第5話:Beauty and the Beast (後編)

 席はちょうどホールの中央付近、並んで座れてラッキーだった。

 映画の内容は、


『太平洋戦争で、結婚を約束した二人が引き裂かれて、残った彼女が何十年も帰りを待つ。そして現代になって奇跡が起きる』


 というストーリーだった。

 正直ヒューマンドラマは苦手だけど、楓は特にこの手のもの、また泣けるものが大好きだった。

 もともと感受性の高い女の子なので、僕とは映画の趣味が正反対だった。



 だんだん映画もクライマックスになって来た時だった。いきなり楓が、僕の手の上に自分の手を乗せてきた。


「え!!」


 僕は楓を凝視してしまった。

 楓はじっと正面を見てこちらを見ようとしない。とても柔らかくすべすべした女の子の手のひら。重なり合っているお互いの手は、微動だにしていなかった。


 僕の手のひらとひじ掛けは、緊張の汗でびっしょりだった。


 少し落ち着きを戻すと、僕の手の甲の上に乗せている楓の手のひらが小刻みに震えているのが、かすかに分かった、。

 僕は楓の方を見た。一生懸命正面のスクリーンを見つつも顔は耳まで真っ赤だった。


「楓……」


 そう思うと、僕も素直に正面のスクリーンを見るようにした。ちょっと、楓の気持ちが分かった様な気がした。



♪・♪・♪



 映画が終わり、ごく自然と手が離れ、お互い席を立った。


「行こう。」


 と、今度は僕の方から手をつないだ。楓は、びっくりしつつも素直に


「うん」


 と頷き、そのままエスカレーターまで進んだ。


 アミューズメントパークを出るともう夕暮れだった。すこし肌寒くなっていた。そんな時、楓が、


「ちょっと喫茶店で一息つけてから帰らない?」


 とニコニコしながら言い出した。僕も映画の後半は緊張のしっぱなしだったので、その方が落ち着くなと思い、


「分かった、そうしよう。」


 と答えた。


「最近親友の子とよく行く喫茶店があるんだ。『ハーフムーン』て言うの。ごく普通の喫茶店に見えるけどケーキがとてもおいしいんだよ。行こ!!」


 楓はまた、僕の手のひらを握ると先頭を歩き始めた。

 僕はまるで引っ張られる子犬の様だ。

 小さな時から、そんな感じだったかな。いつも楓が強くて、僕がいじめられると、拳法を習っている楓が守ってくれた。恥ずかしい話、楓の背中を今も見てるって感じだ。


 でも、今日の楓は違った。とても可愛い女の子に変身して僕と付き合ってくれてる。

 性格は変わってないけど、とっても楽しんでるみたい。

 それが、僕にとっては一番うれしい。



♪・♪・♪



 目的の喫茶店に行くには、駅をぐるっと回り、反対側の南口に出なければならなかった。

 そのため、駅の真横にある、ガード下の道路を使用しなければならなかった。そのガードをくぐっている時、一人の女性とすれ違った。

 歩道は狭く、縦に並んでいたとはいえ、手をつないでいたので隙間が狭く、ちょっと迷惑だったみたい。楓が最初に、


「すいません」


 と言って交差したので、僕もその女性に、


「すいません」


 と言って、通りすがりざまに顔を見た瞬間、凍り付いた。


 それは、普段着でノーメイクのシェリーだった。

 眼鏡をかけていて髪の毛を後ろに一つ縛りしていた。シェリーは立ち止まって、ずっと無言で僕たち二人を見つめていた。



♪・♪・♪



 ハーフムーンに入ると、一番奥のボックス席に座った。

 僕らの他には、カウンターにおじさんが独り、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。後は、カップルが二組、ボックス席に並んで座っていた。


