第一話 信長再び!



 眼が覚めると信長は馬に乗り崖の上から桶狭間を見下ろしていた。


(これは...一体どういうことだ?)

(拙者は本能寺で死んだはず、しかし目の前に広がる、この光景はいったい?)


「信長様!」


「...。」


「信長様?」


 信長はこの状況に戸惑いを隠せず、表情が歪んでいた。

 それもそのはずである。 死んだはずが、自分は生きている。

 心臓は鼓動して、炎で焼けて呼吸するたびに痛んだ肺も全然平気だ。

 そして、自らの手で懐刀を突き立てたはずの腹は一滴の血も出ていない。


(おかしい...これは夢か? だとしたらなぜ体が自由に動くのか?)

(それにあいつは...拙者が倒したはず...。)


 二度と開くことはないはずだった信長の目に映ったのは、今川軍の数え切れないほどの大軍であった。


「...いったい何が起こったのか?」


「信長様、申し上げます。 あれは我が尾張に進軍してきた、駿河、遠江、三河の雄である今川義元の軍勢でござりまする。」


「そうか、今川か...。」


(今川の軍勢メチャクチャ多いんですけど...ひとり、ふたり、さんにん、よにん、数え切れねえよ。)


「いや違うよ! そんな事は分かってる!」


「信長様、申し訳ございません。」


(そうではない...今川義元は既に死んだはず。 毛利新助が桶狭間の戦いで討ち取ったではないか...。)

(もしや...拙者は戻ってきたのか? 時代を遡ったというのか?)


 信長は確証を得たかった、故に信長は近くにいた側近に問うた。


「今は天正何年であるか?」


「天正?...今は永禄三年五月にございます。」


 側近の答えに信長が抱いていた疑念は晴れる。

 信長は天を見上げ、雲で覆い尽くされ薄っすらと黒を帯びた白き空に向かって、狼の雄叫びのような声を上げる。


「我は帰ってきたのだ、この桶狭間に!!」


 信長は人前では自分の事を拙者とは言わない。カッコつけてワレと自称するのである。


 周りの者たちが何を言っているのか分からないと困惑する表情を浮かべる中で、信長一人だけは実に清々しい顔をしていた。

 そして信長は再び崖から見下ろした先にいる今川の大軍を睨んだ。

(今思うとムチャな事したんだな、って...。)


 信長はビビっていた。


 信長が恐れているのは今川の大軍ではない。

 信長が恐れているのは桶狭間の戦いで、嘗て奇襲を仕掛けるために下った斜面である。

 その崖の様な険峻な斜面を見た""は非常にビビっていた。


「この崖を当時27歳の拙者は馬に乗って下ったのか...。」


「...やべえなこれは。」


 側近がおかしな信長に提言する。


「信長様、そろそろ城に帰り今後の対策を打ちましょう。」


「そうしようか。」


(高所恐怖症の拙者にこの崖を下るなんて無理でゴザルw。)


 そうして信長は久しぶりに清洲城に帰るのであった。

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