第5話 展開

家に着くと、門の前に一人の熟年の男性が立っていた。年をとってはいても男の色気を醸し出すその男に二人は見覚えがあった。一希の恩師にして、この世界の発案者である木城雅臣その人だ。陽菜も何度か顔を合わせたことがある。

「木城先生?」

「やあ、久しぶりだね、一希くん。それと陽菜くん・・・だったかな?」

「はい。覚えておいてくださり、光栄です」

 一希は木城の変わらぬその姿に安心し、再び会えたことを喜んだ。

「お久しぶりです、ここではなんですから上がっていってください。今日は弟の誕生日でケーキもあるんですよ?」

「いや、すぐに話は終わるし、ここで構わない。それに僕がその誕生日会に水を差すのも悪いからね。まあ、その誕生日会もあってないようなものだが」

 最後の発言の意図があまりよく分からない。よく分からなかったが、今はそれよりも会えたことに対する喜びの方が優っていたのかその違和感をなかったことにした。

「それで木城先生?話というのは?」

「ああ、そうだった・・・。私は常に刺激を求めていてね、私とゲームをしないか?」

「はい?」

 一希は思わず聞き返した。ゲームと突拍子も無いことを言われても何を指すのかイマイチ掴めない。

「君にまだ出会う前、私のゲーム相手を探そうと全国の学生に統一テストと称して小学生から高校生まで試験を受けさせて結果を見たときは震えたよ。あれはIQを測るものだったのだけど君は小学1年生にして他のどの学生も寄せ付けず、圧倒的成績で1位を勝ち取っていてね。結果は公表されていないが、すぐに会いに行くことを決意したものだ。」

「ずいぶん昔の話ですが、なぜ急にそんな話を?」

「なあに、少し思い出に浸りたかっただけだよ。思い出ついでに一希くん、君が昔弟を欲しいと言ったことは覚えてるかな?」

 そんなことを言ったような言っていないような、と一希の記憶は曖昧だ。一希からしてみれば弟は既にいるし何を言っているのかよく分からない・・・。

 と、その時。

 一希の頭に痛みが伴う。

「ふむ。みたところ、この情報世界で自身の痛みを消す設定はしていないようだね。痛みは脳の危険信号だからその判断は賢明だ。さて一希くん、私がこの世界に来るときに君にあげたプレゼントは堪能してくれたかな」

「プ、プレゼント?」

 一希の問いかけに対し、冷たい声音で木城が答える。

「弟くんだよ」

 ドクン。鼓動が高鳴る。額には脂汗が浮かぶ。

 一希はすぐに耳元のアトメカに触れてそれを起動し、画面を呼び出す。目にも留まらぬ速さでタイピングをしている。どうやら記憶の変更履歴を調べているようだ。一見、何も人の手は加えられていないように思える。むしろ一見して気づくのならとっくの昔に一希は気づいているはずだ。脳のあらゆるところのデータを深く深く読み込んでいくと、ある一箇所にkizyo presentsというワードが浮かび上がった。

 一希の脳内に人の手は加えられていた。

 調べようとしなければ気づくことすら困難なこの所業。果たして記憶の改ざんをされたのは自分だけだろうか、と一希は疑問に思う。そしてすぐに許可を取って陽菜の記憶のおかしなところも調べた。案の定、木城の手が加えられており、すぐさま記憶を元に戻す。

 二人がもともといた世界における記憶は、弟の風都がすっぽり抜け落ちていた。

 言いようのない虚無感が二人を襲う。

 こちらの世界に来てからの風都との暮らしは確かに存在していて、そこにはたくさんの思い出があった。だが、どれだけ必死に風都の子供の頃を思い出そうとしても全く頭にその姿は浮かんでこない。もともとないものだからだ。今思えば、一希や陽奈は風都が小学生の姿を思い出さないように、記憶に不都合が生じないように操作されていたのだな、と。一希は平静を少しずつ取り戻す。

 尊敬していたはずの師に憤怒の念を覚え始める。静かに、頭が冴えた状態を崩さないように、自分の中で渦巻く様々な感情をコントロールする。そして。今すべきことを考える。

「木城。一つだけ聞いておきたいことがある」

 敬称は、消えていた。

「なんだね」

「風都はこれからどうなる?」

「風都くんは無事なの!?」

 陽奈もようやく思考を取り戻し、木城に問い詰める。

「そりゃあ本来存在しなかったものなんだからね。弟くんを認識している側の記憶が正されれば、弟くんの存在は曖昧なものになっていくよ。君はさ、それはもう正確に自分にかけられた記憶の改ざんを正してしまったのだからそれだけ弟くんは不安定になっていると言っていい。

陽菜ちゃんも正しい記憶を手に入れたようだし、残りの弟くんを認識する身近な存在って誰かな?」

 春音!一希は心の中で叫ぶ。

「そもそも春音くんは・・・どうなのかな?」

 途端に一希は自分の記憶をもう一度洗いざらい確認し直す。そして春音の存在を再確認する。

 よかった、春音は。元の世界からいた。否、よくはない。風都が架空の人物だとわかった今、状況はよくはない。しかし、一希は底知れぬ安堵感を抱かざるを得ない。

「いくつかタネを蒔いておいたよ。色んな人に記憶のタネをね。」

「そんなことをしてしまえば、簡単に日本が崩れるぞ。数人にとてつもなく危険な思想を植え付けるだけでテロだって起こる。そいつが頭の回るやつだったら厄介極まりない。」

「なあに。それが僕と一希くんのゲームの概要だからね。君は僕からこの国を守りきることができるか、という話だよ。気分はさながらダークヒーローだね」

「何がダークヒーローだ。それよりも俺の感知能力によると春音の姿は今家にないようなんだが、それはただ単にまだ帰って来ていないという解釈でいいのか?」

 木城は、その質問を待ってました、と言わんばかりの心得顔をする。その顔を見て、悪い予感が的中したか、と一希は冷や汗をかく。そして、ゆっくりと彼は口を開く。

「最初のゲームは春音ちゃんの奪還さ」

 一希はすぐさま気丈に背を向け、陽奈に呼びかける。

「陽奈、行くぞ」

「ええ」

 二人の目は鋭い眼光を放っていた。

「何か言い残すことはあるか、木城」

「せっかくこの世界に来たんだ。楽しまないと損だろう?」

「聞くだけ無駄だったな」

 一希は木城に目もくれず、再び画面を呼び出しキーボードの速度を限界まで高めて文字絵を打ち込む。黒い画面がすぐさま文字で埋まり、また新たな黒い画面が文字で埋まり、の繰り返しだ。そう時間も経たないうちに木城の足元が少しずつ情報のかけらを放って輝きながらも消えていく。一希の感知で座標を特定し、その物体の情報を書き換え、空気と置き換えているようだ。そして首元まで消えかけたところで木城は一希に問いかける。不気味な笑みを浮かべながら。

「ふふふ、そんなことをしても意味はないのにどうして?それくらいのことは痛くもかゆくもないことを君なら知っているだろ?」

「ああ知ってるさ。だけどタネの元を断たないと水かけになるだろ?どうせ座標変更をした後復元されるのだとしても、一度その体に俺が変更した履歴は残り続ける」

「その履歴を残す技術が私の履歴を消す技術を上回っていればの話だがね。一希くん。この世界では情報に関わる力で明暗が分かれる。元いた世界では考えられないようなことが起こりうる。君はどれだけの発想をすることができるかな。せいぜい励みたまえ」

 そう言って木城は一希がからだを消しきる前に自分から消えた。移動した。

「一希。急がないと」

「ああ、そうだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジョウホウセカイ 二由 孝 @futayuikou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