「歩夢、メニュー」


「あ、ゴメン。えーと、やっぱりケーキセットだよね。」


「モチよ!! 私は決まってるから歩夢、決まったら教えてね。」


「うん」


 そう言われてメニューを見ていると、洋楽が流れているのが分かった。喫茶店で洋楽も珍しいのかなと、ちょっと思った。ロックと言うよりはポップス系だった。


「歩夢、決まった?」


「うん、決まったよ。」


「すいません、注文、よろしいですか?」


 店員さんが来て、


「ご注文をどうぞ」


 と、答える。


 楓はすぐに答えた。


「えーと、ケーキセットのホットティー、レモンで。ケーキはチーズケーキでお願いします。歩夢は?」


「あ、僕もケーキセットで。ブレンドコーヒーにチョコミルフィーユで。」


 そう言うと、店員さんはメニューを繰り返し答えて、間違えがないことを確認すると、カウンターの方に戻っていった。


「ねえ歩夢、今見た映画どうだった?」


「まあ、それなりに面白かったよ。」


「なに、その、それなりって。」


「いやいや、最後のシーンは、感動しちゃって目がちょっと潤んじゃったよ。」


「そうよね、私、涙が止まらなくてさ……」


 いろいろ感想を述べる楓だったが、はっきり言って僕は、違う意味で映画の内容が解らずじまいだった。

 楓と手が重なり合った瞬間から、意識がそこに行きっぱなしでしょうがなかった。

 そんな会話を交わしていると、楓が流れてくる歌に敏感に反応した。


「あ、私この歌大好き!!」


「え、誰の歌?」


「バカ、知らないの、今年映画あったでしょ。『美女と野獣』、エマ・ワトソンが出てたの。」

「その主題歌[Beauty and the Beast]、アリアナ・グランデとジョン・レジェンドが歌っているの。」


「楓、お前何時いつからそんなミーハーになった?」


「映画見てから感動したので、ちゃんと調べました!! CDも買ったわよ」


「ふ~ん」


「この男性ボーカルとの絡みがいいの。また歌詞もね。」


「確かに、聴いていてロマンティックだよね。二人の声が絡み合いつつもハーモニーが美しくてさ。歌詞はよくわからないけれど、きっといいラブロマンスの歌なんだね。」


 楓は顔を真っ赤にして、


「なにそんなセリフ、恥ずかしげもなく話せるわね、歩夢は。」


 なんで、そんなに照れているのか、疑問に思って質問してみた。


「なにそんな照れてんだよ。」


「だって、私が大好きな曲に歩夢がそんなハズかしいこと言うから……」


「そっかなあ……」


「あのう、よろしいでしょうか?」


 店員さんは、僕たちのやり取りを見て、待っていたらしい。


「ハイ、どうぞ!!」


 僕と楓、二人声を合わせて返事してしまった。


 そのあと、お互い妙に照れてしまい、あまり話すこともなく食べ終わり、お店を出てしまった。


 もう外は真っ暗だった。


「楓、帰ろっか。」


「うん。」


 と言うと、楓は左手を出してきた。顔は俯いたままだった。

 僕は何も言わず、そのまま手をつなぎ歩き始めた。



♪・♪・♪



 自宅の最寄り駅に降り、自宅までの帰り道、二人手をつないで帰った。


 小さい頃は、恥ずかしげもなく、仲良く手をつないで遊んでいた。けれど、この齢になると、手をつなぐこと自体が普通じゃなくなってしまうように思う。特別な関係だからするっていうか…… 


 でも、なんで今日の楓は、こんなに積極的にアプローチしてきたんだろ? 

 その理由を考えるだけでも僕は、気恥ずかしかった。相手は幼馴染なのに。


 お互いの自宅が近くなるにつれて、ごく自然とお互いのつないだ手に力がこもっていった。二つの手のひらの温もりが、お互いの鼓動を伝え合っていたと思う。



 楓の家の前に着くと、楓はさっと手を放した。そして正面に立った。

 ようやく、改めて今日の楓のオシャレが見れたような感じだった。


「今日はアリガト」


 楓が俯き加減で、ちょっと小声で言いう。


「いや、僕も楽しめたよ。楓の変身ぶりもびっくりした。」


 そういつと楓はきらきらした目で、


「ほんと!!ホントにホント?」


 と両手を握り僕の方を凝視した。


 また、その仕草が可愛くて、僕には勿体無もったいない位だった。


「ほんとだよ、想像してなかったから余計だよ。」


 楓は可愛く微笑んで、


「また、遊びに誘ってもいい?」


 と、上目づかいで僕に訊く。いつそんな仕草覚えたんだよ。


「あ、ああ、もちろんだよ、ラインしてね。」


 としか、もう僕は喋れる言葉がなかった。


「うん、そうする。」


「それじゃ、……」



 なにか、楓は別れたくなさそうな雰囲気だった。


 でも、さすがに僕は、


「それじゃ、またな。」


 としか言えなかった。


「……うん、バイバイ!!」


 楓は何か吹っ切った様子で、手を振った。そして、小走りで玄関まで行き、自宅の中に入っていった。


「ふう」


 僕は一呼吸して、自宅の方に歩いて行った。





♪・♪・♪ To be continued ♪・♪・♪

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