5-4

 川を渡り、荒野を抜けた。それから背の高い森の中へ入る。陽射しが降りてこない深い森だった。冬だというのに葉が茂る。先へ進むと次第に霧が濃くなり、時間の感覚が曖昧になっていく。

「ほとんど前が見えない」とエリオット。

「ロビン、道はわかっているんだろうな?」

 アンナが言った。

 どこからか水の流れる音が聞こえる。

「合ってる。間違いない」

 ロビンの言葉は強い。

「おい、待て」とアンナ。

 馬を止めた。

「なんだよ」

 エリオットが言う。「寒いから早く行こう」

「地面を見ろ。足跡だ」

 霧の中、目を凝らす。

 小さな黒い影が続いていた。アンナの言うとおり足跡だ。

「他の死体運びだといいな」

 エリオットはロビンに言った。

 ロビンは眉間に皺寄せ、苦い表情をしている。

「盗賊たちに先を越されているかもしれない」とアンナ。

「早く行こう」とエリオット。「寒いし」

「ロビン、墓守りたちは強いんだよな?」

「あぁ」

 ロビンは頷くだけだった。


   ■


「この先だ」とロビン。「この先にネクロポリスがある」

 霧が薄くなった。森を抜け、湿地帯に出た。夜だった。腰の高さほどの雑草が生い茂る。途中途中、巨木が生えている。緑ががっているのは皮に生えたコケだった。

「あれか」とアンナ。

 ロビンの指差した先に門があった。石造りの巨大な門だ。左右には両手で剣を地面に突き刺し、跪く巨像が二つ鎮座している。

「少し開いてるぞ」

 エリオットが言った。

「あぁ。少しだけな」

 アンナが言う。

「そんなはずない」

「いや、少しだけ開いてる」とエリオット。「きっと誰かが盗みに入ったんだろうな」

「あの門は死体運びが腕輪を持ってきたとき以外は開かないんだ。しかも開きっぱなしなんて有りえない」

「お前、そろそろ現実を見ろ」

 アンナが馬を進める。「来ないのか?」

「ここまでの約束だ。ネクロポリスの場所まで案内はした」

 ロビンは足を止めていた。「ここまでしかいけない」

「来いよ」

 エリオットが言った。「たぶん、自分の目で見たほうがいい。お前にしか出来ないことがあるはずだ」

「ふざけるなよ」とロビン。「なんでこんな目に」

 渋々、ついてくる。


   ■


 死体があった。

「全滅のようだな」

 アンナが言った。

 馬を降り、エリオット、アンナ、ロビンの三人でネクロポリスに入った。

「こんな。むごい」

 ロビンは呆然としていた。家屋は壊され、物資は略奪されていた。畑は踏み荒らされており、道には四肢が壊れた死体が転がっていた。

 仮面が剥がれて、顔の横に転がっている死体もある。

「墓守り人は強いんじゃないのか?」

 アンナがロビンに聞いた。

「強い。そのはずだった」とロビン。

 引き裂かれた墓守り人の腕。肉の断面に砂埃が張り付いている。手は剣を握っていた。刃は綺麗なままだ。一撃を加えることなく腕を切られたのか。

「誰か生きてないのか?」

 エリオットが叫んだ。

 大破している壁、砕けた扉、割られた窓。全裸に近い状態で死んでいる女性が転がっている。「誰もいないのか?」

「さっきも言った。全滅だろう」

「そんなことありえるか? そこまでする必要がどこにある」

 エリオットは言った。全裸で死んでいる女性の横にボロボロの服が落ちていた。それを身体に掛けてやる。「盗賊団って名前は間違ってる。奴ら、殺人集団だ」

「アントーニオはいなそうだな」とアンナ。

 墓守り人の仮面を拾っていた。白い仮面。目に穴が開いている。頬には斑点模様。

「アントーニオってなんだ」

 ロビンが言った。「そいつが墓守り人たちを殺したのか?」

「俺たちがネクロポリスに来た理由は、そいつを追ってのことだった」

 エリオットが答えた。「言ってなかったよな?」

「こうなるとわかっていたのか?」

「ここまでとは思わなかった」

 エリオットは正直に言った。「俺たちはアントーニオに奪われたものを取り返す必要があったんだ。それだけだ」

「酷いぞ。これは」

 ロビンはため息を漏らす。

「デイジーの墓を見よう、ロビン。墓はどこだ」

 アンナは持っていた墓守り人の仮面を放った。

「この先だ」

 ロビンは死体の中を歩き出す。「墓地はこっちで、そこまで運ぶのが俺の仕事だった」

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