第4話・懺悔の強要

『父上は前もって命じられていた。拷問によっておまえから自白を引き出すようにと』


 ふと気づくと、私はたくましい腕に支えられていた。身動きすると軋む歪んだ木の長椅子に横たえられ、誰かに頭を抱えられている。そうだ、私はあの言葉を聞いて失神してしまったんだった……。

 斬首、そして拷問……ほんの少し前まで、そんなものとは無縁な華やかな王宮のホールで友人の令嬢たちとお喋りしていたのに、次々と、自分の身に降りかかるなんて予想もした事のない残酷な運命を突きつけられて、遂に私の精神の糸が切れてしまったのだ。


「マーリア……気がついたか」


 相変わらず耐えられない程の悪臭と罪人の呻き声の満ちた闇の空間で、たったひとつの光であるランプの炎が王太子の貌を映し出す。私がこの細い椅子から転がり落ちないようにと支えていてくれたようだ。だけど、束の間の逃避から再び恐ろしい現実に引き戻されて、私は感謝するどころではなかった。


「マーリア、水を」


 木製のカップを差し出されて、私は初めて自分の喉がからからである事に気づく。あれだけ泣き叫んだのだから当然だ。私はものも言わずに一気に水を飲み乾した。

 飲み終わるのを待ってから、アルベルト王太子は言った。


「マーリア。話をしたいと言っただろう。ここは、天のラムゼラの国から最も離れた場所。だから、おまえはラムゼラに聞かれる事を恐れずに、正直に言え。さっき泣いて否定したのは、助かりたい一心の演技……おまえは邪神に身を売った魔女なんだろう?」

「違うと言っているでしょう! わたくしはずっと心を痛めていた……この半年の間に急にこの国を襲って来た厄災について。これまで、女神ラムゼラの恵みの力を巫女姫ユーリッカが行使する事で、この国は飢饉からも天災からも無縁で、他国からも一目置かれ、人々は平和を享受してきた。だけど、半年前から突然、旱魃、地震、流行病、他国からの侵略……あり得ない事ばかりが起こり、陛下やあなたは寝る間も惜しんでそれに対処なさっていた。そして……人々の不満は王家に対するよりむしろ巫女姫へ、巫女姫の祈りの力が足りないのではないかと、巫女姫が女神の怒りをかったのではないかと、表立っては言えなくとも、疑うようになってきた。そんな筈はないとわたくしは思いました。あの心優しいユーリッカが、希代の力を持つ清らかな巫女姫が、間違いを起こす筈がないと。嫉妬ですって? あり得ない……わたくしは、あの子が危ない立場になるくらいなら、巫女姫を降りて王太子妃の座につけるよう計らおうか……とすら考えていました。嫉妬なんかない、もしあなたがあの子を選ばれる事があれば、わたくしは潔く身を引くつもりだった。優しいユーリッカ、わたくしの親友を、わたくしはあなたと同じくらい、大好きだったから……。なのに」


 私は一気にまくしたてると、顔を覆ってわっと泣いた。ようやく言いたい事が言えた……。


「では、何故今の事態になっている? 説明できるのか? それとも巫女姫が間違っているなどと申し立てて、また罪を重ねる気か?」

「わからない……何がどうなっているのかわからないわ。そもそも、悪役令嬢には城外追放ルートしかなかった筈なのに……」

「え?」

「ああ、なんでもありません」


 ここが前世に作った乙女ゲームの世界である事は思い出したけれど、その詳細はまだよく思い出せない。なにがどうなって、こんなルートに入ってしまったのか。そして、これはもうゲームではなく、私にとって間違いのない現実だ。前世がどうであろうと、今の私は公爵令嬢マーリア・レアクロス。明日処刑されてしまう悪役令嬢。


「聞け、マーリア。おまえがあくまで罪を認めないのならば、俺はおまえを拷問して、自分は魔女だと言わせなければならん。これは国の為なんだ。俺は断罪の前に先にこの話を父上にお話した。そして二人で話し合い……国の為にはおまえがどんなに辛かろうとも犠牲になって貰うと決めたんだ。つまり、今後、民の心を再び巫女姫に強く結びつける為にはただの斬首では足りんと。今まで宮廷で尊敬を集めてきた可憐なおまえが、最期のときまで泣いて無実を訴えれば、おまえに同情し、巫女姫を疑う者も出てくるかも知れん。だから、処刑の前に民に向かって跪き、おまえに『自分は穢れた魔女である』と告白させねばならないと結論付けた」

「…………そんな」


 掠れた声で私はそう言うのが精いっぱいだった。あの場で私が何を言おうと、こうなる事は既に決定済みだったのだ……。


「わたくしは何も悪い事なんかしていませんわ! なのにどうして! どうしてわたくし一人を犠牲にするのっ」

「マーリア、俺はおまえを憎んではいない。おまえは俺がユーリッカに気持ちを移していると思い込んだからこそ、さっき、『王太子妃の座を譲ってもいいと思っていた』などとしおらしい事を言ったんだろう? 俺が構ってやらなかったから道を踏み外した……俺のせいでもある。本当は安らかに逝かせてやりたいんだが……」

「だから、罪なんか犯してない! どうして信じてくれないの!」

「人間は嘘を言う。神の言葉は嘘を吐かない。さあマーリア、痛い目に遭いたくなければ、処刑の前に懺悔すると誓え……俺だって、おまえを拷問にかけるのは辛い。俺が最近のおまえへの態度を悔いている事、ユーリッカとの間には本当に何もなく、おまえが一方的に彼女を誤解していただけと知れば素直になるかも知れないと思ったから、わざわざこんな所まで来たんだ」

「嫌! 犯してもいない罪を認めるなんて、わたくしの矜持が許さないわ。すればいいじゃないの、拷問でもなんでも! どうせ死ぬんですもの、どうせ明日には首を刎ねられるんですもの!」


 王太子は溜息をつく。


「頑固なのは子どもの時から変わらんな」

「そうよ。悪いですか?」


 彼はそれには答えず、奥へ向かって誰かを呼んだ。間もなく、小さなランプの灯りがもうひとつ奥から揺らめいて近づき、すっぽりと黒いマントで覆われているように見える人影が傍に来た。


「お呼びですか、王太子殿下」

「ああ……彼女を、一号室へ連れていけ」

「かしこまりました。ではレディ、こちらへ」


 鬱蒼と人影は答え、ごつごつした手が私の腕を引いて立ち上がらせた。

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