自宅巡り その三(2):ああ、野蛮
「
見下ろしながら出し抜けに、
だが、それはここに来て幾度となく宣言してきた言葉である。
「何度も申し上げた通りです」
気後れが苛立ちに上塗りされていた。
逆ににらみつけるような目つきで切って返すが、指宿は意にも介さぬ振る舞いでメガネに指を添える。
「よろしい。では、勝負に移るとしよう」
「内容は……」
「実物を見てもらったほうが早いでしょうね。案内する。来たまえ」
言うが早いか、指宿はきびきびとした動きで背を向けると、部屋から出て行ってしまった。
――――あの筒は、関係ないのか?
先刻の直感が後ろ髪を引くが、そうしている間にも指宿はひたひたと歩みを進めている。
やむなく置いていかれないように後を追いながら、それでも意識だけがあの鉄の筒に引きずられていた。
そんな継嗣に突然、指宿が声をかける。
「守宮継嗣くん。時に、君はこの籠島という土地について、どのように聞いていますか?」
歩きながら、いきなりの問いかけにノドが詰まった。
まさか地元の人間相手にあの悪評を語り聞かせるわけにもいかない。
「――――『籠島は野蛮人が住まう土地』だ。そうでしょう?」
ところが、脳裏に浮かんだ言葉をそのまま摘みとったように指宿は言った。
思いがけぬ正答に、継嗣はむせる。
「い、いえ。その……」
「ああ、いい。気にしないで下さい。そうした風評もあながち否定しにくい部分もありますから」
振り返りもせず、背中越しに語る指宿の声はあくまで平淡なものだった。
快、不快の色すらも滲ませず、その真意がどこにあるのか得体が知れない。
「祖先が野蛮を行い、その影響が残っていることは否定しません。よく知られるものでいえば、『肝練り』などがそうです」
「……『肝練り』?」
「おや、知りませんか? こう、ぐるっと円陣を囲んで、その中心部で火縄銃を回転させながら発砲させるのですよ」
「あの……なぜ、そんなことを?」
「参加者の心胆を鍛え上げる目的の、一種の精神修練です。いざ合戦で銃に臆さぬ心を養う為、とでもいえば理屈に適いますかね」
継嗣は言葉を失った。
一体、人の命をなんだと思っているのか。
風に聞こえた籠島の蛮行などはまだ生易しいもので、その実態は継嗣の呑気な想像を遥かに超越していた。
おそらく近隣に住まうだけに一層、生々しい情報が飛び込んできたに違いない。
後悔の念はますます深く、まさかこれから行われる勝負もその『肝練り』なのではないかという懸念が継嗣の脳裏によぎった。
「勝負は『肝練り』ではありませんよ」
「えっ!?」
またも指宿に心中を言い当てられ、継嗣は仰天する。
だが、それは神通力、読心などの異能であるはずもなく。
「君はすぐに色が出る。顔色、声色、その他いろいろ出しすぎです。素直なのは結構ですが、もう少し精神の鍛錬を積んだ方がいい」
やっと振り向いた指宿は事も無げに種を明かした。
言われてみれば、何度も似たような指摘を受けた経験があった。
だとすれば、確かに驚くに値しない。
継嗣はこの土地の空気に圧倒され、呑まれかけていたことを今更ながら自嘲した。
「話を戻すと……勝負は『肝練り』ではありません。……というより、今の時代にあんな事やる人間は
「そうなんですか」
「当然でしょう。ああいった蛮行が行われていたのは、もう数百年も昔の話です」
肩をすくめながら、指宿はその陰鬱な気質にしては不相応におどけて見せた。
「そもそもがナンセンスです。心根を鍛えるにしても無作為に参加者が傷つき、命を落とす。実に無意味だ」
それは、継嗣も驚くほどに真っ当な意見だった。
古今東西、度胸試しは数あれど、そこまで致死性の高い修練に意味があるとは思えない。
