6-7

 荒野に戻った。

 夜だった。

「デイジー、心当たりはないか?」

 アンナが言った。

「ないよ。さっきも言ったろ?」

 釜の中から声がした。

「あいつについての情報は? あんたら兄弟は一体何だよ。姉は生首、弟は死霊術を使う司祭。狂ってる」

「狂ってるってのは褒め言葉だねぇ」

「仲は良かったのか?」

「小さい頃は良かった。けど、アントーニオとはほとんど一緒には過ごしてないよ。私が八歳の時、モロウ・リー盗賊団に入ってから、ついこないだまで再会できなかったんだ。丁度、あたしが捕まる前にあの子と再会したのさ」

「じゃニベス会に入ったことも何も知らなかったのか?」

「あぁ。あの子が五歳のときに私は出て行ったからねぇ。けど再会したときには一目で、弟のアントーニオだってわかったよ」

「弟は昔から騒動を起こす感じだったのか?」とアンナ。

「大人しい子だったよ」

「死霊術に興味がある陰気な奴だったとかか?」

 今度はエリオットが尋ねた。

「五歳だよ? そんなんじゃないさ。小さい虫を殺したりはしてたけど、男の子なら誰でもすることだろ」

「あんたは八歳でモロウ・リー盗賊団に入った?」

「あたしは八歳だったけど、環境を変えることを望んだ。だから盗賊団について村を出たってわけさ」

「アントーニオは置いて行ったんだな?」

「まぁ、そうだね。あの子は小さいし、盗賊にはなって欲しくなかった」

「姉の願いは儚いな」とアンナ。

「それで、アントーニオの行きそうなところはわかったの?」とニーナ。

 ニベス会の司祭、アントーニオ。惑星の書下巻と鍵を手に入れてどこへ向かう。

「昔話を聞いてもさっぱりだな。何かないのか――」

 エリオットは記憶を辿る。最後に見た儀式を終えてアントーニオは、デイジーの生首を持っていた。それから何だ。何がある。

 今度は最初にアントーニオと会った聖域を思い出す。

 あの時、あいつは『耳』とか言う懺悔室にいた。

「あ――」とエリオット。

「なんだ、小便か」

 アンナが言った。

「小便もしたいが思いついたこともある」

「小便してからにするか?」

「我慢しながら今言う」

「漏らす前に言え」

「アンナ、俺たちがアントーニオに会ったときのこと覚えてるか?」

「ニベス会聖域の懺悔室だな?」

「そうだ」

「思い出話をする気か?」

「勘のいいあんたならもう気づいてるだろ?」

「お前に手柄をやろう」

「いいか、考えても見ろ。あの時は司祭が懺悔室にいるのは普通だったし、ニベス会は秘密結社だから、そういう習慣なのかって思ったけど、あれおかしくないか?」

「確かにそうだな。あいつはあの時、盗賊を内部に招きいれて制圧をしていたのに、あんなところで一人で何をしていたんだ」

「あの『耳』とかいう懺悔室、何かあるんじゃないか?」

「面白いな、行くぞ」

「小便するわ」

「今回だけは特別に待ってやる。早くしろ」


   ■


 モンティック川まで戻り、ニベス会聖域のある森へ。

 霧の濃さは相変わらずだった。

「気味悪いからここには来る人なんていないんだよね」

 ジュペールに住むニーナが言った。「ほら、なんか臭いし」

 新しい馬の足跡があった。

「エリオット、正解かもしれないぞ」とアンナが言う。

「賞品は?」

「褒めてやる」

「俺は子供か」

「嬉しくないのかい?」とデイジー。

「そりゃ嬉しい。無関心よりずっといい」

 滝のある池に着いた。

 相変わらず魚も虫もいない。

 馬が一頭、木に繋がれていた。黒いぶち模様の馬だった。

「アントーニオが乗って来たんだろうな」

 アンナが言った。

「一人で来ているってことか?」とエリオット。

 他に仲間らしい姿はない。見張りもいない。「デイジー、あんたの弟は孤独だ」

「孤独は人を強くするんだよ、馬鹿」

 デイジーが言い返す。

「まともなことも言えるんだな」とアンナ。

「アントーニオは死霊術なんかより、お友達の作り方研究会とかに入ったほうが良かったんじゃないか」

 エリオットが茶化した。

「くだらないこと言ってないで、この後どうすればいいの? ずっと臭い水辺で悪口を言い合う気? 私はそんな人生ごめん。素晴らしい人生研究会の一員だし」

「ニベス会聖域はあの滝の裏だ。素晴らしいニーナ」

 エリオットが指差した。「そこのヌメヌメした岩を足場にして、滝の裏へ飛び移る」

「エリオットは滑ったから注意しろ」

 アンナが言った。

「黙っててくれよ」とエリオット。

「真実だ」

「見栄くらい張らせてくれよ」


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