あの日々よ

 王妃の全身を包む、黒い炎。

 それは、彼女の履いている靴から立ち上っていた。

地獄の炎で踊る靴アンフェール・ミュール! 魔界の炎を呼び出すアイテムだ!」

 燃えさかる爪先で、空中に蹴りを打つ。

 地獄の炎は、靴から放たれて、まっすぐに白雪の方へ飛んできた。

「絶空! 旋滅脚!」

 白雪は、回し蹴りで真空をつくりだした。一時的に空気をなくすことによって、炎を消してしまうためだ。以前にも、この技で王妃の魔術から逃れたことがある。

 ところが。

「えっ!」

 黒い炎は揺らぎもしない。

 ドグォォン!

 回し蹴りをした左足に当たって爆発、白雪は吹っ飛ばされてしまった。

「あはははは!」

 あざ笑う王妃。

「バーカ! 地獄の炎に、空気のあるなしが関係あるわけねーだろ!」

 そして2発目、3発目。

 次々と炎を飛ばしてくる。 

「チィ!」

 白雪は片足で跳んだ。

 右、左と炎を避けて後退する。

 けれども、そこは部屋の角。もう逃げ場がない!

「丸焼きになれぇ!」

 襲いかかってくる炎。白雪は空中に跳んだ。

「そーくると思ってたんだよ!」

 これまでで最も大きな炎を繰り出す、王妃。空中で身動きがとれない白雪を狙って!

「死ね!」

 極大の炎。

「ハッ!」

 白雪は、天井を両手で押して、落下の角度を変えた。

 極大の炎の方へ。

 その先にいる王妃の方へ!

「襲踏弾!」

 回転しながらの両足蹴りだ。地獄の黒い炎の中を突っ切って、大口開けた王妃の顔面に炸裂した。

「げぶへぇあ!」

 前歯を飛ばしながら、王妃はのけ反る。すぐさま白雪は、そのガラ空きになった腹へ、強烈な体当たりをかました。

「ごぼっ!」

 そしてアゴへ、突き上げる掌底!

「がふっ!」

 即座に、喉を打つ手刀!

「ぇおっ!」

 みぞおちへ正拳!

「くべっ!」

 顔面へ肘!

「ひぎゃっ!」

 最後は渾身の、回し蹴り!

「げぶはァーっ!!」

 いきおいよく、王妃は壁まで吹っ飛ばされた。石の壁にしこたま全身を打ちつけて、床に崩れ落ちる。

 そして同時に、白雪も膝をついた。

「ウッ……」

 全身あちこちが火傷だらけだ。

 王妃はいま、まっ黒い地獄の炎に包まれている。それは炎の鎧を着ているようなものだ。攻撃すればするほど、白雪の身体は傷ついていく。

 特に、直撃を受けた左足は、ほとんど感覚が無くなっていた。

「ぐっ……」

 そんな身体に、白雪は鞭打った。 

「チェスト!」

 左足の爪先を、自らの拳で殴りつける。爪が割れ肉が潰れ、激しい痛みが脳まで突き上げてきた。これで感覚が戻った。

「よし!」

「よしじゃねえよ!」

 王妃は立ち上がっていた。

 その顔は血まみれで、足はフラフラ。壁に手をついて、なんとか姿勢を維持している。ダメージが大きいのは明白だ。

 しかし、王妃の激情は死んでいなかった。

「イカレ狂いやがって、このガキが!」

 ドン、と強く足を踏む。

 その勢いは、靴が床に穴を開けてしまったほどだ。

「どんな手使ってでも、お前だけは殺してやる!」

 王妃は、白雪に向かって駆け出した。

 だがスピードがまるで無い。もう体力が限界なのだ。

(迎え撃つ!)

 かといって、自分の怪我も重傷だ。

(ここで、決める!)

 すべての力を込めて、とどめの一撃を見舞うため、白雪はしっかりと足を踏み込んで構えをとった。

 そこへ突然!

 足元から、石の床を壊して燃え昇ってくる黒い炎!

「ウッ!」

 王妃が床を踏み抜いたのは偶然ではなかった。

 地獄の炎を、床下から送り込んできていたのだ!

(しまった!)

 と思ったときには、もう遅い。

 王妃は靴から炎を後ろに噴射し、その勢いで一気に接近。突進しながらの膝蹴りを決められた。

 炎と打撃の二重攻撃。

 意識が遠のく。

(いけない……)

 かすんだ瞳がとらえたのは、残忍な笑みだ。

「これで終わりだ! 死ね!」

 床に組み伏せられ、首を絞められた。さらに襲ってくる炎。王妃の口からこぼれ落ちた唾液が、血が、折れた歯の欠片が、降り注いでくる。

 焼き絞め殺される!

(助けて!)

 白雪は願った。

(助けて! いままでの修行の日々よ!)

 自分の中に鍛え研ぎ澄ましてきた力が、いま解放されることを願ったのだ。

 幼きころから、母に受けてきた淑女としての修練。

 母の死後、自分1人で築き上げてきた鍛錬。

 義母によって、もたらされた試練。

(そして……)

 そして、あの日々。

 カンベエと、ヘイハチと、シチロージと、ゴロベーと、キューゾウと、カツシロウと、キクチヨと過ごした修行の日々よ!

(お願い!)

 消える寸前の意識の中。

 残された、最後の力のひとしずく。

 それは彼女の中で溶け広がり、まるで雪崩のように全身を駆け巡った。そして、それが、右の拳1つに集約していく。

「ハイホォ!」

 0インチ・パンチ。

 間合い無しから放たれた衝撃。

 白雪の上に馬乗りになっていた王妃の身体は跳ね上げられ、天井を突き破り、空に舞い、雲間に消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る