第24話・虚ろと真実

 ラムリアとそれを包む光の美しさ、神々しさに、ひとびとは息を呑み、ようやく何が正しいのかを悟ってくれたようだった。

 エーディは私に近づくと、後ろ手に縛られていた私の荒縄を断ち切った。そうしても、もう誰一人文句を言う者はいない。

 セシリアさまは静かにラムリアの花の道を進んで来て、まだ縄目の痕の残った私の手を取った。


「お可哀想に。さぞや辛く、恐ろしい思いをされたことでしょう……我がリオンクールの聖女よ」

「聖女だなんて……わたくしはただ、自分が無実である事を知っていて、女神に祈りを捧げたに過ぎません」


 畏れ多い称号にびっくりしながら私は応える。


「いいえ……貴女が女神の封印を解いた事でこの国は救われたのですよ。リオンクールは女神の国……その女神を救った貴女は救世主です」

「わたくしひとりでは何も出来ませんでした。わたくしの無実をただ一人信じ、共にあって下さったエールディヒ王子のおかげです」

「全て神託により知っています。勇敢で誠実な王子」

「わたしはわたしの信じたものに従って行動したに過ぎません。何があっても心を折らなかったマーリアの力が全てです」


 エーディはそっと私の肩に大きな温かい手を置いた。

 セシリアさまは王家と民に向き直り、


「まだ、マーリア殿よりユーリッカを信じる、という方はおられますか」


 と静かに問う。


「いや……我々が愚かだった」


 と、陛下が進み出て、


「マーリア。そなたの言い分を何ひとつ聞かず……、とにかく神託の通りにそなたの首を刎ねれば国が救われるとばかり……。しかし、真に国を憂いていたのはそなたの方であったな……。いままで済まなかった。危うくリオンクールを邪神の支配に委ねてしまうところであった」


 陛下はそう仰ると、ユーリッカの方を向く。


「なにか、言い分はあるかな、ユーリッカ殿。巫女姫であった貴女を我々が裁く事は出来ぬ。大神殿の裁定に任せる事になるが……長年の貴女の国への貢献を思えば、残念な事であるな」


 努めて怒りを露わにしないように陛下は語りかけたけれど、民衆のなかには、ユーリッカに向かい、


「巫女姫が魔女なんて恐ろしい事があるもんだ」

「まんまと騙されて無実の聖女さまを処刑するところだったのか」

「女神を封印たぁとんでもない大罪だ。真の魔女の首は今すぐ刎ねてしまえ!」


 といった罵声が飛び交い始めた。

 完全に形勢が逆転してしまった形だけれど、ユーリッカはただ憎々しげに私たちを睨みつけているだけ。私はその怨念の籠った目にぞっとする。あの子はまだ諦めていない!


「あのペンダントを取り上げないと! あれが、あの子を魔女に変えてしまった、魔力の源なのよ!」


 私の叫びに呼応して、彼女のすぐ傍にいた王太子が、


「ユーリッカ……どうか素直にそのペンダントを渡してくれ。手荒な真似はしたくない」


 と呼びかけた。彼はまだ、ユーリッカに良心が残っていると信じたい様子。

 けれど。それに対するユーリッカの応えは……。


「ぐっ……!」


 歩み寄ったアルベルト王太子に対し、彼女は右手を上げ、魔力の刃を放った……!


「手荒な真似……馬鹿ね。このわたくしに対して、何が出来ると思ったの?」

「ユー、リッカ! 本当におまえは……。この俺を愛していると言ったのも出鱈目か!」


 右肩から血を流し、膝をつきながら王太子は呻く。


「わたくしが愛しているのはわたくし自身だけよ! そう、わたくしが幸せになる為ならば、どんな嘘だってつくし、誰を犠牲にしてもかまわない。だけど、あんたはわたくしが王妃になる為に必要な存在だから、生かしておいてあげるわ!」

