の正論と頼人の圧力で抑えればいいしね」


 音葉本人は、さりげなく言ったのだろうが、現実になりそうで怖かった。


「というか、ああいうのは本来、私じゃなくて、音葉さんが判断すべきです」


 零陽の言葉に、先程の勢いはどうしたのか、音葉は軽く落ち込んだようだった。


   ☆★☆


 翌日。


「あーもう! 何で気付かなかったのかな!?」

「今更、嘆いても後の祭りだ」


 今、原作者二人の手元は忙しく動いている。

 いや、二人というよりは、制作室内にいる運営側の面々の手元が忙しく動いており、中には器用に足まで使ってる者もいる。

 状況を説明すると長くなるのだが、どうやらハッキングされた上に、いろいろ弄られ、モンスターが大量に出現したり、バグが発生する事態に陥っていたのだ。


 それに一番慌てたのは、プレイヤーやNPCではなく、運営側だった。

 住処としているフィールドの設定をしていたモンスターが、住処以外のフィールドに現れたりと、とにかく運営側はバタバタしていた。


 そもそも、それを運営側が知ったのは、運営側の(中高両方の)一年生たちがいくつかの不自然に気付き、先輩である零陽たちに連絡を取ったためである。


「零陽、どうする?」


 画面から目を離さずに、頼人が尋ねる。

 教師陣に授業免除を頼んでまで、運営側は登校時間から制作室とパソコン室の二ヶ所でモンスター排除などに当たっていたが、パソコン室は授業で使うということもあり、一時的にパソコン室で作業していた面々は廊下に出ることもあった。


「仕方ない。一番怖いパターンだけどやる」


 零陽は何かを決めたかのように、拳を作る。


「そうか」


 零陽の考えが読めたのか、頼人も頷いた。


「中からは主に私が潰す。外はみんなに任せるから」

「はい!」


 零陽の言葉に、運営側の面々は頷く。


「あと、どうしても処理しきれなかったら、イベントとしてプレイヤーたちに協力を仰いで」

「分かった」


 最終手段を提示し、頼人の返事を聞いた零陽はゲームにログインした。


   ☆★☆


 彼女の本来のアバターは、金と赤茶色の髪に緑色の瞳を持っていたが、緊急事態なので、運営側とすぐに分かる黒髪黒眼の姿になっていた。

 そして、零陽は一度深呼吸をし、両手で両頬を叩いた。


「よし!」


 気合いを入れ直し、状況確認と把握を済ませ、モンスターが大量発生中の地へと足を進めた。






「うわぁ、やっぱりリアルで見たくなかったわね。こんなの」


 モンスターの大量発生を見て、最悪、と表情に示す零陽だが、外側で対処している頼人たちのことを思い、気を引き締め、零陽はそれぞれのモンスターたちを見る。


「さて、始めますか」


 そして、零陽の内部モンスター殲滅が始まった。


   ☆★☆


 外側では頼人たち『運営』が必死に対応していた。


(零陽……)


 彼女の身が心配だが、今は目の前の問題を解決するのが先だ。


「――っ、」


 自分たちの書いた物語とはいえ、全く予想してなかったわけではない。

 状況を確認すれば、一部の場所でモンスターが減っていっている。

 きっと零陽だろう。

 彼女は後衛ではあるものの、前線で戦えないわけではない。


(頼むから……)


 原作の通りにはならないでくれ。


 頼人は画面を見ながらそう願う。

 彼が原作の最後に加えた


『この世界から、出られない』


 という一文。

 書いていたそれは物語だ。

 ゲームには、あるイベントとして加えるつもりだった。


 イベント内容は、『一人の少年または少女を見つける』というもの。

 簡単そうだが、意外と難しい。

 知ることが出来るのは外見のみ。

 絵本とかにある『○○を探せ』のようなものだ。


『少しぐらい、頼ってもいいよね? 頼人』


 そう告げてきた彼女の言葉と笑顔を思い出す。


(頼むから、無事に戻ってきてくれ)


 必死に手足を動かす。

 今になって思い出した理由は分からないが、もし現実になったりしたら――


「零陽、ごめん」


 彼女には、謝ることしかできない。






 数時間後、頼人はプレイヤーたちにイベントとして、提示。これで、何とかモンスターは消え去った。


 だが、数日後。

 零陽は叫ぶことになる。


「頼人のバカーーーー!!!!」


 自身らの描いた物語とゲームと類似したこの異世界で――


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