なぜなら、そうやっていくら強大な精神を築き上げたところで、死んでしまえば一巻の終わり。全てが水泡に帰すのである。
「これら過去の蛮行が各地に知れ渡り、我が籠島は『蛮族の地』と揶揄されるようになりました。出来る事なら、私はこれを改めたい」
継嗣の感性がこの地で異端であるならば仕方ない。しかし、目の前の男は極々一般的な感性で地元の悪習を両断した。
もはや数百年前の出来事。その悪名が現代においてなお引き継がれている。
時代は移り変わり、そこに住む人々が変わっても周囲の見る目は変わらない。
受け継がれ続ける悪名。それはその地に住まう人間にとって、悪夢以外の何物でもなかった。
「……すいませんでした」
継嗣は立ち止まり、発作的に頭を下げていた。
指宿の苦悩を知ってしまえば、これまでの怯えるような態度がいかに相手を苦しめたか。
悟った瞬間にはもう頭を下げずにはいられなかった。
「君が察してくれたことを、私は何よりも嬉しく思う。だが謝罪は無用」
指宿は少年の誠意に快く応じると、再び歩み始める。
しかしその歩みはすぐに止まった。目的地はすぐ鼻の先だったのだ。
頑丈そうな鋼鉄製の扉が、そこにはあった。
「ここから先は男同士、遺憾なく勝負に興じようじゃないか」
扉を開け放つと、中は倉庫のようだった。
暗がりでその全容は見えてこない。
構いもせず先に指宿が入室し、継嗣もその後を追うと、強烈な異臭が鼻をついた。
――――これは、火薬?
かつて授業の化学実験で嗅いだ火薬の臭いが、継嗣の鼻先に再現されていた。
思わず顔をしかめてしまうが、耐えながら徐々に目が暗闇に慣れてくると、その部屋の異様さが明らかになってくる。
「…………な、なんですか、これ」
「今から遡ること百年前。私の先祖が野蛮な『肝練り』に代わり考案した紳士的遊具」
そう言うと、指宿は一個の金属体を大事に支えるよう抱えていた。
金属の艶かしい光沢が狂気を孕んでいる。側面には「C−193534」とシリアルらしき数字が刻まれていた。
「見たまえ。これが今日、私たちの運命を決める一発の砲弾だ」
弾丸と呼ぶにはあまりに巨大。
そして、その背後に広がる異形に、思わず全身の毛が逆立っていた。
狭苦しい部屋の壁に埋め込まれた物々しい装填機構。部屋の隅には流線型の砲弾が山のように積まれている。
指宿は瞳を輝かせて言った。
「君と私の勝負を成立させる装置さ。私たちはこれから『互いの命を賭けて』競い合う」
「い、命?」
「そう、『肝練り』など野蛮なものではない。私たちは不条理な死ではなく、合理的に互いの命を曝け出すんだ」
継嗣は返す言葉もなく、絶句した。
男が繰り広げる解説を、さながら異国の演説映像を眺めるが如く静聴するしかなかった。
「それでは説明しよう! 全10発の装填口に1発の実弾。この装置と壁向こうで繋がっている砲筒の前で、互いに引き金を引くというシンプルなルールだ。ああ、無論、ただの銃弾では我々自宅警備員の家系に生まれた者には歯が立たない。――――そのための大砲!」
あの奇妙な鉄の筒の正体。――――それは壁に埋め込まれた大砲。
答えを聞いてしまえば、なるほど、と頷いてしまいそうになる。
実は、継嗣はすでにその正体に気づいていた。
しかし、心のどこかでそれを必死に否定して気づかないよう努めていたのだ。
「この大砲を至近距離で食らえば、いかに強固な自宅大気といえど意味を成さない! 確実に絶命する!」
野蛮の地・籠島。
継嗣は今、骨身をもって、その意味を痛感していた。
「その名も『たねがしまん
帰りたい。
継嗣は心の底からそう思った。
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