「ふ、ふざけるな! そこまで聞いておいて、俺がおまえを娶るとでも思うのか」

「あんたの意志なんか関係ない。馬鹿ね、みんな……偽りの魔女を処刑しておけば、気づかぬままに邪神の徒になれたものを!」


 ユーリッカはペンダントを空へ掲げる。


「女神の封印が解けたならば、再び封印するまでよ!」


「え、衛兵っ! 彼女を取り押さえよ!」


 陛下が慌てて命を下す。衛兵たちが槍を構えてユーリッカを取り囲むけれど。


「やめてっ、無理よ!」


 私の叫びは間に合わなかった。ユーリッカが手を振ると、衛兵たちは次々に血飛沫をあげて倒れる……あの山小屋の時と同じ事が。


「もう、良い子の仮面を被るのにも疲れたわ……最初からこうしておけば良かった」

「やめなさい、ユーリッカ!」


 私とエーディは彼女のほうへ駆け寄る。ユーリッカはこちらを見て、


「何よ、うるさいわね。一瞬でも勝った気分になれた? お生憎様、何をしたってあたしには勝てないのよ」

「どうして。どうしてそのペンダントをそんな風に使えるの?」


 ユーリッカは高笑いしながら、


「あたしにはね、この世界の事が何だって解るのよ。だって、あたしは、この世界の『プレイヤー』。言ってる意味、わかんないでしょうね? あたしは、前の人生でこの世界を動かしていたの。ある時、それを思い出したのよ!」

「知ってるわ」

「二年前だろう」


 全く驚きを見せない私とエーディの反応に、ユーリッカは少し意外そうに目を見開く。その隙をついて、彼女の背後に忍び寄っていた何人もの兵士や民が、一斉に彼女を取り押さえにかかった!


「あのペンダントを奪え!」


 さすがにあの人数の男の人たちに押さえられては、ユーリッカも魔力を使う余裕もないだろう……そう思えたのは、だけど、一瞬に過ぎなかった。


「無礼な!」


 そう言い放つと同時に、彼女の全身から見えない刃が飛ばされる。


「ぎゃあああ!!」


 ユーリッカの周囲は凄惨そのものだった。今や特別席は血まみれとなり、斬り刻まれ絶命した人々が折り重なって倒れている。


「ひぃぃぃ!!」


 広場の人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げ去ろうとしている。


「あんたたちみんな、あたしの奴隷なんだからね! まずは隣国へ侵略するわ。それが手始めで、最終的にはあたしがこの世界に君臨するのよ!」

「ユーリッカ。本当にそれが貴女の望みなの? 貴女はただ、幸せになりたかっただけなんじゃなかったの!」

「そう、最初はそうだったわよ。惨めな前世とおさらばしたら、ゲームのヒロインに転生してた。エールディヒには振られたけれど、これで幸せな人生が送れると……誰かがあたしを愛してくれると期待したわ。でも、駄目だった。みんながあたしに期待するのは、巫女姫として、ただそれだけ。攻略相手は誰も告白してくれない。ゲーム通りに進めた筈なのに!」

「ここはもう現実世界なのよ。ゲーム通りにはいかない事だってあるわ。思い返せば、アルベルトさまが好きだと言いながらも、貴女は複数の相手の好感度を同時に上げようとしていたわね。色んな相手とそれぞれのお気に入りの場所に二人で出かけて。ゲームではよくても、現実世界ではそれはアウトだと思わなかった?」


 私の言葉にユーリッカはようやく、


「あんたはまさか……」


 と呟く。私は、


「そう、わたくしは貴女と同じ転生者。だけどね、貴女とは違うところがあるわ。私はゲームの作者……誰よりもこの世界を大事に思い、大切に大切に育んだの。この世界をただ思うがままにしたいだけの貴女には負けない! わたくしは世界を護るわ!」

「作者? へえ……そんな事もあるんだ。でもさ、あんた、あたしに負けちゃってるじゃん。一回死んで女神の国に行ったんでしょ? 作者ったって、この世界ではただの人間なんじゃない」

「…………」


 あの。あのペンダントの謎さえ解ければ……私はプレイヤーの誰よりも世界を知っている筈なのに!


 ユーリッカは笑う。


「作者なら、せいぜい、『幻の邪神篇』なんてバグルートを作っちゃった自分のミスを呪うといいんだわ。まぁ、そもそも自業自得よね! おかげさまで無双の力が手に入ったわ!」


 …………あっ! と叫びそうになった。

 ようやく、全ての謎が解けた。彼女は完全に勘違いをしている。『幻の邪神篇』なんて、存在していないのを、彼女は知らなかった……真実を知らないまま、前世で命を落としたのだ……。

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